デュラハンの首にまつわる一件で、その日、折原臨也は始めて竜ヶ峰帝人の住まいを訪れた。四畳半のボロアパートは言葉で表現するより実物を見た時の方が衝撃が大きい。セキュリティ面もこれまた最悪で、借主たる帝人は矢霧製薬の手の物に拉致される寸前までいった。
 その日の夜。
 矢霧姉弟、張間美香、それら諸々の事で一応の決着が見えた後、臨也は観察対象の一人であり、「ダラーズ」の創始者であり、そして己の腹違いの弟――帝人本人から告げられた後すぐに裏を取った――である少年の元へと足を運んだ。
「お疲れ様」
 挨拶代わりに告げると、帝人の少し青味がかった瞳が臨也を捉える。
「……口止め料の請求ですか、情報屋さん?」
「いや、面白い物を見せてもらったからね。君がダラーズの創始者だって情報は売らないでおいてあげるよ」
「そうですか」
「おや? 興味ない?」
「いえ、正直ほっとしています。ネット上だけの存在ならまだしも、こうして現実に現れてしまった……しかもこんなにも大勢力である事を示してしまった集団ですから。これを創った人間が僕だと知って誰も何もしないなんて楽観視するつもりはありません」
「用心深いね」
「自分がただの非力な人間だと解っていますので。保身はすべきでしょう?」
「ああ、その通りだ」
 自身もまた“普通の人間”である事を理解していた臨也は帝人の言葉に同意する。だが直後、本日の夕刻に見た光景を思い出して臨也は柳眉を寄せた。
 今回は大事に至らなかったが、この先も同じだとは限らない。帝人自身が厄介事に首を突っ込んだ場合だけでなく、日常においてもあのセキュリティ最底辺をいくボロアパートは都会での生活に多大な不安を齎す物だ。
「……あの、どうかしましたか?」
 しばらく黙って考え込んでいた臨也に帝人が声をかける。とても高校生と思えない童顔は、いかにもガラの悪い人間やそういった趣味の者達に好まれそうではないか。
 臨也は眉間の皺を解くと、帝人の肩に手を置いて真剣な声を出した。
「俺が池袋に新しいマンションを用意してあげるから、帝人君はそこに住むといい。むしろ住んでくれ。あのアパートは流石にヤバすぎる」
「…………」
 今度は帝人が沈黙する番だった。幼い顔には「この人いきなり何言ってんだろう」と書かれてある。
 黒と青が混ざった瞳は臨也を見上げ、
「あの、ひょっとして血縁には甘いタイプですか?」
「うーん、どうだろうねえ」
 自分でも少々理解できない所があったので臨也は素直にそう答えた。
「でも俺は君に興味があって、これからも君を観察したい。だから君がただの犯罪なんかに巻き込まれる可能性はなるべく低い方が良いと思ってるよ」
「それでわざわざマンションまで用意すると?」
「生憎、金は余ってるんだ。それとも、半分とはいえ血の繋がった兄だから、と答えた方が良いかな」
「……どちらにしろ結果は同じなんですね」
「部屋の鍵は明日朝一で届けるよ」
 帝人の力無い返答を同意と受け取って臨也はにこりと微笑む。それを見た帝人が溜息を吐いた。
「お世話になります、兄さん」
「お世話させていただきます、俺の弟くん」
「兼・観察対象、ですけどね」
「あはは。ま、そうだね」
 臨也は笑う。要求を比較的素直に受け入れられた所為か、なんだか随分気分が良い。
「じゃあ俺はこれで。シズちゃん、近くにいるし。見つかると厄介だから」
 自身の天敵で池袋の喧嘩人形という異名を持つ男もダラーズのメンバーである事を暗に告げて臨也は帝人に背を向ける。そのまま軽い足取りで弟の元を離れ――――――だから、気付けなかった。

 あの非日常の塊がダラーズのメンバーであると知ったにも拘わらず、帝人が退屈そうな冷めた目をしていた事に。

「非日常は三日で日常に変わる。……嗚呼、残念だなぁ。僕はもうそれくらいじゃ満足できないみたいだ」
 ぽつりと呟く。
 臨也が自分と半分だけ血の繋がりを持つ兄だと知ってから帝人は色々と調べてきた。相手が情報を取り扱う本職なのであまり派手な動きはできなかったが、それでも判った事は決して少なくない。おそらくその時点で、色々な事を知る前の自分が想像していた“非日常”に帝人は足を踏み入れ、それは日常と化してしまっていたのだろう。
 そしてまた、幼馴染を襲った悲劇も帝人が知り得た事の一つだった。
(まあ、だからってあの人が憎いって訳でもないんだけどね。それに正臣が何も言ってこないなら、僕に何かをする権利は無いし)
 友人が酷い目に会ったのは悲しい。けれど、それだけだ。
 血の繋がり云々は関係なく、帝人はただそういうモノとして臨也を見ている。まるで一種の災厄か何かのように。
 だからこそ帝人は、
「さあ、貴方の存在はこれから僕にどんな日々を齎してくれるんでしょうね……臨也兄さん」
 楽しみだなあ、と。
 人ごみに紛れて消えてゆく黒いコートの背に向けて、薄く薄く笑いかけた。







Fake Frame

(もっと刺激的な非日常に近付く手段としてなら、貴方の余計なお節介も喜んで受け入れられるんです)







みかどくんは いざやにいさんが すきですよ ?