「あははっ。もう真っ暗だ」
 深夜、誰もいない路地で両手を夜空に向けて伸びをしながら帝人は軽く笑った。
 夜の街を彩るネオンの灯りを受けて光るのは右手の人差し指に嵌められた銀色の輪。それが四木からの贈り物であると気付いた赤林によって一度は外されてしまった物だが、帝人は部屋を去る前に見つけ出して再び己の指に納めていた。失くしてしまえばきっと四木の機嫌を損ねてしまうだろうから。
 きらきらと輝く銀色を見つめて帝人は目を眇める。それは笑みと言える表情だったが、帝人が普段から浮かべているような類のものではない。
 どこか嘲弄を含んだ微笑を保って帝人は呟いた。
「僕は僕のモノですよ。たとえ一時だって僕以外のモノにはなり得ない」
 他人の腕の中にいる時でさえそれは同じ。
 四木や赤林―――『非日常』である彼らを帝人は好んでいる。だがそれは非日常の部分に興味を惹かれているからであり、彼ら個人のものになりたいなどという感情は一切含まれていなかった。
 帝人は帝人だけのものだ。誰かの所有物になってそこで足を止めたりしない。己の望みを叶えるために、大切な友人達の居場所を作るという目的のために、帝人は進む事を決めた。たとえ進む方向が真っ当な『前』でないとしても、その意志は変わらないのだ。
「……さて」
 携帯電話を鞄から取り出し、赤林といる間に送られてきたメールを確認する。緊急を要するものは特に無く、次いで帝人はこの場から一番近いインターネットカフェか漫画喫茶の位置を検索し始めた。諸事情で親友との再会を延期している帝人は、現在、下手にアパートへ帰るとその親友と望まない再会をしてしまう可能性が高いのである。よって夏休みに入ってからずっと、ネット環境のあるそういった所で夜を明かす事にしていた。
 ただ睡眠を取るためなら赤林の所に朝まで居続ける方法もある。しかしそれではダラーズ関係の作業を充分に行う事ができない。掲示板の確認も、必要な記事やメールへのレスも、そしてブルースクウェアのメンバーに向けた指示も。
 いくら赤林がダラーズと帝人の関係を知っており、“赤林が知っている”という事を帝人が知っていたとしても、だからと言って帝人が赤林に己の手の内を見せるはずもない。
 それにおそらく、先刻までの赤林の態度を鑑みるに、あのまま赤林の元に居座ってはそもそも携帯電話すらまともに使わせてもらえないのではないかと思えてくる。自分と居るのに他の物に目を向けるな、だとか。指輪如きであの反応なのだから、帝人の意識を丸ごと持って行く道具となれば……。となると赤林よりダラーズの優先順位の方が高い帝人としては、当然避けて通ろうとする事態でしかない。繰り返しになるが、帝人は帝人のものであり、他人にその行動を制限されるつもりは無いのだから。
「あ、よかった。結構近い」
 そう言って帝人は検索した最寄のインターネットカフェに足を向けた。
 てくてくと歩きながらこれまで何度か繰り返した事のある「たとえば」を考える。
 たとえば赤林や四木のような“強力な”大人が『帝人が理想とするダラーズ』のために働いてくれたとしたら、どうだろう? 今でも情報なら折原臨也(と九十九屋真一)、実際に行動する手足としてなら青葉率いるブルースクウェアがいるけれど、やはり“そちら側”の大人というのは格が違う。帝人はそれを今年のゴールデンウィーク終盤で嫌と言う程思い知った。でも、だからそこ。
(無理、だろうなぁ……)
 そんな大人達が帝人のダラーズのために動いてくれる訳がない。
 調べたところ、ダラーズを真似た悪質なグループが池袋に現れ始めた所為で帝人とダラーズも粟楠会という大人達に目をつけられているらしいが、それが無ければ相手にもされない存在なのだ。自分達は。そんなちっぽけでどうでもいい存在に赤林や四木がほいほいと手を貸してくれるとは到底思えない。
 確かにあの二人は帝人に他とは違う感情を向けている。帝人もそれを理解しているからこそ非日常を楽しむために誘うような仕草もできるのだ。しかし彼らが帝人に向ける感情を仮に『好意』と名付けるとして、果たしてその好意はどこまで彼らの行動に影響を及ぼせると言うのか。
 結局、帝人の頭の中では四木も赤林も己を楽しませる非日常の一部ではあるが、それ以上の存在にはなり得ないのだ。帝人のダラーズにとって有益な人間でないのなら。
 むしろ現状を維持できるならまだしも、あの大人達が帝人とダラーズを利用しようとした時には……。
(出会った時期から考えてたぶん四木さんは本当の本当に偶然。でも赤林さんは僕に探りを入れるだけじゃなくて、ひょっとしたらダラーズを利用する気もあったんじゃないかな。まだ行動に移してないからいいけど、今後そんな素振りが見えたら)
 その時に自分がすべき事だけはきちんと考えておかなくてはいけない。
 相手の実力を知っているからこそ完全な敵に回すのだけは避けたいが、それでも取り込まれてやるつもりは無かった。ダラーズは帝人にとって大切な人達の居場所となるべきものなのだから、帝人にとってそれは当然以外の何物でもない。
 何処まで行ってもダラーズとあの大人達の間には越えられない壁が聳え立つ。それを知った時に四木と赤林がどう思うのか、そんな事は帝人の思考の範疇外だ。必要ない限り考慮するつもりなど全く無く、それがまた壁の大きさを証明していた。
(所詮は、ね)






大切なものは他にある

(友達でも駒でもない貴方達なんて、)







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