ハイブリッド・スノーホワイト1.5【表】
※セイバー&バーサーカー陣営によるアインツベルン城強襲戦 「こうしてサーヴァント同士も改めて顔合わせするわけだけど、一応名乗った方がいいかな?」 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの奪還に際し、バーサーカーのマスターは傍らに黒甲冑の騎士を侍らせながら告げた。 セイバーことアルトリアの目には相変わらずバーサーカーの姿がはっきりと捉えられない。見ようと思えば思うほど、その輪郭はぼやけ、また二重三重にブレてしまう。この幻惑の能力は狂戦士のクラスに付与されるものではなく、バーサーカーとなった英霊が元々持っているものらしい。 切嗣の申し出によりアルトリア達とバーサーカー陣営が手を組んでアインツベルンのアハト翁の手にあるイリヤスフィールという少女を助けることが決まり、バーサーカーとそのマスターはここ、切嗣が用意した武家屋敷を訪れた。しかしここまで招き入れておきながらアルトリアは未だバーサーカーの顔も真名を知らない。 「そうだね。聖杯戦争も無くなってしまったし、そうしてくれた方がこちらとしても動きやすくなるだろうから」 続けて、切嗣は順に自分達のメンバーについて簡単な説明を行った。 「僕は衛宮切嗣。魔術師殺しなんて言われてるが、魔術師もそうでない人間も必要なら殺してたから、実はこの呼び方も正確ではなかったりする。そして銀髪の彼女がアイリスフィール。僕の妻でイリヤの母親、かつアインツベルンが用意した第四時聖杯戦争の小聖杯=Bその向こうの黒髪の女性が久宇舞弥。僕の昔からの相棒で、魔術も多少使える。そして最後にセイバー。真名はアーサー王ことアルトリア・ペンドラゴンだ」 相変わらず視線すら合わせないが、切嗣はそう言ってアルトリアを手で示す。 切嗣の紹介にバーサーカーのマスターは頷いた。その顔には若干の苦笑が混じっているように見える。 「まさか伝説の騎士王が女の子だなんてな。円卓の騎士達に囲まれて負けてないんだから、それはもう素晴らしい王だったんだろうねぇ」 「それは国を滅ぼした私に対する侮辱ですか」 「いや、そんなつもりはないよ。気を悪くしたなら謝ろう」 バーサーカーのマスターが言った素晴らしい王≠フ部分に僅かな苛立ちを覚えたアルトリアは青い双眸をキッと強くする。しかしあっさりと謝罪されたため、その苛立ちは長く保たなかった。 むしろバーサーカーのマスターの真意はアルトリアを通り越して他の者達―――彼女の周囲にいて彼女を王と崇めていた人々に向けられているような気がして、はてと首を傾げる。バーサーカーのマスターはアーサー王と欠片も関わったことのない存在であるはずなのに、と。 そしてアルトリアは気付かなかったが、バーサーカーのマスターもとい雁夜がその台詞を告げた際、斜め後ろに控えていた黒甲冑の騎士がピクリとかすかに肩を揺らしていた。 「……いえ、謝罪は結構です。私の方こそ申し訳ない」 「セイバーは律儀だなぁ。さすが騎士の王。じゃあ俺達の方もちゃんと名乗ろうか。……とは言っても、俺の名前は知ってるだろうからメインはこいつなんだけど」 そう言いながら雁夜はこつりと背後の黒甲冑を拳で軽く叩いた。 「改めまして、俺は間桐雁夜。ご存じの通り花吐き病を患っていてね。過剰精製された魔力が自分の器を越えると花を吐く。バーサーカーが動いている間はその頻度も減るから、それに関して君達の足を引っ張ることはないと思ってるよ」 そして、と雁夜はバーサーカーを示す。 雁夜の視線を受けてバーサーカーはまず最初に自身を覆っていた黒いもやを解いた。たちまち機能性と優美性を兼ね備えた漆黒の鎧がアルトリア達の眼前に晒される。 その鎧を見た途端、アルトリアはまさかと息を呑んだ。だが彼女の頭が正式に答えを弾き出すよりも早く、黒甲冑の英霊が己の顔を覆っている兜を取り去った。 さらりと零れ落ちたのは深い紫色をした髪。緩やかなウェーブがかかったそれは愁いを帯びた顔にかかり、元々整った顔立ちに一層の色気を添えていた。兜を取る際に伏せていた双眸が開かれ、鋼(はがね)色の瞳がひたとアルトリアを見据える。 「ぁ……」 完全にアルトリアの呼吸が止まった。 そんな中、雁夜は続ける。 「偶然なのか何なのか……。こいつの名前はランスロット。『湖の騎士』サー・ランスロットだ。そちらのアーサー王とは上司と部下の関係で、なおかつブリテンが滅んだ最初の諍いはこいつの所為だったんだよな」 この事実こそが雁夜の苦笑の理由。ランスロットを召喚し、セイバーの正体やバーサーカーとの関係性を一方的に知っていたからこそのもの。 驚きに声を失うアルトリアへランスロットが目礼する。 「お久しぶりです、我が王よ。まさか再び見(まみ)えることがあろうとは……。貴女には申し上げたいことがある。この巡り合わせに感謝しましょう」 礼儀正しいその姿はキャメロット時代と何ら変わるところがない。 しかしアルトリアは変わらぬ相手との再会を喜ぶのではなく、彼が召喚されたクラスを思い出して絶望に打ちひしがれた。 「貴方は……」 震える声でアルトリアは問う。 「貴方は狂気に身を落とすほど私を恨んでいたのか」 かつて騎士の中の騎士と謳われたランスロット。そんな彼が狂戦士のクラス適性を持つなどと、当時のキャメロットの一体誰が予想できただろう。 この現状つまり、ランスロットが今生で狂気を引き寄せてしまう要因が生前にあったということ。そしてその要因をアルトリアは一つしか思いつけない。 「私が……私が王だったから貴方は」 「そうではありません、王」 アルトリアの予想に反し、ランスロットは首を横に振った。 「私が狂気に呼び寄せられたのは貴女を恨んでのことではなく、ギネヴィアとのことで貴女にきちんと裁かれたかったからなのです」 「私が、貴方を裁く……?」 思いも寄らない言葉にアルトリアは首を傾げる。 確かにランスロットとアルトリアの妻・ギネヴィアとの密通は外から見て許されざるものだ。しかしアルトリアが性別を偽っていた以上、彼女個人としては信頼できる部下が共犯を強いてしまった女性の支えになることに何の憂いも嫌悪もなかった。むしろありがたいとすら思っていたほどだ。 ゆえにアルトリア達を良く思わない者の密告によりランスロットとギネヴィアの不義が公表された時、アルトリアは王としての責務を果たしながらも、アルトリアとして彼らを責めることはなかった。 (それを、ランスロットは後悔していたのか) 誠実な彼だからこそ、狂気に身を浸すほどに。 アルトリアは左手で両目を覆う。 王は人の心が分からない、という言葉の通りだ。自分は王として正しい選択をしてきたつもりだった。しかし人としてその選択はきっと多くの者達を傷つけてきた。その代表が今ここにいるランスロットや、自分の妻だったギネヴィアなのだろう。 「すまない、ランスロット。私は、私は……」 「謝らないでください。裁かれ、謝罪すべきは私なのですから」 かつての部下の柔らかな声にアルトリアは手のひらの下でぎゅっと目を瞑る。 目頭がひどく熱かった。 □■□ ランスロットとアルトリアの和解の後、セイバー陣営とバーサーカー陣営は海を越えて冬の森に閉ざされたアインツベルンの城へ向かった。森へ入るまでは舞弥とアイリスフィールも一緒だったが、実際に城へ乗り込むのは切嗣&アルトリア組と雁夜&ランスロット組の計四人である。 片手の指の数にも満たないが、これで戦力不足であろうはずもない。何せうち二人は英霊―――つまり人間の魔術師など到底及ばぬ力の持ち主であり、そして残りの人間二人は魔術師殺しとして有名な男と魔力をほぼ無限に扱える蟲使いなのだから。 アルトリアは単独で陽動に当たる。雁夜とランスロットもペアになって陽動。この際、ランスロットは切嗣の姿になって敵の目をこちらに集めることとする。そしてその間に本命の切嗣がイリヤスフィールの救出に当たるという作戦で、四人は行動を開始した。 「おーおー上手く騙されてくれてるみたいだな」 正面からやってきた無機物の使い魔の群に雁夜はひっそりと苦笑を漏らす。 やはり城の構造を知っている切嗣をイリヤスフィール奪還の本命と考えたのか、『己が栄光のためでなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』により切嗣の姿を模しているランスロットと雁夜のペアに向かってくる敵がやけに多い。同じく陽動係のアルトリアの方にもそれなりに敵が差し向けられているようではあるが、こちら程ではないらしい。 本物の切嗣は未だアハト翁に発見されておらず、今のところ問題なく城の奥へ向かっていると携帯電話で連絡があった。全て順調に進んでいる。 この計画を実行に移す前に切嗣とアイリスフィールからアハト翁に対し、聖杯戦争停止の報告とそれに伴いイリヤスフィールを手元に置きたいという要望がなされていた。しかしアハト翁からの返答は沈黙。つまり否定と取って良いだろう。そんな経緯がある為、切嗣達が予告なくアインツベルン城を強襲したとしてもアハト翁はその目的を理解し、イリヤスフィールを城の奥に隠してしまっている。しかし翁に対するのはこの魔術師の城で九年間を過ごした魔術師殺し≠ナある。自身の両腕で抱きしめられる範囲の人間を守ってみせると誓った男がその程度で娘を見つけられないはずもない。 侵入開始から一時間程経過後、ちょうど雁夜とランスロットが城の中階層まで到達した頃に切嗣から再び連絡が入った。 『イリヤを見つけた。これで僕の存在もアハト翁にはバレただろうから、ランスロットの擬態は解いて思い切りやってくれ』 「了解。……バーサーカー、アロンダイトの使用を許可する」 切嗣からの連絡を受け、雁夜はランスロットに戦法の変更を命じた。 これまでがイリヤスフィールの発見と奪還を最優先にした戦法。そしてこれからはアインツベルン城を落とす≠アとを目的にした戦法となる。 中途半端にイリヤスフィールを取り戻しただけでは、すぐにアハト翁から報復される。と言うよりも、実はもうすでに報復行動は始まっていた。遠坂時臣という実力者に任せてきたため心配はしていないが、現在進行形でアハト翁の手の者が今回の切嗣の協力者である雁夜の家を襲っていると、その家に残してきた桜から連絡があった。 そんなことを再発させないため、ここでしっかりとアハト翁に理解してもらわなくてはならない。 「さぁ、行こうか」 ニッと雁夜が口の端を持ち上げた。 普段から魔力を過剰精製している魔術回路をわざと励起させ、更に膨大な魔力を作り出す。それはランスロットの本来の宝具である『無毀なる湖光(アロンダイト)』使用に伴う魔力消費に回され、また雁夜自身の魔術行使にも使われる。 漆黒の剣がひと薙ぎされるたびに正面から襲い来る人工生命達が一瞬で消滅した。後方から忍び寄ってくる不完全な人の形をしたホムンクルスの失敗作らしき彼女達≠ノは、雁夜が片方の目に一瞬だけ憐れみの情を浮かべながらも凶悪な肉食の蟲を差し向けた。行く手を阻む壁や扉は城の外に溢れている真っ白な雪から得た水で刃を生み出し、全て破壊する。 逃げる者、許しを乞う者はそのまま見逃した。けれどもアハト翁の命令により向かってくる者や使い魔達には容赦しない。せめてもの慈悲は痛みを感じる時間が短くなるよう中途半端に殺さない≠アとくらいであろう。 そうできるのは雁夜にとって大切にすべきものが明確化されているため。ここで容赦などしてしまえば、次に傷つくのは雁夜が大事にしている冬木の地の桜達だ。彼女達を守るためなら雁夜はこの城を徹底的に叩くことに躊躇いなどない。 「殺し潰せ、バーサーカー」 「御意。我がマスター」 雁夜の一声でランスロットが駆ける。黒い風が通った後には鋭利な刃で斬り裂かれた骸しか残らなかった。 ハイブリッド・スノーホワイト1.5【裏】 ※遠坂時臣による間桐邸防衛戦 「頼られて嬉しく思うべきか、あまりのお人好しぶりに呆れるべきか」 苦笑を浮かべて遠坂時臣は呟く。 その右手には特大のルビーをつけた魔術霊装である杖。そして左手には――― 「……やはり雁夜の花は素晴らしい」 左手に持った深紅の薔薇の花弁を一枚口に含み、時臣はうっそりと微笑んだ。 花弁を舌の上に乗せた瞬間から感じる甘さは魔力によるもの。雁夜の魔力が全身に満ちる感覚に陶酔すら覚えながら、時臣は間桐邸の結界を突破しようとする人工生命の使い魔を一匹残らずその炎で焼き尽くす。 時臣が花弁を一枚消費するたびに紅蓮の炎は勢いを増した。 純銀の針金で編まれた飛行型の使い魔であろうと、地を這うようにしてやってくる見た目もおぞましい出来損ないのホムンクルスであろうと、時臣の炎は全て焼き滅ぼす。高温すぎる炎は対象を焦がすのではなく、それを通り越して蒸発させるレベルだ。 そんな魔術を扱う時臣本人は間桐邸の庭の一角に佇んだまま汗一つかいていない。本来ならばそれなりに魔力を消費して息切れしてしまう大がかりな魔術も雁夜が花の形で渡した魔力を使えばいくらでも放つことができる。 (この花は素晴らしいが、恐ろしくもある。数多の魔術師達が限られた魔力で最大の成果を出そうと研究を重ねているのに、雁夜はそれを笑って無視できてしまうのだから) 己もまた効率ではなく威力と展開スピードだけを重視した魔術を連発しながら、時臣はこの地から離れている特別な幼馴染を想った。 今頃、彼はアインツベルンの城に乗り込んで魔術師殺しの娘を救出しているのだろう。無論それだけで終わるとは思えない。きっとユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンが今後雁夜達に手出ししようと思わなくなる程度には相手に損害を与えてくるはずだ。時臣の知る雁夜はお人好しだが博愛主義者ではないし、また逆らう相手を屈服させられる程の力を持っている。 時臣はまた一枚花弁を食んだ。 極上の甘味であるはずのそれは、しかし一瞬だけ苦みを伴っている。物は変わらないはずなので、変わったのはそれを口にした時の時臣の感情だ。 自分ではなく魔術師殺しなどという外道の男と共闘している現状が気に食わない。願いを聞き届けて雁夜の大切な物を守るのも吝かではないが、やはり雁夜の隣に立ち、彼を守り、彼に守られる立場でいたかった。 時臣の苛立ちは魔術の効果へ如実に現れ、人型に近い敵を包んだ炎は一瞬でそれを滅ぼすのではなく、長い悲鳴を響かせる。聞くに耐えないその声で、優雅を信条とする己の内面の乱れが魔術にまで現れてしまったことを恥じつつも、改めて雁夜の存在の大きさを認識した。 「雁夜」 甘く、甘く。 己が花を食んだ時に感じる甘さと同じくらいに甘い声で遠坂時臣は幼馴染の名を呼んだ。 「私の美しい花。早くここへ戻っておいで」 2012.06.16 pixivにて初出 |