倉庫街4(花と黄金の弓兵2)



「さあ、アーチャーと遊んで差し上げろ」
 雁夜のその声が合図となってバーサーカーが飛び出した。踏みつけた地面は抉られ、激しい風が雁夜の白い髪をなぶる。
 黒い騎士が一直線に目指すのは黄金の弓使い。街灯の上に立つ英霊を細いスリットの奥から見上げれば、相手の血色の瞳が不機嫌そうに眇められた。
「狂犬め。我の道を阻むか」
 アーチャーの背後の空間が歪む。何もないはずの空間を割って現れたのは一つ一つが充分宝具に匹敵し得るレベルの刀剣類だ。それが合わせて八挺。全てその切っ先をバーサーカーに向けている。
 そしてバーサーカーがアーチャーの足下に到達するよりも早く射出。八挺の武器が絶妙なタイミングのズレで順に放たれる。
 最初から手加減なしの攻撃に、その場に居合わせた者は誰もがバーサーカーの敗退を予想した。しかし―――
「甘いな」
 笑う雁夜。
 白黒二色の双眸が見据える先ではアーチャーの攻撃により土煙がもうもうと上がっている。まるで爆撃機でも通った跡のようだったが、雁夜の余裕の表情は欠片も揺るがなかった。
「うちの狂犬はそんなにヤワじゃないよ」
 まるでその声が呼んだかのように強い海風が吹く。磯臭い風に押し流されて土煙が晴れた後、姿を見せた黒甲冑に方々から息を呑む気配がした。
 先程まで徒手だったはずのバーサーカーは現在、その手に一振りの剣を携えている。アーチャーが放った物のうちの一つだ。
 他者が放った武器を奪い取って己のものとする―――言葉で表せば簡単だが、実際にできるかどうかとなれば、それはあまりにも困難な行為である。しかもただの武器ならばまだ良いが、アーチャーが放ったそれは宝具レベル。つまりそう易々と他人が扱えるものではない。
 だがそれを可能とするのがバーサーカー ―――雁夜が召喚したランスロットだ。武器と見做される物は何であろうと彼が触れた部分から黒い葉脈のような線に浸食されランスロット専用の武器となる。今もまた、アーチャーが放った一撃目の剣を己の武器とし、残りの七つを全てそれで弾き飛ばしたのだった。
「花を我から遠ざけるだけでなく、我の宝にまで手をつけるか! この愚か者がッ!!」
 己の宝で致命傷を与えるどころか逆に奪われてしまったアーチャーが怒りに両目をつり上げて叫ぶ。だがバーサーカーは無言を貫いたまま右手に持った剣とそれで弾いて己の横に突き刺さっていた斧を地面から引き抜いて投擲する。二つの刃はアーチャー自身ではなく彼が立っている街灯を三等分し、ついに周囲を見下ろしていた王を地面に引きずり落とした。
「貴様ぁ……ッ!」
 アーチャーの怒りが最高潮に高まる。元々が息を呑むほど美しい容貌なだけに、怒りに染まったそれもまた圧巻だ。しかしバーサーカーは何の反応も見せず、また現れた時から一歩も動いていなかった雁夜――彼には爆風すら届かぬようバーサーカーが配慮した結果だ――も穏やかな笑みを崩さない。楽しそうに己のサーヴァントの戦いを眺めるだけである。
 狂化属性を付与されているくせに器用な武器裁きをし、また狂化付与のくせにどうにも己の主人の安全を考えているように見えるバーサーカーの戦い方に、おそらくこの場で最も客観的に戦いを眺める才を持つライダーなどは怪訝な顔をする。しかしだからと言って口を挟むところまではいかない。否、口を挟めないと言った方が適切か。
 アーチャーの背後の空間が再び揺らめき、顔を覗かせたのは合計十六挺の剣や斧やその他使い方も判らないような何か。だがそのどれもが凶悪な破壊力を秘めていることをこの場にいるマスターもサーヴァントも理解すると同時に、しかし戦いの流れに関しては頭がついていかない。聖杯戦争はまだ始まったばかりだと言うのに展開があまりにもいきなりすぎるのだ。
「ははっ。アーチャーの奴、大盤振る舞いだな。燃費がいいのかどうか知らないが、あんまり連発してると時臣の魔力が尽きるんじゃないか?」
 アーチャーの十六連撃が開始される中、しかしそれを眺める雁夜は笑うだけで焦りや恐怖は微塵も見せない。再び舞い上がった粉塵の中で己のサーヴァントが華麗に舞っているのをパスを通じて感じ取り、雁夜は着物に包まれた細い体をそっと右腕で抱きしめた。
 バーサーカーの一挙手一投足に雁夜の魔力がガリガリと削られていく。だがまだだ。こんな量ではまだまだ雁夜を空っぽ≠ノはできない。
 普段よりほんの少しだけ楽になった体で雁夜はうっそりと微笑んだ。体が魔力の圧迫から解放されて楽になるにつれ、気分がどんどん高揚していく。楽しくてしょうがない。
 敵を倒して聖杯を得るなどとは考えてもいないが、やはり戦闘に参加して良かった。そう思いながら雁夜は睦言でも囁くように己のサーヴァントへ語りかける。
「バーサーカー、もっとだ。もっと俺を空っぽにしてみせてくれ」



□■□



 マスターの睦言にも似た命令を聞き、ランスロットは兜の下で口元を笑みの形に歪めた。
(仰せのままに、我がマスター)
 アーチャーからの攻撃の最後の十六撃目。それすら容易く弾き飛ばし、ランスロットは間を置かずに今度は己から仕掛ける。
 雁夜の希望を忠実に叶えるならば、この戦いはなるべく長引かせた方がいい。アーチャーに致命傷を与えず、己がバーサーカーとしての膨大な魔力消費を続ければ、その分だけ雁夜の器に余裕が生じる。また雁夜の望みは聖杯の獲得ではないため、むしろ他のサーヴァントに傷を与えることをあまり良しとしないだろう。己に向かってくる者は別だが、今回はこちらから遊び感覚で仕掛けた戦いなだけに、余計に。
 だが。
「ッ!」
(おや。防ぎましたか)
 黒い葉脈に浸食された剣の一撃をアーチャーがギリギリのところで防御する。瞬時に空間を割って飛び出した肉厚の両刃の剣が盾の役目を果たしたが、整った顔に苛立ちが追加された。
 ただし『弓』という性質上、アーチャーは基本的に中・遠距離から攻撃するタイプだ。近距離でのやり合いには適さないと判断して気に食わなさそうな顔のまま後退する。そしてすぐさま攻撃準備。だが怒り狂った者が放つ宝具レベルの武器の投擲を、今度はバーサーカーも見過ごすつもりはなかった。
 人間の目では到底追えないスピードでアーチャーとの距離を詰め、黒い浸食を受けきった剣を水平に構える。そのまま接近の勢いと併せて相手の腹へと―――
「随分お怒りのようですが、私だって怒っているんですよ?」
 剣を振り切る前にランスロットが相手にだけ聞こえる声で告げた。
「ッ!? 狂犬、貴様」
 バーサーカーであるにも拘わらず言葉を解し、しかも話すという事態に驚いたのだろう。アーチャーがその深紅の目を驚愕に見開く。だがそれ以上の言葉を紡ぐことをランスロットは許さない。

「あの花は私のものだ」

 剣を寝かせずに腹の部分でアーチャーの腹部を打ち据える。まともな防御もできずに吹き飛ぶ黄金の王。土煙が上がったその向こうにはコンテナに突っ込んだアーチャーの姿があるのだろう。まだ確実に生きているが、それでもこの戦いの勝敗は決まった。
 ランスロットは剣を手放すと、最早アーチャーに興味はないとばかりに雁夜の元へときびすを返す。横目に金髪の少女―――かつて己が使えていたアーサー王の姿を捉えたが、狂化を解除された今のランスロットにはこの場で彼女に何かアクションを取るつもりなど毛頭なかった。
 雁夜の元へ辿り着けば、普段より楽しげな顔で出迎えられる。
「お疲れ様、バーサーカー」
 マスターからの労をねぎらう言葉にランスロットはその場で膝を折った。雁夜が望むなら戦うのは当然のこと。しかもアーチャーは雁夜の花を欲し、手に入るのが当然のような態度を見せた。ランスロットにとって許し難い行為である。よってこれくらいは当然どころか足らないとすら思う。
「さて、アーチャーはどうするんだろうな。……もうそろそろ時臣が退かせる頃か」
 どうせあの黄金の英霊のマスターである遠坂時臣は遠坂邸で倉庫街での戦いの情報をリアルタイムで受け取っているはずだ。そして時臣が真っ先に雁夜を襲うはずもない。ならばそろそろアーチャーを退かせるだろうというのが雁夜の予想であるらしい。
 果たして、雁夜がアーチャーのいる場所へと目を向けると、土煙から黄金の鎧姿が現れた。整った顔は憤怒に染まり、雁夜を―――否、ランスロットを睨み付けている。
 だが今にも攻撃を仕掛けそうな彼が実際にその行動に移ることはなかった。
 アーチャーはふと視線を逸らすと―― その方向には遠坂邸がある――、ランスロットに向ける憤怒とはまた別の機嫌の悪そうな表情で舌打ちをする。
「……確かに貴様の言うとおり、ここで雑種共に『エア』を見せてやることはないか。『花』に傷がつくのも避けねばなるまい」
 どうやら遠坂時臣からこれ以上の攻撃をしないよう要請されたらしい。アーチャーも渋々ながらに納得し、次いでこちらに視線を戻した時には、赤い瞳はランスロットではなく雁夜を捉えていた。
「間桐雁夜と言ったな。貴様の花、次そこは我に献上するのだぞ」
 言って、アーチャーの姿が黄金の粒子に変わる。それらが全て夜空に溶けた後に残ったのは沈黙。しかしその沈黙は思考が停止したゆえのものではなく言葉に表せない警戒を含んだもので、その警戒が向けられているのはただ一つ―――黒い甲冑を纏ったバーサーカーだった。
 そんなピンと張った糸のような沈黙を突如として軽快かつ無機質な電子音が叩き割った。全員の意識が逸れた先にいる音の主はランスロットの隣、雁夜である。
 雁夜は懐から小さな何かを取り出すと、ピ、とボタンを押して耳に当てた。
「あ、桜ちゃん。子供はもうそろそろ寝る時間だよ」
 電話だ。携帯電話で間桐邸に残っている桜からの連絡を受けた雁夜は朗らかな表情で電波の向こうの少女に声を届ける。ここがまだ戦場であるにも拘わらずそんな様子でいられるのは、ひとえにランスロットへの信頼ゆえ……だったなら、雁夜に呼び出された英霊として嬉しいことこの上ないのだが。
「心配させてごめんね。もうすぐ帰るよ」
 間桐邸を空けている雁夜を心配してあの幼い少女は連絡を取ったらしい。そして少女との通話を終えた雁夜は携帯電話を再び懐に仕舞うと、ぐるりと周囲にいるマスターやサーヴァントを見渡して、
「家で人が待ってるから俺はもう帰るよ。バーサーカーと戦いたいって奴がいるなら受け付けるけど……」
 ニコリ、と雁夜が目の笑っていない表情で笑う。
「その場合は速攻で潰す。これ以上遅くなって大事な子を心配させたくないんでね」
 そう宣言した雁夜に何かを仕掛けようとする者は現れなかった。誰も彼も先程のバーサーカーとアーチャーの戦いを思い出し、雁夜の言葉がただの冗談ではないと解っていたからだ。
「ああ、そうだ。間桐か俺個人に用事があるなら正式な手順を踏んで会いに来てくれ。攻撃意志がないならうちはきちんと客として扱わせてもらうから」
 襲ってくる様子がないことを確認し、雁夜はランスロットを見上げる。
「バーサーカー、戻ろうか」
 告げる雁夜にランスロットは無言で頷き、そうして二人は倉庫街を後にした。







正午前
夜中の間に冬木ハイアットホテル爆破済みの切嗣さんが間桐邸訪問。



「まさかあんたが来るとはな」
 そう言って間桐雁夜は訪問者に苦笑を向けた。
 倉庫街の戦いから一夜空けて、現在は午前十一時半。他人の家を訪ねる時間としては一応問題のない範囲だろうか。しかしながら訪問者の素性を鑑みるに、やはり雁夜は驚かざるを得ない。
 確かに正式な手順を踏めば、聖杯戦争のマスターとして問答無用の攻撃はせず、きちんと間桐の者として迎え入れるつもりではあった。現にそうやって相手を客間に通している。
 だが―――
「魔術師の屋敷を訪れた魔術師殺しが普通にインターフォンを押すなんて、あんたのことを知ってる奴なら絶対信じないぞ」
 雁夜が苦笑を向けた先、重厚な一人掛けのソファに身を沈めているのは黒いコートの男だった。光のない黒瞳は鋭さだけを宿し、ひたと雁夜を見据えている。
 その視線を受けても笑みを崩さず、雁夜は訪問時に聞いた客の名前を呼んだ。
「なあ? 衛宮切嗣さん」
「攻撃意思がない正式な訪問ならば迎え入れると、そちらが既に言っていたからね。僕はそれに従ったまでさ」
 肩を竦めて客―――衛宮切嗣はそう答えた。
「まぁ僕の方もここまで丁重に扱ってもらえるとは思ってなかったんだけど」
 切嗣が視線を落としたテーブルの上には紅茶とその茶受けとして某有名店のクッキーが置かれている。ちなみにこの部屋まで案内してくれたのは間桐邸のメイドだ。己の立場――魔術師殺しという異名と聖杯戦争参加者であること――から門前払いどころか門前攻撃をされてもおかしくないと思っていたため、実は雁夜よりも驚きは大きかった。
 ともあれ話を聞いてもらえるに越したことはない。切嗣は「早速本題に入っても?」と雁夜に尋ねる。
「どうぞ? ま、あんたが望むなら先に早めの昼食を取るというのも有りと言えば有りだが。ちなみにアインツベルンみたいな食事は期待しないで欲しい」
「そこまで厄介にはなれないよ」
 冗談混じりの雁夜の提案にふっと目元を緩め、切嗣は続けた。
「食事の誘いも魅力的だが、僕はそれよりも欲しい物があるんだ」
「間桐が持っている物で?」
「間桐と言うより間桐雁夜、君自身が」
「俺自身か……」
 考えるように雁夜は白く細い指を己の顎に添える。白と黒、異なる色の双眸がひたと切嗣を見据えた。
「間桐ではなく俺個人、そしてあんたが魔術に関わる者、また聖杯戦争に関わる者というところから推測すると……まぁあれか。『花』かな」
「察しが良くて助かる」
「……まったく。あんたもか」
「おや。どうやら他の魔術師からも望まれている? ああ、そう言えば、昨日はアーチャーからも欲しがられていたようだったね」
「昨夜のことを知ってるなら、これも言わなくていいんだろうが……」
 雁夜がふっと表情を歪めた。それはあまり良い類のものではない。笑っているが、警戒や嫌悪、または理解不能な奇妙なものを見る目つきだ。
「花が欲しいなら、俺はその対価を要求するよ」
「対価?」
「そう。対価だ」
 切嗣をじっと見据えたまま雁夜は答えた。
「アインツベルンの魔術師殿。セイバーのマスターが昨夜の銀髪の女性なのか実はあんたなのか、こちらとしては推測するしかないんだが、どちらにせよあんたはアインツベルン側だ。そして俺は間桐側。無償で魔力を供給するつもりはない」
「ふぅん。対価ってことは金銭なのかな」
「そんなものは要らないさ。ま、金銭で支払うって言うならこっちはそれなりにふっかけさせてもらうが」
 雁夜は苦笑し、「俺はね」と続ける。
「自分の吐き出す花も、その行為自体もあまり好きじゃないんだ。だからそれを欲しがる奴には相応の対価を要求する」
 大事にしている少女や憧れの女性、それに己のサーヴァントや蟲達に花を乞われるのも与えるのも雁夜にとって苦痛ではない。花の代わりに雁夜は彼女らからもっと価値のあるものを受け取っているからだ。しかしそれ以外の者には自分が好まないものを望まれる≠アとへの対価を要求する。……その説明が面倒で、基本的に雁夜は「敵に魔力をタダでやるわけないだろう」ということにしているのだが。
「さあ、衛宮さんは俺の花にどんな対価を支払ってくれる? 金でも物でも言葉でも行為でも状況でも、俺がふさわしいと思えるものなら何だって構わないよ」
 全くそんなものなど望んでいないとでも言いたげな憮然とした表情で雁夜は切嗣にそう問いかけた。
 切嗣はしばし沈黙し、しかし一度口を開くとその後は淀みなく言葉を紡ぐ。
「間桐雁夜、その前にまず君の望みを知りたい。聖杯戦争に参加しているということは、君にもそれなりの理由があるんだろう?」
「聖杯を取って叶えたい願いは無いよ」
「ではその過程の中に君の望みがある?」
 たとえば栄誉を得ることや箔を付けることを目的としている、とか。そう尋ねる切嗣に雁夜は「そんなモンかな」と答えた。
「俺は魔力を消費したいんだ。だがら魔力消費の激しいバーサーカーを選んでる。ってなわけで、俺としてはなるべく長く聖杯戦争に参加していたいんだよ。もっと言えばバーサーカーを可能な限り現界させておきたい」
「つまりこの戦いの勝者になるつもりは無いが、早々に敗退するつもりもない、と」
「そういうこと」
 頷く雁夜に切嗣は「だったら」と、己が差し出せる対価について語った。
「僕は君に『最後の敗者』をプレゼントしよう」
 雁夜の片方の眉が持ち上がる。
「それってセイバーが聖杯を得て、俺のバーサーカーはその直前に負けるってことで解釈は合ってる?」
 もしそうならば、雁夜がこの聖杯戦争で望んでいる事態そのものだ。勝者が誰かであるかなどは関係ない。自分の陣営がなるべく長く存続できるならそれでいい。
 そんな雁夜に切嗣は「ああ」と肯定を返す。
「君が花という形で僕に魔力を供給する。僕らはその魔力を使って君が最後まで生き残れるよう協力する。そして最後に僕らが聖杯を得る」
「勝算は? 魔力があるだけじゃ聖杯戦争は勝ち残れない」
「あるとも。セイバーは最良のサーヴァントであり、そして君がこちらにつけばバーサーカーも戦うことになる。……君だってバーサーカーを遊ばせておくつもりは無いんだろう? むしろ昨夜の様子から察するに、戦わせたいと思ってるはずだ」
「うーん。確かにそうだな」
 戦っている時の方が断然に魔力消費が激しい。切嗣の言い分を認め、雁夜は答える。
「ただ、バーサーカーが戦う分、俺が花を吐く回数は当然減るぞ」
「それは承知の上だよ。でも全く花を吐かなくなるなんてことも無いんだろう?」
「まぁね」
 残念そうに、雁夜。
「昨日の今日だってのに朝起きたら早速吐いたくらいだし」
 おかげでサーヴァントも蟲達もこれ幸いと言わんばかりに花を喰らっていた。加えて花が消費される前に雁夜の寝室を訪れた桜には綺麗だと大層喜ばれた。後者の少女の愛らしい笑顔があったために雁夜の機嫌が急降下せずに済んだのは不幸中の幸いと言えよう。
 ともあれ、望んでもいないのにせっせと増やされる魔力量にうんざりする雁夜に対し、切嗣は「なら問題ない」と告げる。
「君は僕に『花』を与える。僕は君に『最後の敗者』をプレゼントする。今回の聖杯戦争ではその条件で協力関係を結んでくれないか」
「ま、時臣なんかと組むよりはよっぽどマシか」
 切嗣の光のない瞳を見据え、雁夜は肩を竦めた。
 元々バーサーカーがいて魔力を消費するという事態は聖杯戦争限定のものである。しかも戦争の期間は過去の事例から推測するに二週間足らず。ゆえにいつ負けようが実はあまり差がない。しかしながら花を吐く対価が示され、またその相手が某宝石魔術師ではないこともあり、雁夜には受け入れる強い理由もないが拒否する理由も無かった。
 ちなみに、雁夜の魔力量と英霊ランスロットのポテンシャル、そしてバーサーカーでの召還によるステータスアップという三段構えにより、バーサーカー陣営単独でも雁夜の望みを叶えることはそう難しいことでもないのだが……。その辺りは不測の事態がある場合などを考慮して、切嗣の申し出を否定する理由にはしない。
「短い間だろうけど、どうぞよろしく」
「こちらこそ。君とお近付きになれて光栄だよ、間桐雁夜」
 握手も書類もなく、二人は期間限定の契約を交わした。

 聖杯戦争の監督役を務める教会からキャスター討伐の命が下ったのはそのすぐ後のことである。







2012.03.20 pixivにて初出