声も無くぶつかってきた小さな子供。
けれど抱きしめた体は拾った時よりも確かに大きくなっていた。 wirepuller 0 (空を染める色) 刑が執行される当日。 まだ夜も明けぬ時間帯に養い子との再会が果たされたのは王族達の慈悲か。それとも己の立場故か。 しかしそんな事はどうでもいいと一護は衝動の赴くまま小さな体を腕の中に閉じ込めた。 決して愛しい訳では無い。 ほんの少し、気まぐれで拾った子供があまりに良く懐くから予想外に絆されてしまっただけ。 言い訳のようにそう胸中で連ねながら柔い茶色の髪に顔を埋める。 小さな体が怒りもせず、泣きもせず。喜ぶことも、恐れることもせずに。 ただ此方の着物を掴む手の力がぎゅっと強まったと言う事実に一護はようやく吐息を零した。 「惣右介、俺は―――」 「一護様は一護様です。今までも、これからも。」 この子供を連れて来た者が一護の中に潜む虚について話したのだろう。 真実を知った養い子が己を拒絶することなく受け入れてくれたことは純粋に嬉しかったが、ただ後のことを思うと一護の胸には重く暗いものが満ちた。 「もう会えなくなるんだって・・・部下の方から聞きました。」 「うん。」 「詳しくは教えて貰えませんでしたが、これが最後だろうって。」 「うん。」 「処刑には立ち合わない方が良い、とも。」 「・・・うん。」 一護の身に何が起こるのか良く解らずに、ましてやこんな幼い子が立ち合うには惨すぎる刑。 だからこそ一護は、此方を見上げたこげ茶の双眸がぽろぽろと水を溢れさせても、そう答えるしか無かった。 「ど・・・して、」 そう言えばこの子供の泣き顔なんて今まで一度も見たことが無かった。 まろい頬に伝う涙を指で拭いながら一護はふとそう思う。 しかし、最後の最後に泣かせてしまった・・・とも。 「どうして、僕をひとりぼっちにするんですか。一緒にいてくださると・・・ずっと一緒にいてくださると思ってたのに。」 「うん。・・・ごめん。ごめんな。」 残酷にも手を差し伸べてしまった朝を思い出す。 ずっと同じ日が続くと愚かにも信じていたあの日の朝を。 一護の謝罪に対して惣右介が返したのは首を横に振る動作。 現実を受け止められずイヤイヤを繰り返すその様に一護は「困ったな。」と苦笑を漏らした。 「惣右介、仕様の無いことなんだ。」 「嫌です!一護様がいなくなったら僕はどうすれば良いんですか!?」 ―――僕には貴方しかいないのに・・・! 再び一護の胸に顔を押しつけて子供は涙を流す。 その頭を抱え込み、一護はさらりと茶色の髪を梳いた。 「惣右介、それなら俺以外の“誰か”を作れ。俺がこれからお前に与えるものを持って。・・・・・・そうだな、前にも言ったけど死神になるのも良い。真央霊術院に行って、友達を作って。そんで、恋愛もして。いつか自分の全てを賭けても良いくらいの相手を見つけられれば最高だ。」 一護は腕の中で静かに耳を傾けてくれる子供の様子にクスリと笑みを零し、窓の外に広がる夜明け前の空を眺めた。 空が白みだす少し前。 一瞬だけ全てを覆うその色に一護は目を眇めた。 琥珀の双眸に映り込むただ一色は―――。 「・・・藍。」 ゆっくりと空を見上げたこの子の瞳にも自分と同じものが焼き付けば良い。 「この空を染める藍のように・・・美しく、そして気高くあれ。藍染惣右介。」 ハッと此方を覗き込む惣右介に一護は淡く笑いかける。 そう、この名前こそが一番最後の贈り物。 お前がいてくれて俺は幸せだったよ。 |