「こんなので俺が死ぬ・・と思ったか?」

現在進行形で自分が胸を貫いているはずの人間がそう言って微かに笑ったことに、ウルキオラは言い知れぬ何かを感じて目を瞠った。
ウルキオラの腕に胸を貫かれている人物―――死神代行黒崎一護は口の端から赤い液体を滴らせながら、しかし怪我を負っているとは思えないほどの明瞭な声音で言葉を続ける。

「腕をもがれた訳でもなく、足を斬り飛ばされた訳でもなく、ただ胸に穴が空いただけ・・・・・・・・・・・で俺が行動不能になるとでも?」

そして、くつくつと可笑しそうに嗤った。
何故これ程までに明らかな致命傷を負っているにもかかわらず、この人間は余裕の表情で喋っていられるのだろう。
本来ならば有り得ない事態。
まともな人間ならば、百歩譲って強大な霊力を宿す死神であったとしても、こんなことにはならない。
口の端から流れ落ちる血液はウルキオラの与えた傷が致命傷であることハッキリと示している。
その一方で、当の本人に瀕死の気配が微塵もないなどと。
では、この人間は―――

「黒崎、一護。貴様は何者だ?・・・否、"何"だ?」

無意識のうちに疑問が口を突いて出る。
その声は何故か硬く、ウルキオラが意識していない部分での感情を露にしているようだった。
くく、と己が胸を貫いている腕を左手で掴み、一護は低く嗤う。

「お前も薄々解ってんじゃねえの?」

そのまま左手一本で胸に突き刺さるウルキオラの腕を勢いよく抜き去り、血のラインを空中に描きながらうっそりと微笑んだ。

「・・・死体、だよ。」





* * *





黒崎一護という人間が生きていたのは、すでにもう何年も前のこと。
まだ高校一年生だった彼が発見されたのは自宅のリビング。
ただし家族団欒の場所であるはずのそこは惨たらしく茶色がかった紅に濡れ、共に暮らしていた父と妹二人――母はすでに亡くなっている――は誰もが目を覆いたくなるような形で殺されていた。

その中で最後に殺されたと予想されたのがその少年。
おそらく家族の死に様をまざまざと見せつけられたであろう少年の顔には涙も枯れ果てるほどに泣き叫んだ跡が残っていた。
しかし結局少年も最後には殺され、日本人には珍しい橙色の髪を持つ頭部がごろりと床に転がっていたのだ。

そんな現場をまず最初に訪れたのは善良なる隣人でも、通報を受けた警察官でもない。
凄惨な光景の中で平然と立つその者達―――太師系真言密教「光言宗」の僧侶らの一人が床に転がる一護の頭部をゆっくりと持ち上げ、琥珀色の双眸と合うはずのない視線を合わせながら囁いた。

「ねぇキミ、まだ死にたくはない・・・・・・・ンでしょう?」




その言葉を告げたのが後の一護の契約僧、元護廷十三隊十二番隊隊長にして技術開発局創設者、そしてその初代局長である男―――浦原喜助。
浦原の言葉と交わされた契約により一護の意識は肉体へと留まり、見るも無残だった姿は生前と何ら変わらぬ動きが出来るようになった。
ただしそれは見た目上のこと。
ただの『死体モノ』から『動く死体リビング・デッド』になった一護の身体は、たとえヒトとしての致命傷を負おうが腕が飛ぼうが足がもげようが、驚異的なスピードでもって回復し、"死ぬ"ことなく動くものになっていた。
それは最早『ヒト』とは言えぬ存在。
しかし一護はそんな存在に成り果ててでも成したいことが出来たのだ。
―――己と己の家族を殺した者達に復讐すること。
それこそが『屍姫』黒崎一護の新たな"生きる"理由だった。

だが浦原と契約を交し『屍姫』となって、成仏出来ずにこの世に留まり害を成し続ける不死の存在『屍』を狩っていた――それが死んでも生き続けられる『屍姫』の仕事である―― 一護にある日転機が訪れる。

「死神?俺にそれをやれってのか。」
「仕方ありません。何せ事情が事情だ。」

秘密裏に屍姫として動いていた一護にもう一つ『顔』が出来たのである。
そして、ココロを失った霊の慣れの果て―――虚を昇華する『死神』という役目まで背負い、一護は日常を送るようになった。





* * *





死神として現在一護が立っているのは自分達が生活している現世の何処かではなく、また先日まで"友人"を助けるために訪れた尸魂界でもなく、生物の気配が絶え『死』という言葉が最も似合いそうな世界―――虚圏。
今やこの世界の主とでも言うべき男が住まう巨大な城・虚夜宮の一画で一護はその男の配下の一人・ウルキオラと向かい合っていた。

「死体だと?」

一護の答えにウルキオラは訝しみ、目を眇める。

「そう、死体。正確には『屍姫』って名前があるんだけど、そんなのお前らには関係無ェ話だろ?」

語る一護は胸に穴を空けたままである人間とは思えない程の力強さを持っていた。
否、その程度ではない。
一護の変化を認めてウルキオラは息を呑んだ。
目の前で先刻ウルキオラが付けたはずの傷がシュウシュウと音を立てて塞がっていくのだ。
ほんの数秒でそこには元より何事も無かったかのような肌が現れた。

己の傷があっという間に消えたのを見届けて一護は斬魄刀を握り直し、その切っ先をウルキオラに向ける。

「さ、意味のない問答なんか止めて始めるぜ。」

―――ああ、でもな。
そう言って一護はニヤリと口端を吊り上げる。

「不死でもないお前が『不死殺しの不死』に勝てると思うなよ?」








汝、不死の者なりて。









破面編でウルキオラにバレネタ。
格好いい一護が書きたかったのですが・・・少しでもそう感じていただければ幸い。
リクエストしてくださった水無月様のみお持ち帰りOKです。