高校時代からは想像もつかないね、と言われ、竜ヶ峰帝人は煙草に火をつける直前でゆるりと口角を上げた。
三人掛けのソファに座る自分の正面、ローテーブルの向こう側では一人の青年が酷薄な笑みを浮かべている。赤みを帯びた双眸はスッと細められ、整った顔立ちに鋭さを与えていた。 帝人は、己の背後に立ち両手で丁寧にオイルライターの火を灯してくれていた男に視線だけで礼を告げ、 「折原さん」 紫煙を吐き出しながら正面の相手の名前を呼んだ。 折原臨也。新宿で情報屋を営み、人間を愛していると公言しながら他人を操り破滅させるのが大好きだというゲス野郎である。しかし職業柄それを真正面から罵る大儀も名分も自分には無いと知っている帝人はただ微笑を浮かべて彼の所行を眺めるのみ。勿論こちらに害が及ぶ場合ならそれだけではないが。 (それに、利用方法を間違わなければとても有用な人だしね) 帝人は高校時代から知る折原臨也という人となりを思い出しながら胸中で独りごちた。 童顔の帝人は殆どの場合そう思われないのだが、これでも目の前の青年と同い年であり、同じ来神高校の出身である。大学は臨也が来良大学へ、帝人は別の所へ進んだため、すぐ傍で赤い目の美青年を眺められたのはたった三年間だったが、その後こうして『情報屋と客』として何度か顔を合わせるようになっている。 臨也は売り手で、帝人は買い手。しかも情報屋などという表の世界ではあまり知られていない職業の人間と、どう見てもカタギではない男を背後に侍らせている人間の間で行われるやりとりである。この二人がただのプチ同窓会をしているなどとは誰も思わないだろう。 帝人に名前を呼ばれた臨也は笑みの具合をほんの少しだけ深めて口を開く。 「高校の時には思いもよらなかったよ。まさか帝人君……キミがヤクザの、しかも幹部として有名な四木さんを従える程の人間になるなんて」 そう言って赤い目が一瞥したのは帝人の背後に立つ人物。鋭い目つきが特徴的な、スーツを着込んだ壮年の男だ。 四木と呼ばれた男はここ池袋に拠点を置く暴力団の一派、目出井組系粟楠会の幹部として時折表の世界にまで名前が出る程の有名人であり、その彼を従えている帝人もまた、つまりはそういう『職業』の人間だった。 「君が好奇心旺盛で非日常マニアだってのは知っていたけど、まさかヤクザの実質No.3になるなんてね。いつ見ても君達の姿には違和感と驚愕を覚えるよ」 「僕が粟楠で今のポジションにいられるのは殆ど四木さんのおかげですけどね。それと、もう何度か仕事の話をしてるんですから、そろそろ僕達にも慣れてください」 「無理」 楽しげに目を眇ながら臨也は即答する。 「だって帝人君、高校の時から童顔だったけどそれが全然改善されてないって言うか、むしろ悪化してるよ? どう見たって十代中頃から後半の少年と三十路か四十路の男の組み合わせなんだもん。笑える」 己と同じく今年で二十四になる帝人を高校生か大学生のようだと言って、赤い目の青年は「それに」と続けた。 「そうやって笑っている君はいつまで経っても街の裏側にいるような人間には見えない。人の良さそうなただの少年だ」 「少年、は酷いですよ。少年は。まあ僕が童顔なのは認めますけどね。……でも仕事モードの時はちゃんとそれなりでしょう?」 見た目が十代のヤクザ幹部は慣れ手つきで灰皿に煙草の灰を落としながら苦笑する。 「おや? という事は、今は仕事モードじゃないのかな。俺のこと『さん』付けで呼んだり、ですます口調だったりするのに。昔はもっとフランクな口調で、呼び方も『臨也』だっただろう?」 「今は半分だけスイッチオンって感じですよ。街中ですれ違った場合とかなら昔のような話し方になるでしょうけどね。一応、ここは僕の仕事場ですから馴れ馴れしい喋り方は控えようかと思ってるんです。でないと本当に高校生ぐらいにしか見えませんから」 「ああ、それで煙草まで?」 細い煙を立ち上らせているそれに目を留め、臨也は納得したように告げた。言葉の裏に「似合わないね」という感情を添えて。 帝人も童顔の己に煙草があまり似合わない事は知っている。だがそれでも無いよりはマシだ。この世界はナメられるとお終いなのである。 (僕の場合、後ろに四木さんがいてくれるからそんなに無茶をしなくてもいいんだけどね) それでも四木に頼りっぱなしというのは帝人の性格が良しとしない。また四木もそんな帝人だからこそこうして今の位置に納まってくれているのだろう。 背後を一瞥すると、こちらの考えを読んでいたかのように四木がかすかな笑みを浮かべた。あまり笑う人ではないのでその表情は一瞬だけだったが、帝人は満足して臨也に向き直る。 さて仕事だ、と胸中で呟き、頭の中のスイッチを完全にオンに切り替えた。帝人を見据える臨也の目が『変化』に対して興味深そうな輝きを湛え始める。 「では折原さん。世間話はこれくらいにして、そろそろ仕事の話を始めましょうか」 そう言った帝人の口調と表情は確かに裏世界に生きる者のそれだった。
街の裏側で息をして、
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