「ダラーズのボスは――君の大事な大事な大親友……竜ヶ峰帝人君さ」
 折原臨也にそう教えられた瞬間、正臣は親友の“裏切り”に驚愕するのではなく、少し前から自分の中に蟠っていた疑問が――まるで喉に詰まっていた異物が取り除かれたかのように――すっきりと解決したのが判った。
 脳裏を過ぎる黒いコートの青年。先日、病院で知り合ったその人物の言葉を思い出しながら、正臣は胸中で独り言ちる。
(『黄色』は俺、そして『無色』が帝人……)
 幼馴染であり親友でもある竜ヶ峰帝人が、無色または保護色をチームカラーとするダラーズのリーダーだった。ならばあの人が――― 十二年後の帝人が言っていた『無色』は、正臣の親友という事でほぼ間違いない。
(となると、だ。黄色と無色が俺と帝人なら、残った『赤色』は……杏里か?)
 それがどういった事なのかは判らない。だが三人一緒に扱われているという推測は当たっているような気がした。詳細は本人に直接尋ねれば良いだろう。自分達三人は友人なのだから。

 ―――離れないで。

 頭の中で甦る、少しだけ低くなった大人の帝人の声。
 そう。今一番重要なのは、あの言葉の意味だ。
(誰が離れるもんか)
 黒いコートの帝人の言葉が本当なら、もし正臣が今の帝人の元から去ってしまった場合、おそらくそれを何とかするために帝人は何らかの行動を起こし、結果、『青色』に染まる。
(……『ダラーズ』のリーダーとして、ブルースクウェアの残党に寄生されるって所か)
 そんな事、許されるべきではない。
(あいつと話をしよう。全部、全部話して、俺は未来を変える)
 もうあんな悲しげな帝人は十分だ。
 正臣は面白がるような表情の臨也を見た。色々考えていた間の沈黙は正臣が明かされた事実に衝撃を受けたためだと思っているのだろう。
 相変わらず反吐が出るような人だと胸中で吐き捨てながら、正臣はその相手に対して深々と頭を下げた。
 途端、訝しげな気配が伝わってくる。それが少し可笑しくて、正臣は口元だけで笑った。
「紀田君?」
「ありがとうございます、臨也さん」
「?」
 訝しげな気配が強まる。臨也相手に先行できたような気がして、正臣は今にも声を出して笑ってしまいそうだ。しかしそこをなんとか堪え、正臣は顔を上げた。
 口元の緩みが戻っていないのを知ったのは臨也の表情を見た後だったけれど。
「紀田君……まさかショックが強すぎて可笑しくなってしまったのかい?」
「いえいえ。俺はちゃんと事実を受け止めてますよ。だから今、重要な事を教えてくれた臨也さんに感謝してるんす。本当にありがとうございました。それから、」
 どうやら自分が思うように事が運ばなくなってきているのに気付いたのだろう。整った顔に不満そうな表情が浮かぶのを見て、正臣はついにニコリと満面の笑みを浮かべた。
「折角『おかえり』って言ってもらったのにすみません。早速っすけど、『さようなら』です。俺、大事な奴のためにもコッチに戻る訳にはいかないんで」
 そう言い捨て、正臣は臨也に背を向ける。足早に部屋を出れば、もうあの男の事など頭から抜け切っていた。
(帝人、帝人、帝人。ゼッテェお前から離れたりしないからな)
 神でも太陽でも月でも変な宗教の女神像でも何でもいい。とにかく誓う。
 新宿駅に向かって走りながら正臣は携帯電話を取り出した。勿論、かける相手は一人しかいない。
 携帯電話を耳に当て、コール音が一回、二回、三回……。
『もしもし?』
 親友の声に何故か泣きそうになりながら正臣は口を開いた。
「帝人、話をしよう! これからもずっと一緒に居るために、俺の事、お前の事、全部!!」
『え、ええ? 正臣?』
 一体何言ってんの!? と、いきなりの事に戸惑う帝人の声。“ミカド”が現れた時の事を帝人には話していなかったので、彼の混乱は当然だ。ただし、その出来事に関してもこれからちゃんと説明するつもりだが。
 正臣は帝人の戸惑いにカラカラと笑い返しながら、街中であるにも構わず電話の向こうに叫んだ。
「ずっと、ずっと一緒だぜ、親友!!」







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(運命にも悪意にも負けるものか。俺はお前の隣にいるよ)