繚乱 01






(岸谷新羅)

 私立来神高校。
 そこではある一年生達が喧嘩を始めると、養護教諭が保健室から逃げ出すと言う。おそらく発生するだろう怪我人の治療を放棄して。
 その理由は―――……なに、簡単な事さ。
 ある一年生というのは我が友人の折原臨也と平和島静雄であり、彼らがひとたび喧嘩を始めると、その場はぐっちゃぐちゃのメッキョメキョになる。主に後者の怪力の所為でね。そして怪我を負うのもまたほぼ100%の確率で後者・静雄だ(臨也は逃げるのが上手いからあんまり怪我しないんだよ)。養護教諭はそんな人間の相手をしたくない。ゆえに逃げ出す。
 静雄には悪いけど、これは最早自然の摂理だろうね。誰も手負いの獣ならぬ化け物には近寄りたがらないだろう。
 ちなみにそんな訳で、養護教諭が逃走し無人になった保健室で、静雄は一人、自分の怪我の治療を行うのが常になっている。医師を目指している僕がやってあげてもいいんだけど、それなりに大きな傷(一人では応急処置が出来ないような傷)でない限りは、こちらの手を煩わせたくないみたいだ。その隙を突いて臨也が珍しく怪我を負った場合には、私の所に来るんだけど。
 静雄もキレなきゃ他人に好かれそうな奴なんだけどねぇ。臨也がこの世に存在する限り、非常に難しい話ではあるかな。
 ともあれ、教師にすら完全拒否される静雄だが――反して臨也は人付き合いが上手い。って言うか他人を操るのが上手い所為で、臨也を拒否する人間は少ない――、なんとか退学させられる事もなく、彼を含めた僕達はこの春無事二年生に進級した。
 それまでの養護教諭は別の学校に移ったけれど。代わりに赴任してきたのは、まだ大学生くらいに見える男性教諭。噂好きの女の子達によれば、今年で二十五歳になるらしい。うん、見えない。細いフレームの眼鏡を掛けていたけど、あれも童顔を気にして伊達眼鏡を使っているだけのようだ。
「……にしても。今日もまた派手にやってるなぁ」
 始業式の次の日。まだ午前中であるにも拘わらず、こことは別の校舎から学生生活に不似合いな破壊音が聞こえて来た。僕は机に頬杖を突きながら青く晴れ渡った窓の外を眺める。
 さて。赴任してきたばかりの先生はどうするのだろう。前任者のように一年間逃げてやり過ごすのか。もしかしたら一年保たずに何ヶ月かで辞めてしまうかもしれない。そして静雄は今年も一人で無人の保健室通いをする訳だ。
「くあ……」
 春のぽかぽか陽気はとにかく眠気を誘う。私は瞼が下がるのに任せて机の上に顔を伏せた。
 未だ遠くの破壊音が止む気配は無い。








(2010.05.02up)