チェリーブロッサム0
時臣と雁夜。桜ちゃんの間桐入りについて。



 遠坂時臣には二人の娘がいる。名は凛と桜。二人とも魔術師としての才能は十分にあり、姉の凛は遠坂の宝石魔術と特に相性がよく、また妹の桜も架空元素・虚数という極めて稀有な魔術属性を持っていた。
 だが遠坂を継げるのは一人だけ。時臣は当主として凛を後継者に選んだ。
 ここでもし桜が魔術師としての才能を持たない一般人であったなら特に問題は起こらなかっただろう。しかし桜は一般人でないどころか、魔道の家門の庇護が無ければ研究者達によってホルマリン漬けの標本にされてもおかしくない程の才能(魔術属性)の持ち主だった。
 桜をそんな悲惨な目に遭わせないためには遠坂以外の魔道の家で彼女の居場所を作り、保護してもらうしかない。しかし大事な娘をほいほいと他家にやるのも不安である。
「……ってお前が悩んでるって葵さんから聞いたんだが」
「それで珍しくも君からこの家に来てくれた訳だ」
 遠坂家の当主・時臣は、自分の家の客間で紅茶に手を伸ばしながらそう微笑んだ。
 正面のソファに腰掛けているのは和装に身を包んだ白髪の青年。遠坂家と同じく御三家≠フ一つ間桐の次期当主である雁夜だ。
 二人は幼少期からの知り合いであるが、もう十年程前―――葵と時臣が結婚してから雁夜が自らの意思で遠坂邸を訪れたことはなかった。しかし今回ばかりは雁夜もここを訪れずにはいられなかったらしい。なにせ今は人妻でも彼の初恋の相手である葵から相談された事柄だったので。
「相変わらず君は葵が大好きだね」
「うるさい黙れなんだそのニヤケ面は。はっ倒すぞ」
 憮然とした顔で早口になるその態度は幼少期から雁夜を特別視してきた時臣にとって決して好ましいものではなかったが、家訓の「常に余裕を持って優雅たれ」がその身に染み付いてしまっていることもあり感情が顔に出ることはない。それに理由は何であれ再び雁夜が遠坂邸に足を踏み入れてくれたことは時臣にとって純粋に嬉しいことでもあった。
「それで、君はどう思う? いや、桜のために救いの手を差し伸べてくれるのだろうか」
「元々それを言うつもりで来た訳だけど、お前のその余裕綽々お貴族様な態度で言われると腹立つな」
「すまないね」
「思ってもないことを口にするな。……まったく、お前にも凛ちゃんや桜ちゃんの百分の一でも可愛げがあれば」
「私に可愛げなんてあっても、雁夜、君は構ってくれないだろう?」
「当たり前だ」
「つれないね」
 軽口を交えながら時臣は肩を竦めた。
 確かに娘のことで心労を重ねていたのは事実である。しかし未だ葵を慕い、凛と桜を可愛がってくれる雁夜がこの屋敷を訪れた時点で時臣は娘の心配をしなくなった。
 むしろ今や遠坂から出るであろう桜に嫉妬する勢いだ。何故ならば―――
「時臣。お前のことなんざどうでもいいが、桜ちゃんをウチで引き取るって言ったら、お前はどうする」
「とても有り難いと思うよ」
 微笑み、優しい父親の顔をしながら時臣は腹の底でどろりと黒い物が渦巻くのを感じた。
 嗚呼なんて羨ましいのだろう! この美しい存在の傍にいられるだなんて! しかも雁夜本人からその申し出があるなんて!
 一言「失礼」と断ってケホケホと咳き込む雁夜の口とそれを覆う手のひらの隙間からぽろりと小さな花が零れ落ちる。ちょうど彼が引き取ると申し出た娘と同じ名前の花だった。
 雁夜の花吐き病を知っている葵がどうしてもと望んだので付けた名前だったが、今になってやはりあれは失敗だったかと思う。雁夜に慕われる女の腹から出て雁夜の口から同じ名前の花を出してもらえるなんて、血を分けた実の娘でなければどうしていたことか。半分だけでも己の血が流れているからこそ、時臣は雁夜の口から桜の花が零れ落ちても微笑を崩さずに済んでいた。
「じゃあ桜ちゃんは間桐の養子にするって方向で良いんだな?」
「ああ。間桐の魔術については僅かばかり教えてもらっているが、君がいるなら桜が酷い目に遭うこともないだろう?」
「そこは保障する。あの爺には手出しさせないし、桜ちゃんが望まない限り彼女を蟲使いにするつもりはない。つか望んでも蟲なんて近付けさせたくないってのが本音だけどさ」
 何かを思い出したのか顔を歪めながら雁夜は己の腕をさすった。
 時臣も他家のことなので詳しいことまでは聞いていないが、どうやら間桐の魔術は相当おぞましいものらしい。花を吐く雁夜だけは特別で、その弊害もあまり出ていないとのことだったが。
「桜のこと、よろしく頼むよ。あとはまぁ……」
 わざと言いよどめば、雁夜が「ん?」と促すように小首を傾げた。
 時臣は意識して苦笑を滲ませた情けない表情を作りながら告げる。
「時々、桜と一緒にまたこの家を訪ねてくれないか。もしくは私達遠坂の人間が間桐の屋敷に足を踏み入れることを許して欲しい。やっぱり桜も凛と同じく私の大切な娘だから」
 魔術師と言うのは相互不可侵が原則だ。しかし時臣は実の娘を妬ましく思いながらもこれは一種の好機であるとも思っていた。
 雁夜は本当に葵を大切に思い、凛と桜を可愛がっている。そして桜を引き取ると言いつつも、幼い少女を家族から引き離すことを心苦しく思っている。そんな彼が時臣にこんなことを言われて断れるはずも無いのだから。
「……お前の顔は見たくないが、桜ちゃんは家族に会いたいだろうしな」
「ありがとう」
 望んだとおりの答えに時臣は本心から笑みを浮かべる。名目はどうであれ、これで今後堂々と雁夜に会いに行けるのだ。
「本当に……本当にこれからよろしく、雁夜」







チェリーブロッサム1
桜と雁夜。桜ちゃんは確実に時臣さんの血を引いています。



 物心つく前からその人とは交流があった。
 一つ上の姉と一緒に「おじさん」と呼んでいたが、実際は自分達の父親より年下の「青年」と称すべき年齢らしい。しかしながら気付いた時にはもう「おじさん」と呼んでいたので、例え己の立場が変わっても咄嗟に出て来る呼称はそちらだったりする。
 そんな訳で、遠坂桜あらため本日から間桐桜となる少女は、間桐の屋敷で己を出迎えてくれた知り合いにぺこりとお辞儀をした。
「こんにちは、かりやおじさん。これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね。桜ちゃん」
 普段どおりの優しい声と優しい手。間桐雁夜は己が纏う着物の裾が汚れることも気にせず、膝を折って幼い少女と視線を合わせ、白髪の下で柔らかい表情を浮かべながら桜の頭を撫でた。
 今日から彼が桜の「父」になる。
 遠坂の家では桜を守ることができないので、これからは雁夜が桜を守ってくれるのだそうだ。
 まだ幼い桜が詳しい事情を知ることはなかったが、ともあれ家族からはそう説明されていた。それに遠坂の子供ではなくなるが、雁夜と時臣が協力して桜がなるべく遠坂家の皆さん≠ニ会えるように手配してくれるらしい。ゆえに桜は泣くことも愚図ることもなく、ここにいる。
 それに―――
「ねぇおじさん。お花は出ないの?」
「え?」
「おじさんのお花。とてもきれいだから、わたし大好きなの」
「桜ちゃん……」
 こてん、と頭を傾けて「だから見たいな」と桜は言う。こうすれば大抵の場合、雁夜が自分の望みを叶えてくれると桜は知っていたからだ。
 案の定、雁夜は少しだけ苦笑を浮かべてから「いいよ」と答える。そして喉の辺りを手で押さえると、小さく空咳を繰り返して、
「わ、ぁ」
 桜は目を輝かせる。
 ぽろりと零れ落ちたのはピンク色のコスモスだった。
「……やっぱり変じゃない? こんなおじさんがお花を吐くなんて」
「ううん! ぜんぜん変じゃないよ! とってもきれい!!」
「あはは……ありがとう、桜ちゃん。まぁ手品に見えなくもないしねぇ」
 最後はぼそりと付け足すように雁夜は小さな声で呟く。桜が花吐き病の現象を見て喜ぶのは、子供がマジックショーを見て興奮するのと同じような原理だと思ってるのだろう。
 桜もそこまで理解していながら否定はしない。ただしそれは表面上だけで、内心では、
(ほんとうは違うんだけどなぁ)
 そう呟いていた。
 そもそもマジックショーと言うのは信じられないものが目の前で起こるからこそ驚き、興奮し、楽しさを覚えるものだ。しかし桜にとって雁夜は最初から「花を吐く人」で、それが当然だった。ゆえに驚きも無ければあり得ないことへの興奮も無い。桜が雁夜の花を吐く姿を見て喜ぶのは、それがただ純粋に、幼心にも美しいと思えるからである。
 真っ白い髪に真っ白い肌。薄い唇から零れ落ちる色とりどりの花達。それは父親が時折見せてくれる宝石魔術よりもずっと綺麗で、桜の心を捕らえて離さない。
 その美しい存在と今日からはずっと一緒にいられるのだと思うと……遠坂の人間と再会が容易である云々以前に、桜が家族と離れて間桐の屋敷に住むことを嫌がるはずも無かった。むしろもし間桐の家に行くのが自分ではなく姉だったなら、桜はその時こそ盛大に愚図ってみせただろう。
「おじさん大好き!」
「俺も桜ちゃんが大好きだよ」
 にこりと微笑んで抱きつけば、当然のように雁夜は抱き返してくれる。
 背中に突き刺さる父親の驚愕と嫉妬が混じった鋭い視線を知りながら、桜は雁夜に見えない位置でほくそ笑んだ。
(今日からおじさんは、さくらといっしょ。ずーっと、いっしょ)
 人間は誰だって綺麗なものが好きで、その好きなものを傍に置いておきたいと願う生き物なのだから。







2011.12.31 pixivにて初出

相変わらずうちの時臣さんは雁夜さんが大好きでこっそりヤンデレ。雁夜さんは、葵さんとは時臣との初遭遇以降に出会ってます。時臣に否定されなかったからちょっとだけ他人に心を開くようになっていて、そんな時期に癒し系美人葵さん(まだ幼女)と出会って、ノーマル思考な雁夜くん(ちっちゃい)はフォーリンラブだったり。時臣くんはハンカチギリギリです。何はともあれ雁→葵は原作どおり。時臣さんが雁夜さんを好きすぎて葵さんと結婚したり凛ちゃんと桜ちゃんが生まれて雁夜おじさんがほっこりしたりしてました。葵さんが全面的に花吐き雁夜さんOKだったので娘二人も雁夜おじさんは花を吐くものだと普通に受け入れております。実は葵→雁成分もあるのですが、実に解りにくい仕様となっております!(にこっ) そして雁桜と言うか桜雁。桜ちゃんが初っ端からブラックチェリー様です。正直に言います。私は幼女×青年が大好きだ。青年→幼女は家族愛だとか親愛だとかそんな穏やかな感じなのに、幼女→青年が依存だったりするとたまらない。つまり雁夜おじさん大好きな黒桜ちゃんサイコー。