赤林は竜ヶ峰帝人の血筋に関する事実を知る者の一人である。そして、それを知っている赤林は思う。
「帝人ちゃんは母親似なんだねぇ」
「あ、それは父さん……社長にも言われました。お前は母親の若い頃にそっくりだって。ちなみに母さんも童顔なんですよ」
「へぇ! そりゃきっと可愛らしいお母さんなんだろうねぇ」
「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
「お世辞じゃないさ。帝人ちゃんは可愛い子だよ」
「でも赤林さんの好みとは違いますよね」
 そう言って帝人はにこりと微笑む。
「赤林さんの好みはお淑やかさの中に刃物のような鋭さを秘めた女性じゃないですか。あ、“ような”っていう表現は不要かもしれませんけど」
「帝人ちゃん……?」
 この少女はどこまで知っているのだろう。赤林は色眼鏡の奥で隻眼を見開く。
 赤林の初恋は数年前に出会ったある女性だ。その人は帝人の言うとおりお淑やかな女性であったが、しかし身体に特別な刃を宿していた。比喩ではなく、物理的な意味で。
「愛を唄う刀、だなんて。響きだけなら素敵なんですけどね」
 半地下にある落ち着いた雰囲気の喫茶店。そこのボックス席に赤林と向かい合う形で座り、色鮮やかなパフェをつつきながら帝人はうっすらと笑う。
「実際に聞いてしまうと、とんでもない声でした」
「……沙也香さんはもうこの世にはいないんだけどねぇ」
 かつて初めて恋をした女性に宿っていた刃が一体何なのか、赤林は知らない。彼女に右の眼球を貫かれた時、大音量の愛の言葉を聞きはしたが、それを意志の力だけで振り払ってしまったために詳細を知る機会もまた失ったのだ。
 しかしどうやら帝人は違うらしい。沙也香とは面識がなく、ただし彼女の娘である園原杏里とは仲の良い少女は、赤林の反応を伺いながら「なるほど」と呟いた。
「やっぱり赤林さんは『罪歌』の継承者が誰かご存じないんですね」
「“さいか”?」
「罪を歌う、と書きます。ふふ、その名前も園原さんのお母さんから聞いていなかったんですか。まあそうでなくても、刺された時にちゃんと会話をしていれば名乗ってくれるのに」
「刺された時って」
 帝人の物言いに赤林はまさかと思う。
「刺されたのかい? その罪歌とやらの継承者に」
「ええ。貴方と同じで取り込まれはしませんでしたけど」
 けろりとした顔で帝人はそう答えた。赤林を見据える青みを帯びた瞳には赤色など混じっていない。沙也香のような赤色は。
「あの声に支配されて取り込まれれば、以降は罪歌の『子』として操り人形になってしまう。でも赤林さんはある意味運が良くて、僕はたぶん罪歌に支配されるような人種じゃなかった。だからこうして今ここで平時のままいられるのでしょう」
 帝人は静かにそう分析しながら――もしくは彼女の中で既に分析しきったことを――告げる。
 そしてパフェを掬っていたスプーンをカランとグラスの中に残し、街の裏側に足を踏み入れている少女は白く小枝のように細い指で赤林を示した。
「では問題です。僕を刺した罪歌の継承者とは一体誰でしょうか?」
 うっそりと微笑みながら。まるで刺されたことを喜んでいるかのように。
 そんな帝人の姿に赤林は背筋が冷たくなるのを感じた。己よりずっと若い、赤林が本気を出さずとも腕一本で無力化できるような存在であるはずなのに、今目の前に座っている彼女が恐ろしくて仕方ない。酷く気味が悪かった。
「みかど、ちゃん……」
「やだなぁ赤林さんってば。そんな顔しないでくださいよ。僕よりワケわかんないものなんてこの街にはいっぱい溢れているじゃないですか。しかも貴方が恐れていないもので。たとえば―――……そうですねぇ、それこそ罪歌の継承者とか」
「ッ!」
 脳裏にとある少女の姿がよぎって赤林は息を呑んだ。
 それを見逃すことなく帝人は青みの強い双眸を細める。
「さっきの答えはもう貴方の頭の中にありますよね? 何せ貴方は沙也香さんをよく知っている。そして貴方は罪歌の継承者を気味悪がってなんていない。じゃあ僕のことも気味悪がらなくたっていいじゃないですか。僕なんてただのしがない人間でしかないんですから。それとも」

「たとえ化け物であっても園原杏里は特別な女性の子供だから怖がるなんて有り得ない?」

 こてん、と可愛らしく小首を傾げながら帝人は微笑んだ。
「貴方も僕がこんなことを言う前から薄々気付いていたんでしょう? 罪歌による斬り裂き魔事件は意外とちょくちょく起きてたりしますからね。ま、そっちは園原さんの意志で実行されたことじゃないんですけど……。ともあれ赤林さん、貴方は園原さんについて多少のことは気付いていましたが、好きになった人の娘ということがそれを凌駕していた。だから彼女を表側の人間として捉え続けた。そして、それゆえに“僕”の接近を嫌っている」
 帝人は世間話をするかのような気軽さですらすらと話し続けたが、最後の一言だけは妙な冷たさを伴って吐き出された。
 赤林は再びぞくりと身を震わせつつ、それでも表情を取り繕ってへらりと笑う。
「まさか。……確かに杏里ちゃんが他の子と違うのは薄々感づいていたよ。その上であの子と街の裏側を完全に分けていたのも認めよう。でもね、だからって帝人ちゃんと杏里ちゃんが友達でいることを気にしたことは一度も「赤林さん」
 台詞を遮って帝人は赤林の名を呼んだ。彼女は赤林の“気にしていない”という部分を真っ向から否定するかのように、小さな口から澄んだ音の連なりを吐き出す。
「園原さんは表側の人間であると同時に、うら側の化け物にんげんでもある。だから貴方にこれ以上私達の仲を邪魔して欲しくないんです。正直言って鬱陶しいんですよね。赤林さんが監視につけてる“彼ら”の目が。園原さんの安全は僕が表も裏も守りますから、赤林さんは手を引いてください」
「……、帝人ちゃん……まさか気付いて……?」
「当たり前じゃないですか。この街に僕の『目』がいくらあるかご存じで? 僕自身が見えない所で活動されていたようですが、僕のこの目が見ていなくても僕の別の目のどれかが必ず見ているんですよ、この街のことは」
 帝人は既に気付いていた。赤林が帝人を警戒するために動かしている人間のことを。
 そのことを本人の口から聞かされてようやく知った赤林は、この状況で未だ微笑んでいる少女が本格的に得体の知れないものに見えてきた。だがそれと同時に己は気付くのが遅れたのだとも理解する。遅れたが故にこの場から逃げ出せない。
「今日はね、赤林さんにこれだけ言っておこうと思ってここにお呼びしたんです」
 帝人はにこにこと笑ったまま最後通牒を突きつける。

「園原杏里は貴方の娘でも妹でもない。私の友達だ。“私”の領域を侵すな、赤林。次、こんなことがあれば“僕”が容赦しないよ」

 青みの強い目だけが笑っていない表情は、まさしく街の裏側で情報の手綱を握る女主人の顔だった。






強欲の娘は
微笑みと共に警告する。







まだ帝人ちゃんラブではない赤林さんとにょた帝人様。
“私”の領域を侵そうとする者は誰であろうと許さないよ、的な。