「時間です。」
象牙色の衣に身を包んだ人物が静かに告げる。 一護は部屋に入って来た者達によって殺気石の手枷を外され、代わりに紅い首輪から伸びる同色の布によって後ろ手に拘束された。 そう。ついに終わりの時が来る―――。 wirepuller 0 (そして終焉への幕が上がる) 一護が連れて来られたのは双極の丘と同様に開けた場所。 均しただけの大地に白い十字架が一つ立てられ、それをぐるりと取り囲むように人の影があった。 その殆どは王族と護衛のための王属特務。 ちらほら有る見慣れぬ姿は中央四十六室の者達だろうか。 「気分はどうだい?」 掛けられた声に、まず一護の周りにいた者達が反応した。 頭の天辺から足の先まで全て同じ象牙色の衣に包まれた六人は一斉に膝を付き、声の主に頭を垂れる。 その様に内心少し驚きながらも一護は前方からやって来た王族と思しき男に視線を向けた。 「流石に良いとは言えませんよ。」 「そうか。それは何よりだ。」 一護の答えに男はニコリと笑う。 胸糞悪い笑みだ。 きっとこの男、霊王に寵愛されていた一護を妬む者の代表格なのだろう。 嫌悪を通り越して呆れてしまう。 こんな時になってまでわざわざ嫌味を言いに来た男の器の小ささに。 だが一護にそう思われているとも知らず――知ったら顔を真っ赤にして怒るに違いない――男は己の背後に視線をやると顎で小さく合図を送った。 (なんだ?) その動作を疑問に思っていると、男は一護へと向き直り「君に見せたいものがあるんだ。」と告げる。 直後、一護が感じたのは“そこに在ってはならない”気配。 「―――ッ!?」 息を呑む一護に男がニタリと嗤った。 「君の最後だ。当然、あの子供にも見る権利はあるだろう?」 (貴様・・・!) 声に出して罵ることも出来ず、一護はギリッと歯ぎしりをして男を強く睨みつける。 男が一歩横に寄って見えた先、そこには二人の王属特務に両脇を固められた幼子の姿があった。 「惣右介、」 「一護様っ!」 二人の王属特務は既に鞘から刀を抜いており、惣右介が一護の元へ駆け寄れぬように・・・それどころか、その場から一歩も動けぬように威圧している。 無理矢理連れて来たとしか思えない。 小さく「ごめんなさい。違うんです。」と繰り返す幼子の姿は誰が見ても哀れでしかなかった。 男は絶句する一護に向かって満足そうな顔を作る。 「あの子供は親戚でさえ寄せ付けなかった君が唯一側に置いていた人間だと言うじゃないか。それなのに君の一番の晴れ舞台を見せなくてどうするんだい。」 そう言った男を一護は今すぐ殺してやりたいと思った。 しかしそれを実行に移せる筈も無い。 惣右介が連れて来られたのは“黒崎一護が誰よりも近しい所に置いていた子供”を人質にするため。 同時に此方への嫌がらせの意も多大に含んだそれは、一護が少しの抵抗も許されないことを示していた。 (こんな事されずとも、刑罰くらい素直に受けてやったさ。) 胸中で毒づくが、現状は変わらない。 奥歯を噛み締めることしか出来ない一護に男は口端を吊り上げたまま、 「それじゃあ、始めてもらおうか。」 と言った。 「―――解。」 六人の処刑人の内の一人がそう呟くと一護の両手を戒めていた布が解かれる。 すると自由になった筈の両腕は瞬時に背後の白い十字架へと吸い付けられて動かなくなった。 しかし白砂鎗の刑がどう言ったものなのか知っている一護にとってそれは驚くべき事ではない。 無駄な抵抗をすることもなく、象牙色の処刑人達に強制される前に手を開いた。 そこにひたりと当てられたのは殺気石から作られた杭。 左右二人の処刑人が槌を振り上げるのと同時に一護は歯を食い縛る。 カァァアン! 「ッ!」 杭へと振り下ろされた槌が甲高い音を立て、それに隠れるように肉の潰れる音。 一護の両手を十字架に縫い止めた杭は白から紅へと変わり、紅い飛沫の一部は象牙色の衣と白い着物の両方に点々と跡を残した。 「一護さ・・・ッ!?」 惣右介が二人の大人を振り切って此方へ走ろうとしたのか。 しかしついに縛道を掛けられたようで、一護の名を呼びきる前にその声さえも途絶えさせる。 こうなっては目を逸らすことすら許されまい。 (もう止めてくれ・・・) 願ってもそれを叶えてくれる者は何処にもいなかった。 王属特務の誰も、直接王族から命を受けた者達にそれを止めさせる権利など持ち得ないのだから。 一護の手に杭を打ち終えた者達は続いて一本ずつ槍を持った。 刃は白銀、柄は紅に塗られて細かな金の装飾が施されている。 刀身の付け根からだらりと垂れ下がった細長い布も同じく紅。 それが六本、一護の斜め前・真横・斜め後ろから静かに刃先を向ける。 (嗚呼、全てが終わる。) この身に満ちるのは無力、喪失、絶望。 一護は目を閉じ、そして囁くように別れを告げた。 「ごめん。・・・サヨナラ、 。」 □■□ 六本の槍が一護の身を貫き、空気を紅く彩る。 刀身はその色を変え、目を口を、喉を肺を、心臓を腹をズタズタに突き破った。 槍を引き抜いた者達の衣は吹き出す鮮血で赤く濡れ、この白と赤との対比のために象牙色が選ばれたのではないかと思えるほど。 しかし次の瞬間、惣右介の目の前で全てが白く弾けた。 (あ・・・あああああああ、) 槍に貫かれた一護の躯は穴の空いた着物を残して全てが白い砂になる。 髪も肌も瞳も、血液さえも。 全てが真っ白な砂となり、さらさらと風に攫われて。 (ああああああああああああ・・・) やめて。やめてよ。 消えないで消さないで持って行かないで!! 惣右介は目を見開いてその光景を眺め続ける。 乾いた瞳に映るのは絶望という名のモノトーン。 極彩色を失った世界で惣右介はピシリと亀裂の入る音を聞いた。 それは縛道を自力で解いた音なのか、それとも―――。 「一護様ぁぁぁあああああ!!!」 慟哭は、やがて全てを終焉へと導く。 |