本日の回収が終わって会社に戻る途中、平和島静雄は池袋の街中で久々にその人物を見かけた。
「竜ヶ峰?」 「あっ、静雄君。久しぶり」 にこりと微笑んで駆け寄ってくるのは童顔が特徴的な“友人”……と言ってしまって良いものか、静雄は未だに迷っているのだが。ともかく、『池袋の自動喧嘩人形』とまで呼ばれている静雄に恐れもせず近寄ってくる珍しい人間の一人である。 「田中さんもご無沙汰してます」 一緒に帰社途中だったトムへも帝人は礼儀正しく頭を下げる。見た目が実年齢よりもずっと幼いため、よくできた高校生が知り合いの大人に挨拶でもしているかのようだった。しかも現在の彼の服装はカジュアルなものであり、余計に幼く見えてしまう。 頭を上げた帝人に静雄が問いかける。 「今日は休みか?」 「うん。世の皆様が平日で一生懸命お勤めしてる中、僕は休日を満喫ってね。静雄君もお仕事お疲れ様。同じ地域で仕事してるのに、なかなか会えないもんだよねぇ」 今日は珍しく会えたと喜ぶ帝人。静雄はそんな帝人の姿を見て己の胸の奥が暖かくなったように感じた。 「俺は外回りの仕事だけど、お前は画廊のオーナーなんだし。それじゃ会えねえのは道理だろ?」 「まあね。でも静雄がうちの店に来てくれたら会えるよ」 「俺に絵を愛でる趣味はない」 「だよねぇ。残念」 ちっとも残念がっていなさそうな顔で帝人はくすりと笑った。 静雄から見た竜ヶ峰帝人は高校時代の決して嫌いではない知人で、温厚だが一本筋の通った言動ができる人間だ。そして大学卒業後は親戚の伝もあって池袋に店を構える画廊のオーナーとして働いている。――― その画廊が粟楠会の隠れ蓑の一つであると知らない静雄は同い年で他人を雇う立場にある帝人を純粋に凄いと思っていた。 しかしながら、静雄は知らずともその上司まで同じとは言い切れない。 静雄と取り留めのない談笑をしている帝人にトムはチラリと視線をやり、判らないように溜息を吐く。 (ま、こっちに面倒事が降りかかって来なきゃそれでいいんだがな) 帝人がオーナーを勤めているという画廊のバックにいる存在をトムは何となくであるが気付いていた。最初はあまりにも人の良さそうな帝人が実は何も知らされずに被害者の立場にいるのではないかと心配したのだが、注意して見ていればそうでもないらしいという結果に至った。それにちょうど帝人がその画廊のオーナーになってから傘下の小さな画廊で粗悪品を売りつけられるという被害が減少し始めたため、人間としては特に避けて通るべき性格でもないのだろうと思う。むしろ“デキた”方だろう。……ヤクザだが。 (おーおー。静雄の奴、嬉しそうな顔しやがって) トムが色々と思考しているうちに、同級の二人の間では近い内に会う予定を立てたらしい。ケーキバイキングという単語が聞こえてくるのはきっと静雄の好みが反映されたからだ。 「じゃあ僕はこの辺で。また連絡するね、静雄君」 「おう。またな」 「田中さんもさようなら。お仕事中に引き留めちゃってすみませんでした」 「いんや、俺らはもう会社に帰るだけだったしな。竜ヶ峰君も気を付けて帰れよ」 「はい。自分でも絡まれやすい容姿だってのは自覚してますしね」 苦笑し、帝人はトムに一礼した。 それから静雄に手を振って通りの向こう側に消えていく。 (本当、ヤクザには見えないよなぁ……) 今でも自分の勘違いではないかと思う程に。 消えてしまった帝人の背を未だ無自覚のまま名残惜しそうに見送る後輩を眺め、トムは眉尻を下げる。 心配なのは帝人がいずれ静雄を『粟楠会の竜ヶ峰帝人の駒』として利用しまいかという事だ。しかも静雄は帝人に甘いと言うか、帝人が頼めば何だかんだ言いつつ承諾してしまいそうな雰囲気がある。 帝人の人となりを見ればそうなる確率は低いだろうが、一応この後輩の面倒を見ている者として注意しておくに越した事はないだろうと、トムは少しばかり気を引き締めてぼうっと見えない背中を見つめる後輩に声をかけた。 「静雄、俺らもとっとと帰るべ」 「……っす」
静かなる微笑を浮かべて、
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