先日、四木が己の立場を―――目出井組系粟楠会の幹部である事を明かすと、知り合ってから一年程度の少年はやや困ったように笑ってこう言った。
「すみません。知ってました」
 どうやら少し前に偶然出会った「赤林」という人物が気になり調べたところ、彼が粟楠会の幹部であり、その関係で四木の事まで知ってしまったのだと言う。
「私が怖くないんですか?」
「さあ、どうなんでしょう」
 頻繁に利用するホテルの一室にて、窓の外に広がる街の景色を見下ろして少年はこてんと首を傾げる。
「本当は怖がるべきなんでしょうが……怖くない、みたいです」
「その感覚は危ないですよ。いつかとんでもない事に巻き込まれるかもしれませんから」
「その時はその時です。僕、非日常が大好きなんで」
 怪我したりするのは嫌ですけどね、と付け足して少年は四木に笑みを向けた。
 微笑みかけられた四木はソファに座ったまま手を伸ばす。おいで、と声をかけずとも、窓際に立っていた少年は軽い足音と共に四木の元へ駆け寄った。
「帝人君」
「はい。何ですか?」
 少年―――帝人には本当に警戒心と言うものが見えない。彼が言うとおり四木が帝人にとって好意を抱くべき非日常の一つだからだろうか。だがそれがもし、手を伸ばしたのが“四木だから”であったとしたら……。
「四木さん?」
 大きな目を瞬かせる帝人の頬に左手を添える。すると帝人は僅かに驚いたような表情になったが、すぐに微笑みを浮かべて四木より一回り以上小さな成長途中の右手を重ねた。
 その細く白い指に嵌められた銀色の輪を見つけて四木はなんとも言えず気分が高揚するのを自覚し、それを抑えるかの如くスッと両目を細める。
「……抵抗しないんですか」
 右手を少年の細い腰に回し、四木はその身を抱き寄せて問い掛けた。
 四木の足の間で膝を折り上半身を凭れ掛からせるような体勢になった帝人は、すぐ傍にある男の鋭い双眸を穏やかな表情のまま見上げてゆるく首を振る。
「僕は四木さんに雇っていただいている人間ですよ」
「ですが私は君に無理を強いるつもりはない」
「優しいんですね」
「優しくありません。君に嫌われたくないだけです」
「嫌うだなんて……。有り得ないですよ、そんな事」
 青味がかった黒の瞳に嘘は無く、そう告げられた四木は帝人を更に上向かせて顔を近付けた。唇が触れ合う直前、全てを任せるように少年の両目がそっと閉じられ、それを見た途端年甲斐も無く心臓が跳ねる。
(……相手は子供、なのに)
 表面を触れ合わせるだけの稚拙な触れ合い。にも拘わらず言い様の無い充足感が四木の中にあった。
 今度は薄い唇を啄ばむように何度も何度も口付け、時折うっすらと目を開けて帝人の様子を窺う。少年はずっと瞼を下ろしたまま全身の力を抜いて四木のしたい通りにさせてくれる。吐息が感じられる程の距離を開けて「帝人君」と名前を呼べば、
「なん、ですか?」
 僅かに恥ずかしそうな表情で、けれどもきちんと四木を見据えて応えた。
「嫌なら嫌と言ってくださいね」
「大丈夫です」
 それは嫌ならば嫌とハッキリ言ってくれるという事なのか、それとも四木から齎される行為を嫌だと思うはずが無いという意味なのか。どちらでも構わないが後者なら嬉しいと思いつつ、四木は再び帝人に口付けた。今度は深く、相手の呼吸を奪うように。
「ふ、ぁ……ン、ぅ」
「……、……っ」
 くちゅ、と二人の間で水音が立つ。
 舌を絡ませ合いこちらの口内に導いて甘噛を施せば、少年からは耐え切れずに声と吐息が一緒になって漏れ出た。目元には朱が刷かれ、それだけでぐっと色気が増したように思える。か細い腕が縋るように四木へと伸ばされ、スーツの布地を掴んでいるのもまた堪らない。
(酷くしちまいそうだ……)
 抑えの効かない自分がいる事を自覚して四木は双眸に自嘲の色を浮かべるが、止める気は無かった。少年の頬に添えていた左手を下にずらし、喉元まできっちり閉められているファスナーの金具を掴む。
「いいですか」
「は、い」
 キスの合間に問い掛け、答えが返って来るのとほぼ同じタイミングでその金具を引き下ろした。中にはもう一枚薄手のTシャツがあり、少年の素肌を隠している。そのシャツもまた捲り上げて四木は唇を離すと―――
「これ、は……」
 白い素肌に赤い鬱血痕を見つけ、動きが止まった。
「四木さんの同僚の方が」
「赤林ですか」
「まぁちょっとした成り行きで」
 四木の視線に気付いた帝人が気まずそうに告げる。表情から無理矢理だった訳ではないようだが、いっそ無理矢理だった方が良かったかもしれないと思い、その次の瞬間、四木は自分の考えに絶望した。帝人の心に傷が付いていない事が第一だろう、と。しかし、やはり目の前の特別な人間の身体に他人の痕跡を見つけて気分が降下しないはずもなく。
「……今日はやめておきます」
「わかりました」
 こういう時に男がどう思うのか、帝人にも充分解っているだろう。返す言葉はハッキリとしていたが、申し訳なさそうな声で満ちていた。



* * *



「この前は途中で止めちゃいましたよね」
 赤林に宣戦布告を行ってから数日後、四木はいつも通り帝人をホテルに呼び出して向かい合っていた。
「私も驚きましたから」
 四木は先日と同じようにソファに腰掛け、少年はその正面で膝立ちになった状態で小さく笑う。
「まさか既に経験済みとは思ってもみなかったので」
「女の子じゃないんだし、気にしてませんでした」
 答えを聞き、四木は成る程と胸中で呟く。
 非日常に対する好奇心といい四木を怖がらない様子といい、少しどころか大分変わった子供だと思っていたが、性行為に関してもそういう認識を持っているからこそ淡白な態度を取れるようだ。きっと男である自分が他人に足を開くという事実にも特別な感慨は持っていないのだろう。むしろ女の子相手の時よりも、どうでもいいと思っている可能性すら否定できない。
 試しに四木は問い掛ける。
「セックスは好きですか?」
「直球ですね……」
 そういうところは年頃の少年らしく、頬を染めて視線を逸らす帝人。
「でも、気持ち良い事は嫌いじゃないですよ。人間ですから。……あっ、せ、セックスが好きって訳じゃないですからね!」
 慌てて付け足す帝人の様子に四木は思わず声を出して笑ってしまった。「四木さん!?」と責めるような帝人の声がするも、止められない。クツクツとできるだけ声にならないよう喉の奥で笑いを殺すが、むしろその方が帝人の怒りを買ってしまっているようだった。いや、怒りと言うよりも羞恥心か。
「じゃあ私がしたいと言ったら……」
「いいですよ。でも繰り返しますが、僕は女の子じゃありませんから。そういう行為に深い意味を持とうとは思いません」
 それでも構いませんか、と問う帝人に四木は肯定を返す。
「それでも、構いませんよ」
(いつか君の心も手に入れてみせますから)
 胸中で決心を告げ、四木は帝人に手を伸ばした。


「……ゃ、あ……あ、ンン……しき、さぁん!」
 ソファに腰掛けたままの四木の上で小柄な体躯が肌を薄桃色に染めている。
 体内に四木を受け入れた帝人は下からの突き上げを受ける度に切なく啼き、時折その声の中に四木の名前を混じらせる。行為を始めるまでのあの淡白そうな表情とは裏腹に――実のところ少年の行動自体は然程積極的ではないにしろ、それでも充分だと思えてしまうくらい――帝人は全身で四木の欲を煽っていた。
 気持ちの問題なのか、それとも物理的にそうなのか、ナカの具合も相当良い。その辺の女達よりも熱く蕩けて締め付けてくる感触に、四木は今にも全て吐き出してしまいそうになる。流石にそれは男としてもずっと年上の人間としてもプライドがあるのでギリギリまで我慢するが。
「みかど……」
 “君”を付ける余裕も、実は無い。
 殆ど吐息だけで名前を呼ぶと、それでも相手には聞き取れたらしく、ぎゅっと瞑られていた両目が開いて四木の姿を映し出した。細腰を掴んでいた手の片方を後頭部に回し、顔を近付けさせる。
「ン……」
 下からの水音の他に、上からも新たな水音が生まれた。
 舌を絡ませ、甘噛を施し、粘膜を擦り合わせて唾液を交換する。口を塞いだ所為で嬌声は全て四木の中に呑み込まれ、代わりに帝人からは甘えるような声と吐息の中間の音が漏れ出る。
「ゃンあ、……っ、ふ……」
 控え目に帝人が腰を揺らし始めた。
 肌を染める桃色は濃くなり、胸の頂は真っ赤に存在を主張している。その更に下、帝人のそこもピンと立ち上がり、先端から透明な液を吐き出しながら四木の律動に合わせて揺れていた。
「ひゃ、あん!」
 後頭部を押させていた手を今度はその中心に添えて擦り上げる。それだけでビクンと帝人の身体が跳ね、甲高い嬌声を漏らした。
「し、四木さん……あぅ、や」
「これを赤林と共有ってのが気に喰わねえなぁ」
「ふ、ぇ? 四木、さん? 何か、言いました、か? ……あ、ャあ!」
「いいえ。……さあ、もっと気持ち良くなってください」
「えっ、ちょっと……あっ、ふ、くぅ……」
 本当に、この子供を他人と共有だなんて虫唾が走る。
 解放に向かって突き上げを大きくしながら四木は快楽の中、胸の裡でそう吐き捨てた。そして勿論このままでいるつもりもない。
(必ず君を手に入れる)
「声、出してくださいね」
「あ、あ……しきさん! しきさ、あん! あ、はぁっ……!!」
「くっ……」
 帝人が先に吐き出してその締め付けにより四木も中に放ち、小柄な体躯を強く抱きしめる。何の抵抗も無く身を預けるその存在を心底愛おしく感じながら四木はもう一度音もなく誓いを立てた。未だ息の整わない帝人に向かって、必ず君を手に入れる、と。






SECOND MOVE

(後手の攻撃!)







(第一ラウンド終了後)
「ところで今まで赤林に何回抱かれました?」
「え……回数ですか? に、二回です」
「そうですか。じゃあ私は三回抱くまで君をここから出しませんので。あと二回、ですね。最低でも」
「……明日が休みで良かったです」