「なぁ帝人よ、待ち合わせなら校門じゃなくて公園とかにしろ。あの人、すっげぇ目立ってるから」
 放課後。
 幼馴染と二人で校舎を出た紀田正臣は来良学園の正門付近にわだかまる異様な空気を察知し、隣を歩く親友にうんざりとした様子で告げた。
 視線の先には校門の右半分を避けるようにして迂回していく生徒達の姿が。彼らは皆一様に“それ”を視界に入れないよう俯き、また無言を保って早足で通り抜ける。授業を終えて気楽な雰囲気に包まれているはずの場所を言い様の無い緊張感で包み込む原因は、そんな生徒達の様子を気にする事なく門に背を預けて煙草を吹かしていた。
 長身、金髪、サングラスに白と黒のバーテン服。池袋に暮らす者なら誰もが知っているであろう特徴を完璧に備えた人物が、校舎から出て来た正臣達―――いや、正臣の友人たる竜ヶ峰帝人に気付いて軽く手を上げる。その様を眺めながら正臣の隣で帝人が「あはは」と苦笑を漏らした。
「この前、南池袋公園で待ち合わせしたんだけどさ。そしたら僕が途中で悪いお兄さん達に捕まっちゃって」
 運良く“池袋の自動喧嘩人形”が現れて大事は無かったのだが、その一件の所為で過保護になりつつあるのだと。そう付け加えた帝人に正臣は隠す事なく溜息を零した。
「ボディーガードかよ」
「あの人の友達のライダーは番犬って言ってたけどね」
「ははっ。本人に聞かれたらヤバくね?」
「ヤバいねぇ」
 話題の本人を視界の中に捉えながら帝人はもう一度笑う。そして人が近寄らずぽっかりと穴が開いたようなその空間に辿り着くと、門から背を離した金髪サングラスの人物―――平和島静雄を親しげに呼んだ。
「シズ兄、ごめんね。仕事の方は大丈夫だった?」
「ああ。今日はなんかスムーズに回収できてな。あとは事務仕事だけだからってトムさんが」
「よかった。じゃあ一緒に晩御飯食べに行けるね」
「ん。……ところで帝人、隣の奴は」
 静雄の視線が帝人から正臣へと移る。幼馴染と池袋最強の会話を“懐かしいものでも見るような目”で眺めていた正臣は、知らない人間を見る視線を向けてきた静雄に、しょうがなさそうに苦笑を浮かべた。
「やっぱ静雄さん、俺の事忘れてるみたいっすね」
「……? どこかで会った事あったっけ?」
 もしこの場に静雄の上司である田中トムがいたならば、正臣を「街中でよくナンパしている茶髪少年」として認識していただろう。しかし他人の名前や顔を覚えるのが決して得意ではない静雄はそういった事も記憶しておらず、本当に見ず知らずの人間と相対した顔になっていた。
「まぁ俺と会ったのって何年も前の話ですし、それに静雄さんの用事は帝人の顔を見に来る事でしたから……」
 自分の事など眼中になかっただろうと語る正臣。それがまた静雄の混乱を加速させる。
 静雄はこういった回りくどい問答を好まない。しかし隣に帝人がおり、しかもその帝人が正臣と静雄の両方を楽しそうな表情で眺めているため未だ沸点には至っていなかった。
「シズ兄」
 怒る代わりに正臣の台詞から記憶を掘り起こす作業を行っていた静雄は、その呼びかけに「ん?」と意識を帝人に向ける。「わからない?」と訊かれたので是と答えれば、年の離れた従兄弟が幼い笑みを浮かべて解答を告げた。
「彼は紀田正臣。僕の幼馴染だよ」
「……………………、ああ!」
 ぽん、と掌に拳を打ちつけてようよう思い出したと静雄はすっきりした顔になる。
「お前ちっせぇ頃に帝人とよく遊んでた、あの正臣か」
「っす。お久しぶりです、静雄さん」
「何年も経ってっから判んなかったよ」
「帝人の事は一瞬で気付いたって言うのに、そりゃ酷いっすよー」
「帝人は特別だからな」
「……相変わらずっすね。その直球な態度」
 何年も前の記憶と違わず従兄弟大好きな静雄の様子に正臣は肩を竦め、苦笑を浮かべてみせた。
「話聞いてると、これから一緒に晩飯食いに行くんすか」
「ああ」
「正臣も来る?」
「えーっと、俺は……」
(帝 人 の お 馬 鹿 さ ん !)
 即答を控えつつ、正臣は心の中で親友に叫ぶ。
 静雄が正臣に対して誘いをかけなかった理由を、この幼馴染は理解していない。
 どうせこの時刻ならばすぐさま何処かに食べに行くのではなく、ちょうど良い時間まで街をぶらついたりするのだろう。その散策に他人が加わる事をこの喧嘩人形がどう思うのか、過去に帝人を溺愛する静雄の姿を見ていた正臣には嫌と言うほど解ってしまっていた。現にちらりと目を横に向けると、サングラス越しの鋭い視線にぶつかる。たとえ帝人の幼馴染兼親友であったとしても、静雄にとってはただの他人だ。名前すら忘れてしまっている程度の。
(本当は俺だって帝人と遊びたいけどよぉ)
 流石に敵が強すぎる。
 溜息を吐きたいのを我慢し、正臣は努めて平常通りを装いながら顔の前で片手を立てた。
「悪ぃ! 実はこの後予定があんだよ。今回は二人で楽しんで来てくれ!」
「そっか。じゃあ仕方ないね」
「おう。また誘ってくれよな」
「うん」
「そんじゃ俺はこれで。帝人、静雄さん、また」
「ばいばい」
「気を付けてな」
 正臣が同行しないと聞いて睨みつけるのを止めた静雄にホッと一息つきつつ、完全敗者たる己に自己嫌悪を隠せない。先に校門を通り抜けた自分の背後で和やかな会話が交わされているのを耳にし、正臣は今度こそ「はぁ」と溜息を吐いた。







パーフェクトガーディアン

(親友と遊ぶのでさえ一苦労だ!)







正臣は帝人が関わらない限り、静雄と必要以上に接触しようとは思っていません。
なので、帝人が池袋に来るまで静雄とは一切も会話無しという設定。
そして自分が池袋に移り住む前から“親友の従兄弟”の恐ろしさは把握済み。