「がッ!?」
 短い悲鳴と共に倒れこむ人影。その頭部にぶつかってきたのは、あろうことかコンビニのゴミ箱だった。
「へ……?」
 突然の出来事に帝人は周囲の状況も忘れて目を点にする。
(ゴミ箱が……え、あれ? コンビニのゴミ箱って水平に飛んでくる物だっけ?)
 混乱した心中で呟くが、すぐさま「そんなはずない」と自分自身に答える。そうだ。あんな物がそう易々と飛ぶものか。
(“あの人”でもあるまいに)
 脳裏にある知人の姿がよぎる。帝人が知る中でそんな事ができるのはただ一人。だがまさか、こんなにも人の多い街であの人と都合よく会えるはずが―――
「いーざーやーくーん」
 低い、地の底を這うような声が聞こえて帝人はピクリと両肩を震わせた。ただし恐れを感じたからではない。
 ゴミ箱をぶつけられて倒れても素早く復活した人物―――折原臨也が何か言っていたが、それすら帝人の意識には入って来なかった。黒い瞳はただひたすら、低い声がした方向に向けられている。
 そして黒の双眸が明確に新たな人影を捉え、帝人は叫んだ。
「シズ兄!!」



□■□



(―――え?)
 ひどく懐かしい呼称を聞いて、怒りに染まっていた思考が冷静さを取り戻す。
 道路標識を構えていた静雄は声の主へと視線を向けた。
 あの折原臨也の傍に来良学園の鮮やかな制服姿が見える。少々陰になっていて二人なのかそれ以上いるのか判らなかったが、憎い男から一番近い位置に立っている少年の顔に静雄は見覚えがあった。
「みか、ど……?」
 高校の制服を纏っているのに中学生にしか見えない童顔の少年。記憶の中にある幼い面影と照らし合わせた結果、思わず口を突いて出た名前にその少年が破顔する。
「シズ兄、久しぶり!」
 タッと駆け寄ってくる小柄な体躯を静雄はしっかりと抱きとめた。
 腕の中にすっぽりと納まった身体は最後に顔を合わせた時から随分と成長していたが、それでも見上げてくる黒く大きな瞳は相変わらずきらきらと美しく輝いている。
 その瞳に自分が映っているのだと感じて静雄も――犬猿の仲である臨也がすぐ傍にいるにも拘わらず――口元を綻ばせた。
「帝人、お前いつから池袋に?」
「ついこの間、引っ越してきたばっかりだよ。高校は来良だからシズ兄の後輩って事になるね」
「だな。でもこっちに来るなら前もって言ってくれれば良かったのに」
「ごめんなさい。でもシズ兄とはずっと会ってなかったし、なんだか池袋に行くからっていきなり連絡するのも躊躇っちゃったって言うか……。あ、でもシズ兄が好きなのは変わってないから! 僕、シズ兄の声聞いただけで判ったよ!」
 照れたように目元を赤く染めて帝人が笑う。
 なんて可愛い事を言うのだろう、この子供は。
 静雄はユルユルに崩れてしまいそうになる頬をなんとか保たせて「そうか」と年上らしく振舞おうとする。声をかけると共に己の常の目線よりだいぶ下にある黒髪を多少乱暴にかき混ぜると帝人が目を細めて嬉しそうに笑うものだから、顔の緩みを隠すためには更に我慢が必要になってしまったのだけれど。



□■□



(……なんだ、これ)
 静雄のゴミ箱アタックから復活した臨也は目の前で繰り広げられる光景に言葉を失っていた。
 とある理由により目をつけていた少年と己の天敵が知り合いだったなんて。しかもあの平和島静雄が笑っている。本人は隠しているつもりだろうがデレデレなのが丸判りだ。
 竜ヶ峰帝人と平和島静雄。この二人は一体どんな関係なのか。静雄に問う気はさらさら無く、臨也は帝人の名前を呼んだ。
「帝人君!」
「え、あ、はい! 何ですか? ……えっと、折原、さん?」
「ノミ蟲が気安く帝人の名前を呼ぶんじゃねえ! 帝人、お前もこんな奴の言葉に答える必要なんてねえからな」
「シズちゃんは黙っててよ。ねぇ帝人君、君達ってどういう関係なの?」
 単刀直入。純朴そうな帝人に小細工など必要ない。そう思っての事だ。
 問われた帝人は“敵”に向かって今にも攻撃しそうな静雄を宥めた後、臨也に視線を向けてさも嬉しそうに、自慢げに微笑んでみせる。
 そして、

「従兄弟ですよ」

「……うそ」
 攻撃力皆無な笑顔で強力な爆弾を落とすような発言だった。似ても似つかない二人を見比べて臨也はそれだけを呟く。
 だが帝人の言葉に偽りは無いらしく、静雄も何かを言ったりはしない。相変わらず帝人が臨也と会話をしている事に対して苛立っているようだが、帝人の発言自体には誇らしさすら感じている雰囲気だった。
(冗談、じゃ、ないのか……)
 思わぬ二人の関係を知り、スタート地点の手前で躓いたような感覚に陥る臨也。だが帝人はそんな臨也に構う事なく、否、むしろ臨也が攻撃を受けた後に条件反射で構えていたナイフをしっかりと意識の中に捉えながら更に言葉を続ける。
「シズ兄は僕の大事な大事な人です。だから折原さん、貴方がシズ兄にナイフを向けると言うなら、」
 声は穏やかに、しかし銀色の刃を冷ややかな目で見据えて、帝人は笑みを深くした。
「僕もまた貴方の敵になりますので、どうぞよろしく」







モンスターブラッド

(その眼。……嗚呼、確かにバケモノの血縁だ)







基本はピュアですが、従兄弟の敵には覚醒して対応する帝人様。
ちなみに幽さんの事も大好きです。