アインツベルンの森4
一同サロンに集まり、アイリスフィールが水晶球で侵入者の姿を捉える。透明な球体に映り込んだのは案の定、キャスターだった。 しかし奇妙なことにキャスターは何人かの子供を連れて歩いている。子供達の表情に生気がないところから察するに、どうやらキャスターの手で操られているようだ。 何のために子供を連れて歩いているのか。その答えはすぐに判明した。 アイリスフィールの監視に容易く気付いたキャスターはまるでこちらが見えているのかように一礼し、そしてセイバーへの面会を要求した。しかし切嗣達がその返答をしないでいると、キャスターはセイバーがやって来るまでの余興として子供達を使った残虐な遊技を始めたのだ。―――鬼ごっこと称し、鬼役のキャスターに捕まれば殺されるというルールで。 当然、そんな暴挙をセイバーが許すはずもなく。同じく一刻も早くキャスターの暴挙を止めたいと望んだアイリスフィールの一言でセイバーはサロンから姿を消した。 「……セイバーがここを離れたってことは、次に他陣営から狙われるのはセイバーのマスター≠ゥ」 アイリスフィールの横から水晶球を眺めていた雁夜がそう呟けば、切嗣が「だろうね」と同意する。 「サーヴァントは最強の矛であり盾だ。そしてサーヴァントの守りを失ったマスターほど狙いやすい標的はいない。僕がバーサーカーのマスターと手を組んだことは、ひょっとするとこの城や間桐の屋敷に使い間を放って監視しているマスターなら予想しているかもしれないけど」 「じゃあ俺と手を組んだと予想されているとして、衛宮さんとしてはどっちの方がいい? セイバーの代わりにバーサーカーが護衛しているかもと思われるのと、バーサーカーもキャスターの討伐に当たっていて、セイバーのマスターは完全に無防備な状態だと思われるの」 「後者で」 「オッケー。だったらバーサーカーもキャスターの方へ行こう。ランサーに負わされたセイバーの怪我も気になるしな」 切嗣との会話は淀み無く進み、雁夜が黒甲冑姿のバーサーカーを実体化させる。 「アイリさんはどうする? 一応、他のマスターはアイリさんをセイバーのマスターだと思ってるわけだけど」 「僕の予想通り敵のマスターがアイリを狙って攻めてきたら、彼女には城の反対側から逃げてもらう。舞弥を護衛につけてね。そして僕は城で敵を迎え撃つ」 「わかった。じゃあ俺はキャスターの方に行くけど、状況が変わったら俺の蟲に連絡を……いや」 首を振り、雁夜は蟲を召喚する代わりに懐から小さな機械を取り出した。 「俺の携帯に連絡をくれ。魔術戦の最中じゃ使い魔経由の連絡よりこっちの方が確実そうだ」 もし敵が索敵能力に長けているタイプなら、雁夜の蟲では役目を終える前に見つかって消されてしまうかもしれない。そんなつもりで携帯電話を差し出せば、切嗣が薄く笑った。 「……僕が言うのもなんだけど、魔術師らしくない魔術師だね」 「使える物は使わないと損だろ?」 苦笑し、切嗣と連絡先を交換する。 そうして雁夜は森の中の戦場へと向かった。 □■□ セイバーは戦闘の真っ直中にあった。 子供だったものの血肉から、またセイバーに斬られたはずの怪物そのものの肉片から、ヒトデにも似た醜い怪魔が生まれ出でる。セイバーは懸命に見えない剣を振るうが、彼女が斬る数と復活する怪魔の数は完全に拮抗していた。そして、彼女が睨みつける先―――怪魔達の向こうに佇むキャスターの顔。満足そうなそれはキャスターがまだまだ余裕であるという証拠だ。 だがそんな中にもう一人の英霊が現れる。 肉を絶つ音、粘り気のある液体が飛び散る音、セイバーの気合いの呼気、耳を劈くようなキャスターの哄笑。それらの合間を縫うように耳に入ってきた声―――。 「行け、バーサーカー」 セイバーがその声を認識した直後、彼女とキャスターの間に立ちふさがる怪魔の群のほぼ半分が赤黒い葉脈が走った一メートルほどの枝≠ナ薙ぎ払われた。 「バーサーカー……?」 頭の天辺からつま先まで覆うのは輝きのない黒い甲冑。顔にある細いスリットからは赤い光が漏れ出ている。右手に持つのは本来、単なる枝にすぎないはずなのだが、バーサーカーとなった英霊の特殊能力か何かで宝具レベルにまで変化を遂げていた。 会うのは二度目になるこの英霊らしからぬ英霊こそ、間桐雁夜のサーヴァント・バーサーカーに他ならない。 「助太刀するよ、セイバー。その腕じゃ君の実力が発揮できないだろ?」 彼女の前、バーサーカーの傍らに立ったのは白髪の人影。 間桐雁夜は周囲に凶悪そうな蟲を数多く侍らせてうっすらと笑みを浮かべた。 「カリヤっ、ここにいては危険です」 「大丈夫。俺にはバーサーカーがいるし、それにこの子達も頑張ってくれるから」 微笑みながら雁夜が指を這わせたのは四枚の翅と鋭いアゴを持った蟲型の使い魔。翅刃虫って言うんだ、と紹介しながら、雁夜は会話の途中で襲いかかってきた怪魔の一匹をその翅刃虫の群で肉片一つ残さず喰らい尽くした。 「ね?」 「っ、カリ」 「貴様貴様貴様貴様ぁぁぁああああ!! 誰の許しを得て我が麗しの聖処女との逢瀬を邪魔するのだ!!」 セイバーの呼びかけを遮るようにキャスターが怒りを露わにして叫ぶ。 雁夜の白黒二色の双眸がセイバーから外れ、憤怒に包まれたキャスターを冷ややかに見据えた。 「戯れもその辺にしてくれないか、ジル・ド・レェ伯爵。本人も言ったと思うが、彼女はジャンヌ・ダルクじゃない」 「黙れ! その面差しに高潔さ! まさしく我が聖処女! 聖杯が我が願いを聞き入れ、彼女を再びこの世に顕現せしめたのだ!!」 「……他人の空似って言葉も知らないのか。俺のバーサーカーよりバーサークしてないか?」 ぽつりと呟き、雁夜はついと森の奥へと語りかける。 「あんたもそう思うだろ。…………ランサー」 え、とセイバーが思ったのも束の間。怪魔の群の一部を消し飛ばしながら実体化したのは『輝く貌』のディルムット・オディナ。 ランサーは琥珀とも黄金ともとれる瞳をふっと緩めて告げる。 「気付いておられたか」 「さっき携帯に着信があったからね」 「ちゃくしん?」 「こっちの話。まぁ仲間からの合図みたいなモンだよ。キャスターの他に侵入者あり、みたいな」 「それで俺の登場を予期していたと……?」 「そういうこと」 雁夜は答え、その横から襲いかかってきた怪魔を今度はバーサーカーが斬り裂いた。 主の命令なしにその命を自発的に守るこのバーサーカーを見てセイバーは思う。やはり単なる狂戦士ではないようだ。 「ああぁぁ、あぁぁああああああ!! この匹夫どもめが!!」 再び敵のマスター――と言うよりも聖処女との逢瀬を邪魔する人間≠ゥ?――を殺害しようとして失敗したキャスターは奇声を上げながら頭を掻き毟る。ランサーの登場もはなはだ気に食わないらしい。 「彼女は! ジャンヌは! 聖杯が私にもたらしたもの! ゆえに私のものだ!! 邪魔をするな!!」 「誰が貴様のものだ。彼女の左腕の傷は我が『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』が負わせたもの。ゆえに左腕を欠いた状態の彼女を倒しても良いのは俺だけだ」 それを認められないと言うならば……とランサーは二槍を構える。 「セイバーの左腕として俺も参戦しよう」 「ランサー!」 心強い申し出にセイバーの顔に喜色が浮かぶ。やはり彼は清廉潔白な騎士だと。 甘いマスクの槍兵は小さな笑みでそれに答え、次いでこちらの言を聞き入れるつもりなど毛頭ないらしいキャスターを睨み付けた。 「さあ、これで三対一。俺を入れてくれるなら四対一だが……。キャスター、どうする?」 雁夜が告げ、激しい羽音が夜の空気を震わせた。 □■□ 戦闘の結果としては、キャスターが状況不利と判断して撤退という形になった。子供や怪魔の血で霧を発生させ、その隙に霊体化して逃げたのだ。 霊体化できないセイバーはそれを追うことができない。逆にランサーは可能だったのだが、タイミング悪くたった一人でセイバーのマスター≠殺害しに行き危機に陥った主の気配を察知し、そちらを優先する結果となった。 またランサーと同じく霊体化可能であるはずのバーサーカーは――― 「……まずい。森の反対側からアイツが来てる」 ぽつりと呟き、雁夜は一応戦闘中に念のため森の中へ放っていた視蟲から送られてくる映像と、切嗣から携帯電話に送信されたメールの内容を頭の中で反芻させた。 ランサー陣営が攻めて来たためにアイリスフィールは舞弥に護衛されて森の反対側へと逃げた。それはいい。切嗣がランサーのマスターを迎え撃つのに際し、アイリスフィールは援護どろこか邪魔になる。だが問題は森の西側から彼女達に近付く結果になっている人物がいることだ。 「まさか神父とか、ねぇ」 キャスター戦の最中に視蟲が捉えた新たな侵入者は雁夜も知っている言峰綺礼。遠坂時臣の弟子ということから雁夜もあの男に関してはいくらか知っている。聖堂教会で代行者を務めていた程の人間―――つまり、切嗣と同じく魔術師殺しに特化した人間だった。 そんな男の接近に対し、アイリスフィールは舞弥を伴って逃げるどころか迎撃体制を取った。一時は彼女らが優勢に立ったかとも思ったが、すぐさま完全なる劣性に立ってしまっている。早く駆けつけなければ危険な状態だ。 「セイバー、俺達は先にアイリさん達の所へ向かう。君も急いで」 ランサーが向かった切嗣に対しても不安はあったが、あの騎士道精神を持つランサーがセイバーを欠いた状態のマスターを無闇に傷つけることはないだろう。またランサーのマスターに意識があり、ランサーが望まずとも令呪によって無理矢理切嗣への攻撃を命じる可能性も無くは無かったが、ランサーの焦り様からそれも考えにくい。おそらくランサーのマスターは己のサーヴァントに指示を出すことすらできない状態――はっきり言ってしまうと危篤状態――だろう。 よって、最優先なのはアイリスフィール達である。 「カリヤ? アイリスフィール達に何が……」 「言峰綺礼っていうトンデモ人間と戦闘中なんだよ。じゃ、先に行くから」 「っ、カリヤ!?」 呼ばれたが、これ以上時間をかける余裕はない。雁夜は己の魔術回路を励起させて膨大な魔力を生み出し、霊体化したバーサーカーとほぼ同じ速度で移動を開始した。 雁夜がアイリスフィール達の元へ駆けつけた時、アイリスフィールは首を絞められ、また今まさに地面に伏した舞弥の体が綺礼に踏み砕かれんというところだった。それを寸での所でバーサーカーが防ぐ。 「神父。なぜお前がここにいる?」 女性二人を解放させ、雁夜は淡々と問いかけた。 背後にはバーサーカーが運んできたアイリスフィールと舞弥。横に侍るのはバーサーカー。正面に佇む綺礼の他に周囲にアサシンが隠れているようだったが、それに関しては蟲とバーサーカーが何とかしてくれるだろう。 「……衛宮切嗣に会いに」 「衛宮さんに?」 オウム返しに問えば、綺礼の首が縦に動く。 「ちなみに神父はセイバーのマスターを誰だと思ってる? ここにいる銀髪の女性か、それとも―――」 「衛宮切嗣だろう。そこの女はおそらく今回の聖杯戦争における『器の守り手』だ」 「つまり神父は敵マスターを殺しに来た、と」 「いや」 綺礼は首を横に振った。 背後でアイリスフィール達の訝る気配がする。だが綺礼は気にした様子もなく雁夜に返答した。 「場合によっては戦うことも辞さない。それでしか解らぬこともあるだろう。……だが私はただ知りたいのだ。衛宮切嗣と相対することで私は私の求めるところを知ることができるのではないかと思っている」 「ふぅん」 神の僕としての厳しい道を歩み続けて代行者となり、更には鍛練を重ねて魔術師としてもかなりのレベルにまで達している言峰綺礼。その姿勢は父親をはじめとする多くの他者から賞賛されている。しかし実のところこれまで全ての物事に対し極限まで突き詰めることなくある程度まで達すると止めてしまう綺礼の姿は、何かを追い求め続け、未だそれが叶っていない証明のようにも思われた。 ひょっとするとこの神父がこれまで自分に課してきた試練の全ては「私の求めるところを知る」ためだったのか。そして綺礼は今、その答えを切嗣の中に見出そうとしているのか。 (確かにアインツベルンに来るまでの衛宮さんは、神父と同レベルで厳しい世界に生きていたみたいだけど) しかも一見、リスクとリターンが全くつり合っていないような世界を。 でも、と雁夜は思う。 切嗣の考えていることや彼が聖杯に託す望みはまだきちんと聞いていないのだが、これまで見てきた状況だけでも切嗣と綺礼は違う≠ニ雁夜は思う。 綺礼は多くの者にその姿勢を賞賛されるものの、実際には自身を理解されることがない。なぜ言峰綺礼がそれほどまでに己を厳しい世界に置けるのか、父親や師すら勘違いをしている。 一方で切嗣はどうか。 これまでのアイリスフィールや舞弥の様子を見ていれば、衛宮切嗣が綺礼と大きく異なっている部分を見つけることができる。―――切嗣は既に理解されているのだ。 アイリスフィールや舞弥がこうして命を賭して綺礼に向かっていけるのは、彼女らが切嗣の望みを理解し、それに賛同しているから。アイリスフィールはアインツベルンが生み出したホムンクルスであり、言うなれば『人形』だが、今の彼女の瞳を見てその事実をそのまま受け入れることはできない。切嗣に寄り添う彼女は生まれは人形であったとしても、今は確かに『人間』だった。そして人形ならば家の命令に従い、マスターである切嗣を生かすために自分の命を投げ捨てるのも厭わないだろう。だがアイリスフィールの中身は既に人間であり、そんな命令ごときで己の行動の全てを決定することはない。つまりこうして命がけで戦うのも彼女の意志である。 衛宮切嗣という男は虚無の果てになお戦いの目的を見出した人物ではない。何らかの望みを持ち、それを他人に理解され賛同されている人間だ。 そんな男と相対して、果たして言峰綺礼は己が求めるところとやらを知ることができるのか。 (無理だろうなぁ) 雁夜は小さく嘆息した。 きっと切嗣と会っても綺礼は納得のいく答えを見つけられない。そして切嗣に失望する。別にそれは構わないが、そこに行き着くまでに果たして周囲はどれ程の被害を被るだろうか。 既に傷ついているアイリスフィールと舞弥を一瞥し、雁夜は口を開いた。 「神父、とりあえずここは退いてくれ。衛宮さんとの件は俺から本人に聞いてみる。……まあ、ここでそれすら断るなら俺のバーサーカーが出るだけだが。ついでに答えを渋っていればそのうちセイバーも駆けつけるぞ」 「衛宮切嗣との邂逅は確かだろうな」 「約束はできない。少なくとも衛宮さんはお前を思いきり警戒してる」 「……どちらにせよ、私がこの場で選べる答えは一つだけか」 「そういうこと」 にこりと口元だけで笑い、雁夜は森の外を指差した。 「じゃあな、神父」 2012.04.14 pixivにて初出 引き続き雁おじinアインツベルンの森。切嗣と雁夜がCPと言うよりはむしろ異端同士気の合う相棒みたいな感じに…? そして綺雁への道が果てしなく遠い。いつになったら神父は雁おじにメロメロ(死語)になってくれますかorz |