「臨也さん。僕、猫は嫌いじゃないんです」
「……え?」 唐突にそんな事を言い出した少年を折原臨也はまじまじと見つめた。 今までの会話で猫に関するものなどあっただろうか。そもそも自分達はこの路地裏で、もっと(少年にとっては)真剣で(臨也にとっては)娯楽的な話をしていたはずだ。少年が構築した組織の事、これまでの事、これからの事。そこには愛玩動物の要素は欠片も含まれていなかった。しかし現に少年は臨也を真っ直ぐに見据えながら、自分は猫が嫌いじゃないと言う。訳が分からない。 「帝人君…?」 「嫌いじゃないと言うよりむしろ好きですね。特に黒猫。日本じゃ不吉の象徴なんて言われてますけど、他の国だと逆に幸福の象徴だったりしますし。それにあの艶やかな漆黒の毛と光を弾く瞳は実に観賞のし甲斐があります」 「いや、あの、何いきなり語りだして……」 完全に自分のペースで話を続ける少年に臨也が口篭る。本来ならこの程度で折原臨也という人間が劣勢になる事はないのだが、相手の普段の控え目な態度と今の状態とのギャップに上手く思考が働かない。 それを知ってか知らずか、はたまたわざとそういう状況に持ち込んでいるのか。少年はどこか夢見るような、けれどその双眸は確実に臨也を視界の中心に据えて言葉を続ける。 「あと孤高で、気高くて。なのに凄く無邪気で、時々放っておくと構ってくれって甘えてきたり。自分勝手と言えばそれまでですけど、その自由さがとても魅力的だと思います。まぁ時に爪を立てて引っ掻いてくる事もありますけど。これはこれで可愛らしい悪戯ですよね。やられた瞬間は痛いですけど、その後すぐに許しちゃいますもん」 まるで実際に猫でも飼っているような口調だった。臨也が暮らしている部屋ならまだしも、あのボロアパートでペットなど飼えるはずもないのに。それとも近所に野良猫でも住み着いているのだろうか。にしては、少年が語る言葉の中の黒猫はずいぶんと毛並みの良い猫であるようだが。 いや、そもそも猫の話などどうでもいい。これだけ話を逸らされて元の話題に戻るのはなかなか困難であるが、現在進行形のこの語りを止めさせるくらいなら簡単だ。さっさと切り上げさせて本日はこの少年の目の前からお暇しよう。 そう思って臨也が口を開きかけると、 「臨也さんはどうですか?」 「……何がだい」 唐突に少年が問いを発した。 問いの意味なら解る。要は折原臨也という人間が猫(特に黒猫)に対してどう思っているか、少年と同じように可愛らしいと思っているかどうか。その答えを求められているだけだ。 しかし答える意義が解らない。意味が解らない。 不機嫌さを滲ませながら臨也は赤味を帯びた双眸をスッと細める。反して少年は笑ったままだ。あまつさえ「あっ」と何かに気付いたらしく、苦笑を滲ませながら申し訳なさそうに告げた。 「すみません。自分の事はそう簡単に判断出来ませんよね」 「なにを……言ってるんだい、帝人君」 「え? 解りませんか?」 キョトン、と。本当に疑問に思っているらしく、少年は首を傾げる。彼は高校生だが童顔と背丈の所為で、その仕草は少年に相応に見えた。だがこの状況では違和感しか生み出さない。 少年は言った。臨也に猫に関する好悪を問い掛けた後、「自分の事はそう簡単に判断出来ませんよね」と。 それは、つまり―――。 「…………、」 ごくりと無意識のうちに唾を飲み込む。その音が妙に響いた気がして、臨也は思わず一歩後ろに下がった。ジャリ、と靴の底では砂の悲鳴。 その様を少年はじっと眺め続ける。 「漆黒の毛、光を弾く“赤い”瞳。僕はそれらがとても綺麗だと思うんです」 折原臨也の髪は夜を写し取ったような黒。瞳はやや赤味がかっている。そんな情報は本人である臨也が一番よく知っている。 「何を……本当に何を言ってるんだい帝人君。猫の話だろう?」 「ええ、そうですよ」 朗らかに笑いながら帝人は一歩踏み出した。臨也はもう一歩後ろに下がる。しかしここは狭い路地裏。元よりあまりスペースは無く、黒いコートに包まれた背中がトンっ…とコンクリートの壁に触れた。 「みかど、く……」 「ねえ、言ったでしょう? 臨也さん」 臨也を壁際に追い詰めた少年はスッと手を伸ばして頬に触れてくる。羽のように軽く。しかし臨也にとってそれは何故か何よりも強固な戒めに思えた。 つかまえた、と耳元で囁かれたような錯覚。ぞくりと背筋が震えて足が崩れそうになる。 言葉を発せなくなった臨也の正面に立ち、少年は楽しそうに黒瞳を細めた。そして、 「僕は猫が嫌いじゃないんですよ」 そう言って、うっそりと微笑んだ。 好奇心は猫を殺してしまいました
すみません。まだ原作は未読です…。 なので想像だけで突っ走った帝人様。間違いは覚悟の上。 尚この後、帝人様による臨也さんの人格崩壊作業に移行し、それが済んだら下僕的ハッピーエンドルートに向かいます(待て) |