キョン!助けてくれ!
 昨年と同じくSOS団で様々なイベントを企画・実行した夏休み。ただし一年前とは異なり(おそらく)エンドレスサマーにはならなかったこの夏の最終日に、それは妙な生々しさを伴って俺の携帯電話に届いた。
 メールには件名など無く、本文にエクスクラメーションマーク付きの一文だけが記されている。
 それにしても「助けてくれ」とは。俺か国木田じゃなかったら一体何事かと驚いちまうんじゃないかね。などと、これと似たメールを受け取ったであろう中学からの知り合いの顔を思い出しつつ、苦笑を噛み殺す。
 ・・・なに、どうってことはない。今日は夏休み最終日で、俺は有り難いことにSOS団勉強会のおかげでのんびりと明日を迎えられる。でもって国木田も、あいつのことだから今更夏休みの宿題に追われているなんて事態とは、お盆くらいにしか顔を合わせないような親戚より遠い関係にあるに違いない。そして何よりこのメールの送り主は、定期テストで俺と低空をランデヴーを続けてきた男―――谷口だ。
 皆さんもうお分りだろう。つまるところ、谷口の奴はこう言っているのだ。
 宿題が終わらねえ!だから俺んちにお前等の宿題持って集合!
 と、な。補足的な言葉が混じっているのは一年以上の付き合いの賜物だろう。嬉しくも何ともないのだが。
 ちらり、と携帯電話を見る。短いメッセージから谷口の焦り具合がありありと見てとれた。
「…しゃーねえ、」
 呟き、出掛ける準備を始める。とその時だ。携帯電話が新たなメールの着信を告げ、その内容を読んだ俺は「だよなー」と声を出して笑った。

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 to キョン
 from 国木田
 しょうがないから行ってあげよっか。
 (こうなるんだったら早めに連絡寄越せよな。ね、キョン)
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 ・・・・・・・・・。あれ、なんだろう。目が霞んで最後の方が良く見えないや。


「ようこそいらっしゃいました救世主のお二方・・・!」
 玄関のチャイムを鳴らして数秒後、どたどたと足音を響かせながら谷口が扉を開けた。何だその感極まった表情及び意味不明な歓声は。「特に国木田!」とか付け足しやがって、俺もう帰っていいか?いいよな。そういうことだろう、なぁ谷口。
「ぅお・・・キョ、キョン、俺が悪かったからンな即行で帰る準備しないでくれよ。まだ敷居すら跨いでねえから。靴脱ぐどころか玄関に入ってすらいねえから。な?ほら、折角こんな暑い中来てくれたんだし、茶ァくらい飲んでけって!」
 貴重な宿題書き写し要員が減るのを恐れて、谷口の額に暑さの所為ではないらしい汗が浮かぶ。おう、随分と必死だなぁ。そんなに切羽詰ってんなら最初から宿題やっときゃよかったのに。少しでもやっときゃ後々違うモンだろ?(と言えるのは昨年のドタバタからの教訓とSOS団の勉強会に参加したからこそなんだけどな。)
「それが出来りゃ苦労しねーよ。ああもうホント頼む二人とも!今日は頼りにしてるぜ!!」
 ぱん、と頭上で手を合わせる谷口。そんな友人殿を見て俺と国木田は肩を竦めた。
 で、玄関口でのショートコント(だったと国木田に言われた)を終え、俺達は谷口の部屋に通された。うん、毎回思うことだが、実に谷口らしい部屋だな。これぞ男子高校生と言わんばかりのぐっちゃぐちゃ加減だ。勉強なんてサラサラする気は無いと大声で明言しているかの如し、である。むしろお前、この部屋に知人を招く気すら無いって言われても仕方ないぞ。それくらいの惨状ではある。
「そんなことないよ。ほら、今日は特別に部屋の真ん中にテーブルがある。なんとか勉強しようって気はあるみたいだ。」
 そう言ってにこりと微笑む国木田の背後に黒いモヤモヤを見たのは俺だけだろうか。谷口も気にせず笑ってるみたいだしな。若干顔が引き攣ってるように思えなくもないが、それも俺の気のせいに違いない。違いないったら違いない。やる気あんのかコラァ、なんてぼそっと聞こえたのも幻聴だ!確かにどう見たってこの部屋の主が勉強したがっているようには思えなくても!
 国木田のハニーフェイスから呪詛のように吐き出される文言を全て無視し(助けて神様ハルヒ様長門様!)、硬い動作でテーブルの周りに座る。これで家庭内害虫Gとかが出たらもう知らない。俺はこの部屋の窓を突き破ってでも出て行ってやる。そっちの方が絶対に生存確率高いってマジで。キレた国木田の暴走に巻き込まれるつもりはこれっぽっちも無いからな。
「キョ、キョン・・・!?」
 だめ。駄目ったら駄目だぞ谷口。そんな目で見ても絆されないからな俺は。お前一人で責任とってこいよ。
「ん?キョンと谷口、二人で何を話してるのかな?」
「「すみません、何でもないです国木田様。」」
 だからその顔仕舞って!なんだか寿命まで縮みそう!


 ってまあ、こんなことばっかりやってても谷口の宿題が終わるはずも無く、しばらくしてから俺達はジュース片手に(ありがとうございます谷口のお母さん)夏の宿敵との対決をスタートした。が。
「ん?これ何だ、この問題。ワケわかんねーよ。」
 谷口よ、最初からコケてくれるかお前は。
 答え書き写してばっかじゃ頭に入らん。ってなワケでちょこちょこ真面目に問題を解いていく方針で作業を進めていたのだが、早々に谷口が壁にぶつかった。国木田は己の回答をどうやって谷口っぽくアレンジしようか考えているようで「ちょっと待って。」と来たもんだ。で、一応俺が谷口の解いてる問題を見てやったら―――。
「どれだ・・・?ああ、これか。これは三平方の定理をだなぁ・・・・・・で、aがここに代入されてイコールで結ばれるから、あとは単純計算。答えはこうなる、と。・・・解ったか?」
「国木田はともかく、なんでキョンがこの問題解けんだよ・・・」
 あっはっは、谷口君。お前もっと学校の勉強以外も学習した方がいいぞ。
 パタンとテキストを閉じ、俺は口だけ笑みの形に変えて立ち上がった。
「よし、じゃあ俺もう帰るわ。」
「すすすすすすみませんでしたキョン様ぁぁぁああ!謝るから帰んないで!お願い!今お前にサヨナラされたらぜってぇ色んなことが間に合わねえから!」
 谷口がかなり本気でズボンの裾を掴んできやがる。だからな、そう言うんだったら最初から軽はずみなことを口にするな。ちなみに俺がその問題を解けたのは既にSOS団勉強会でやったところだからだ。ふっ・・・ハルヒの扱きを思い出すと今でも頭痛がしてくるぜ。
 ちょっとばかり前頭葉辺りに痛みを感じ始めたので、記憶を取り払うように頭を振る。まったく、と呟きながら腰を下ろせば「キョン〜!」と嬉しそうな声が。はいはい、分かったからお前は問題を解け。俺もお前っぽい宿題の写しを作っといてやるから。
 谷口を適当に宥め好かしてペンの動きを再開する。あれだな、あとちょっと谷口が煩くしていたら命が無かったね、俺も谷口も。だってほら、隣の国木田の持ってるシャーペンがいつの間にやら新しい物に変わってるんだよ。しかも俺の聞き間違いじゃなければ先刻のギャーギャーやってる最中に「バキッ!」って音が聞こえたからね。マジで。ってことはあれですか。もしかしなくても国木田様の眉間に青筋とか浮いて右手に余計な力が入っちゃったとか、そういう展開ですか。
 ・・・嗚呼、なんだか本当にそこの窓突き破って逃げたくなってきた。でも実際にそんなことやると後々今の状態より恐ろしい目に遭うと俺の第六感が告げている。
 溜息未満の息をそっと吐き出し、俺は問題集の書き移し作業を進めた。


「じゃあなー」
「今日は助かったぜ二人共!!」
「あはは、谷口いきなり元気になったね。」
 谷口の宿題はなんとか終わった。ただし日が長いはずの夏の太陽がすっかり地平線の向こうに消えちまってからだけどな。時間が時間だったので谷口の家で夕飯に与り、今は谷口が清々しい笑顔で玄関にてお見送りってところだ。
 かなり真剣に作業していた所為で疲労困憊な右手を自覚しながら軽く手を振る。それに対し谷口は先述した通りの活き活きした表情。国木田は・・・推して知るべし。とりあえず大ヒントは最後の台詞な。
 しかし国木田改め黒木田様が放った一撃も今の谷口には無効らしく、「おう!」と暢気な答えが返って来る。そりゃあ国木田も肩を竦めるしかないわな。
 街灯の灯る夜道を歩いていると国木田がふっと吐息で笑った。
「あのお気楽さ、本当に谷口らしいね。」
「まったくだ。」
「これで明日、宿題忘れたなんて言ったら―――」
「言ったら?」
 あ、なんか怖い。
 脳裏で警報が鳴り出す。しかしこちらの対応が間に合うことはなく、国木田がにっこりとそれはそれは大層女性受けしそうな笑みを浮かべた。
「そうだね、とりあえず捩じ切るから。」
「・・・・・・。左様でございますか。」
 お釈迦になった国木田のシャーペンを思い出し、俺は視線を逸らした。
 とりあえず谷口、頑張れ。







八月三十一日









何だかんだ言いつつ助け合って(?)る三人組とか。
季節外れですみません。

リクエストしてくださった善様のみお持ち帰りOKです。