かなり割の良いバイトをしている。
 時給一万円。暇な時は(その場から離れないネットビジネスのような)仕事の掛け持ち可。呼び出しは突然だが、ある程度こちらの都合を考慮してもらえる。
 そんな条件で帝人を雇った男の名を四木と言った。
 下の名前は知らない。また四木がどこでどんな仕事をしているのかも。ただ帝人は四木から連絡が入れば指定された場所に向かい(交通費は全額支給)、そこでお茶をしたり単に会話をしたりするだけだ。時には指定場所でひたすら四木を待ち、数時間一人で過ごす事もある。しかも折角やって来たかと思えば、「今日は疲れたので少し休みます」と言ってそのまま横になってしまったり……。
(こんな風に、ね)
 街を見下ろす大きな窓が自慢らしいホテルの一室で帝人は己の足を見た。ギリギリまで音量を抑えた液晶テレビの正面、ソファの端に座る帝人の太腿の上には、その名前と顔と、あとはよく吸う煙草の銘柄しか知らない男が目を閉じて頭を預けている。所謂“膝枕”と言う状態なのだが、どうせ疲れて寝るならベッドの方が休めるだろうに。
 この人の考えている事が解らない。だが時給は良いし、仕事内容は楽だし、しかも四木からは帝人が好む非日常の匂いがプンプンするのだ。ならばわざわざこちらから仕事を断る理由は無いだろう。
 そんな事を考えながら帝人は視線を四木の顔から腹の方へと移動させた。スーツの上だけを脱いだそこには四木本人の右手が乗せられており、呼吸に合わせて微かに上下している。
「あっ……」
 その右手の人差し指に嵌っている物に気が付いて帝人は小さく声を上げた。
「四木さん、指輪してたんだ」
 いつも大人っぽく落ち着きながらも洒落た格好をしている人物なので、指輪をしている事は然して可笑しくない。むしろ似合ってさえすらいる。ただその銀色が帝人にとってはある知人を思い出させるだけで。
(ああ、でも臨也さんは―――)
「気になりますか?」
 帝人がその知人の姿を頭の中で描き切る前に下の方から声がして、それを中断させる。
「あ、四木さん。お目覚めですか」
「はい。どれくらい寝てました?」
「えっと……一時間くらいですね」
 帝人が答えると四木は「そうですか」と返し、そのまま起き上がる―――のではなく、帝人の太腿に頭を預けたまま寝起きとは思えないしっかりした様子で薄く笑みを浮かべた。そして銀のリングが嵌った右手を持ち上げ、さっきと同じ事を問う。
「気になりますか、これ」
「や……気になると言うか……四木さんに似合ってるなぁと思って」
 似合っていると思った事は嘘ではないので、指輪を間近で眺めながら答えた。大きな石や目を瞠るような細かい紋様が刻まれている訳ではないが、恐らくどこかのブランドの、それなりに値段のする代物なのだろう。そういった事には疎いと自覚がある帝人でもなんとなく判る。
「はは……ありがとうございます」
 と言いながら四木が右手の人差し指からリングを抜き取った。「どうぞ」と差し出されたのでもっと近くでよく見せてもらえるのだろうかと思い、素直に受け取る。
「綺麗ですね」
 室内の照明を弾いてキラキラと輝く銀色。リングの内側に文字(恐らくブランド名)が書かれているのに気付いて帝人がそれを読もうとすると―――
「気に入ったなら差し上げますよ」
「へ……?」
「それ。プレゼントします。受け取ってもらえますか?」
「でも高いんじゃ……!」
「値段は然程重要なものじゃありませんよ。私と会う時にでも、勿論それ以外の時でも身につけていただければ嬉しいですね」
「いいんですか?」
「勿論です」
 帝人が恐る恐る問うと、四木が微笑みを浮かべてそう答えた。
 彼の視線が、このままリングが帝人の指に嵌る事を望んでいるようだったので、それに従う。四木と同じ人差し指につけてみたが、ギリギリ抜けないといった所か。気を付けていなければどこかに落としてしまいそうだ。
「失くさないように気を付けてくださいね」
 四木も同じ事を思ったのか、そう言って帝人の右手に嵌ったリングを指差す。彼は微笑みながら指でその銀色に触れた。
「これをつけている間は指輪と一緒に私の事も考えてもらえるんでしょうか」
「!」
 だったら嬉しいのですが、と悪戯っぽく笑う男に帝人は目を瞠った。
「四木さん!? そんな冗談は……」
「私は本気ですよ?」
 言って、四木は帝人の右手を取ると己の口元に近付ける。銀色の金属に口づけを落とし、
「ぅ、ぁ……し、き、さん……っ!?」
「必ずつけていてくださいね」
 さっきは“私と会う時にでも〜”と言っていたくせに、どうにも意味が変わってしまっているようなニュアンスが含まれている。まるでいつも指輪を身につけ、それを通して四木の事を考えていろとでも言いたげな……。
「約束、ですよ」
「っ……はい」
 僕って押しに弱いのかなぁと思いながら、結局、帝人はそう頷いて男に満面の笑みを浮かべさせた。







おまけ(後日)


「やあ、帝人君」
「臨也さん……? こんにちは。どうしたんですか、こんな所で」
「ちょっと仕事でね。まあ、シズちゃんに見つからないうちに帰るよ……って、珍しいね。君が指輪だなんて」
「あ、これは……」
「人差し指だし、俺とお揃い?」
「ち、違いますよ!」
「酷いなぁ、そんな力一杯否定しなくても」
「笑いながらそう言われても反応に困ります。あとこれは貰い物で、この指以外だとブカブカで落ちちゃうんです」
「うーん、それでも結構危ないよね……。ん? 貰い物? 一体誰から」
「あー……臨也さんなら知ってるかもしれませんね」
「?」
「えっと、僕も顔と名前しか知らなくて。四木さんって言う方なんですけど……」
「っ!?」
「あれ? 臨也さん?」
「(あ の ク ソ ヤ ロ ウ ! !) ……ごめんね、帝人君。俺まだちょっと行く所があるんだった」
「そうなんですか? それじゃあ」
「うん、またね。あ、これあげる!」
「え、え? ありがとうございます?」
「ちゃんと左手の人差し指につけといてねー! 右手のそれと入れ替えてくれてもいいから!!」
「へ? あ、はい。って早っ! そんなに急ぎの用事だったのかなぁ」

 手元にはデザインの異なる銀色の輪が二つ。
 さて、どちらを選びますか?





SILVER COLLAR







「指輪は首輪の代わりですよ」って悪い大人が言ってた。