1 (桜と雁夜)



 はっきり言って私は家族が嫌いだ。兄は自尊心の塊で私を何かと虐げ、突っかかってくる。父は当主でありながら、その実、形だけの傀儡で、何もしようとはしてくれない。そして実質的な家のトップである祖父は十年もの長きにわたって私を虐待し続けてきた。屋敷にいる使用人達は誰も彼も見て見ぬフリ。誰も私を助けてくれない。
 まぁそれもそのはずだろう、と諦めたのはそんなに昔のことでもなかったりする。
 何故なら私はこの家―――間桐の血を引く娘ではないからだ。
 私が生まれた時に持っていた姓は『遠坂』。しかし私は次女であり、遠坂は長女である一つ上の姉が継ぐことになっていた。つまり私は要らない子。そんな私を十年前に引き取ったのが間桐だった。それ以来、私は虐待三昧である。
 けれどそんな最悪な家族ともしばらくおさらばだ。
 この春、私は高校一年生になる。それに伴い、高校の近くにあるマンションを借りて一人暮らしを始めるのだ。たった三年間とはいえ、あの屋敷から離れられると考えただけで心が躍る。こればかりは間桐が資産家であったことに感謝してもいいだろう。
 ……と、思っていたのだが。
「お荷物をお持ち致します」
「……貴方は?」
「ああ、大変失礼致しました」
 引っ越しの荷物を運んでいる最中、ちょっとばかりそれに手間取っていると、横からひょいと段ボール箱を持ち上げる人影が一つ。見上げると、左目が白く右目が黒い、そしてまだ若いはずなのに白髪の男性が、スーツが汚れるのも全く気にせず段ボール箱を持ち上げていた。
 男性は驚いて目を見開く私にふっと微笑みかけ、一旦段ボール箱を足元に降ろすと、
「ちょ、ちょっと!」
 いきなり跪いた。
 そして私の手を取り、白黒二色の双眸に涙さえ浮かべてこう言ったのだ。
「私は本日より貴女様の身の回りのお世話をさせて頂くシークレットサービスの雁夜と申します」
「し、しーくれっとさーびす?」
「ええ。そうですよ」
 それはそれは嬉しそうに男性―――雁夜さんは頷き、戸惑う私を置き去りにしてそっと指先に唇を落とした。
「ずっと……ずっとお会いしとうございました、桜様」
 いや、あの、ちょっと待って欲しい。
 いくら資産家でも養子の娘の一人暮らしにシークレットサービスとかありえないんですけど。







2 (雁夜とランスロット)



「やめろよ。俺はもう、お前の主人じゃない」
 爪先にランスロットからの口づけを受け、雁夜は苦笑しながら呟いた。
 もう自分はこのシークレットサービスの守護対象ではない。彼の主人だった間桐雁夜≠ヘここにはいない。いるのは白い髪と白濁した左目を持つ雁夜≠ニいう名のただの男だ。
 かつての従者―――ランスロット・ベンウィックとの再会は偶然だった。
 雁夜は血の繋がらない姪の生活を守るためにメゾン・ド・三咲――通称・三咲館――というこのマンションにやって来た。1フロア1組という高級マンションの七階に雁夜の姪にして主人である少女・間桐桜は住んでいる。雁夜は彼女のシークレットサービスとして同フロアの隅に居を構えていた。
 そして住み始めてから数日後、三咲館の二階に暮らしている主従と顔を合わせる機会があった。主人は金の髪と宝石のような碧眼が美しい、少年にも少女にも見える女子高生、アルトリア・ペンドラゴン。彼女はどうやら桜と同じ高校の二年生らしい。そして従者がランスロット・ベンウィックというフランス系イギリス人の男だった。
 記憶にあるよりも年は取ったが、長く伸ばした紫色の髪も、愁いを帯びた彫りの深い顔も変わらない。このランスロットこそ、かつて雁夜が間桐≠名乗っていた際、シークレットサービスとして常に傍らにあった人物だった。
 ランスロットも雁夜を覚えており、偶然再会したその日のうちに七階の雁夜の部屋を訪ねてきた。驚きながらも旧交を温める意味で雁夜がそれを出迎え、「今度は同業者だな」とソファに腰掛けながら言えば―――
「貴方は今でも私の大切な主人です」
 すっと雁夜の前で膝を折り、足を取ってその爪先に口づけてきたのである。
 足の先へのキスは忠誠の証。本来それを向けられるべきは今のランスロットの主人、アルトリアだ。そう言ってみるものの、ランスロットは首を横に振る。
「彼女は確かに今の我が王。しかし永遠の主人は貴方―――雁夜だけなのです」
「でも今の俺は桜ちゃんの従者だ」
「その桜という少女―――……確か『間桐』の姓を持っていらっしゃるようですが」
「うん。俺の血の繋がらない姪だよ」
 ひとまず足だけは解放させ、けれどもソファに座ることまでは了承してもらえず、仕方がないので跪いたままの相手に桜のことを説明する。
 雁夜が間桐を出奔したために遠坂の家から引き取られた少女。その目的も何もまだ彼女には明かされていないようだが、間桐の裏側を知っている雁夜は罪悪感でいっぱいだった。しかも桜は見ず知らずの少女ではなく、雁夜が幼い頃から慕っていた大切な女性の娘だった。
「俺はあの子を幸せにしたい。でもまだ力だ足りない。だから今はまず彼女の傍にいてこの三年間だけでも平穏な暮らしをさせてあげたいんだ。……その間に何とかするつもりではあるけど」
 元々、間桐の実権を握っている間桐臓硯は雁夜が出奔した過去を踏まえて、一人暮らしをする桜を監視する目的でシークレットサービスを付けた。つまり本来彼女の傍に侍るのは彼女を監視するためだけの人間だった。それを知った雁夜は彼女の生活を最低限守るため、自身がそのシークレットサービスの人間に取って代わったのだ。
 どうやって元坊ちゃんの雁夜にそんなことができたのかと問われれば―――……その辺はまだ濁した答えしかできないのだが。
「家を出てからルポライターとして色んな国を回ってたんだけど、まぁその時にちょっとしたツテができてね」
「その髪といい瞳といい……まさか危ないことではないですよね」
「髪と目は病気になった所為だから関係ない。でももしそうだとしても俺は桜ちゃんのためなら何だってできるよ。いや、桜ちゃんを理由にするのは間違ってるか。これは俺の贖罪だから」
「かりや」
「お前がそんな顔するな。一応、お前が守ってくれていたこの身体を無闇に傷つけるつもりはないよ」
 両手でランスロットの頬を包み込み、かつてそうしていたように雁夜はそっとその額に唇を落とす。
 ランスロットは感極まったように雁夜の名を呼んだ。
「かりや……かりや。私の主人。私の愛しい人。私のすべて。貴方が消えた時、私は死さえ望みました。でも生きていて良かった……。再び貴方に見(まみ)えることができたのだから」
「なんだよ、お前。死のうとしたのか? バカだな、俺なんかのために」
「いいえ。それ程までに貴方は私のすべてだった。貴方がいたから私がいた。貴方がいなければ私の価値なんて。当代のペンドラゴン様―――アルトリアの父上が無理にでも私を止めてくださらなかったら、きっと私は本当に命を絶っていたでしょう」
「そういやペンドラゴン家とお前の家は昔から知り合いだったっけか」
「はい。こうして貴方に会うことができたのですから、近いうちにペンドラゴン様にお礼を言いに行かなければ」
 しかしそれをする暇すら惜しいと言って、ランスロットは自分の頬に添えられた雁夜の手に自分の手を重ねる。
「貴方と共にいたい。また貴方の傍で貴方を守りたい」
「それはできない相談だよ、ランスロット。俺は桜ちゃんのシークレットサービス。お前はその同業者だ」
「しかし」
「だからさ、一緒のマンションに住んでるってことで今は妥協してくれよ。な?」
「……それが、貴方の望みなら」
「ありがとう」
 俺の、ランスロット。
 最後の言葉は口にしない。それを口にして良いのは『シークレットサービスの雁夜』ではないから。
 雁夜は昔のままの黒い右目と白濁色に変わってしまった左目を細めてかつての従者の額にもう一度だけ唇を落とした。







1…2012.05.02 pixivにて初出

雁夜さんは間桐の次男。つまり桜ちゃんの叔父。ただし間桐を出奔している。桜ちゃんが幼い時に交流ありで、その時は黒髪。病気で長らく入院生活をしていて、その際に白髪化。病気が治って元の生活に戻ろうとしたら生家に桜ちゃんが養子として来ていて、しかも虐待されている! わぎゃーとなってるうちに桜ちゃんが一人暮らしを開始するとかで、しかし爺が見張りを付けようとしてる→よろしい、ならば戦s……じゃなくて、ひとまず桜ちゃんの一人暮らしを守るためにおじさんがSSになるしかない! 監視役の人間はポイッ! え、そんなのどうやったかって? 間桐屈指のガッツとルポライター時代のツテですが、それが何か?(黒微笑) ちなみに過去にいろいろあってバサ雁とか綺雁みたいなエピソードがあったりすると嬉しい。……そんな感じの雁桜シークレットサービスはありませんか。
あ、桜ちゃんの性格は原作より明るめです。蟲蔵が無いので。でもおじさんは蟲使いだといいな!



2…2012.05.03 pixivにて初出

いぬぼくがナチュラルにバサ雁変換可能だった。でも雁桜でいぬぼくパロしたい。よろしい。ならば今雁桜・昔バサ雁でいぬぼくだ! 雁桜よりも先にバサ雁がイチャイチャしだしたのは私の所為じゃない。きっと狂主従だからですよね!(笑) 色々設定をぶち込んでいる話ですが、たぶん続きません。ちなみに雁夜さんをSSに鍛えたのは綺礼さんという裏設定。きっと衛宮さんともお知り合い。