意識が浮上する。
痛みの消えた体が横たわるのは病的に白い部屋。 身に着けているのは白い着物、そして首に付いた紅い囚人の証。 wirepuller 0 (覚悟の先に在るもの) 「おまけに殺気石の手枷、か・・・」 両手首を戒めるそれに一護の口からは苦笑しか出ない。 思った通り。 虚の力を持った己が尸魂界に受け入れられる筈無かったのだ、と諦めが多大に含まれたままその唇も歪む。 あの時、自分は死んだと思った。 死にたい、とか、死んでも構わない、とか、そう言ったことは一切考えもしなかったが、ただこうなることは至極当然なのだと。 しかし予想に反して自分は生きている。 斬られた場所が良かったのか、その後の処置が良かったのか。 その両方かも知れないが、とにかく一護は生き残ってしまった。 そして、この有様。 寝台の上、一護は上半身だけを起き上がらせた状態で窓の向こうに広がる空を眺める。 室内の明かりが煌々と灯っている所為か、硝子には己の姿がはっきりと映り込み、情けない表情を晒していた。 「・・・ひっでぇカオ。これが王属特務長の顔かよ。」 そう皮肉げに笑えば硝子に映った方も同じく口端を持ち上げる。 しかしその後すぐに一護は窓から視線を逸らし、気持ちを切り換えるように「さて。」と呟いた。 こうして此処に存在するからには今後のことを考えなくてはならない。 それが生きるということだから。 (例えその“今後”が長かろうが、短かろうが・・・な。) とにかくまずは意識を失っている間の出来事を知る術はないかと一護の思考が働き出す。 その時。 「タイミング良いな。」 部屋の外に見知った霊圧。数は三。 呟いた一護の耳に施錠の解かれる音が届き、扉の向こうから思った通りの三人が姿を現した。 「っ、特務長!」 一護の姿を見るなり勢い良く駆け寄って来たのは志野。 殺気石で戒められた此方の手を取り、ぎゅっと握り締める。 顔は伏せられていて判らないが、握られた手から伝わる震えに尋常ならざるものを察し、一護は残る二人を寝台に座ったまま見上げた。 視線が合ったのは翡翠色の瞳。 「・・・お体の具合はどうですか。」 「お前等の顔色よりは良いと思うぜ。」 言って、口元を緩ませる。 一護の目が捉えたのは沈痛な面持ちの副官と此方が哀れに思うほど青ざめた顔の萱島。 どうやらこれからもたらされる情報は最悪なものらしい、と部下達の様子から悟らずにはいられなかった。 (あーあ。惣右介のこと、どうすっかなァ・・・) 気になったのは自身ではなく未だ幼い養い子のこと。 黒崎の姓を名乗らせてはいない――つまり戸籍上は赤の他人となっている――ので余計な罪を被ることはないと思うのだが・・・。 「―――で、俺はどうなんの?」 「ッ・・・」 ビクリと握られた手が大きく震えた。 大体察しが付いている癖にわざと問うなんて酷い奴だ、と一護はまるで己が第三者であるかのように胸中で嗤う。 「死罪?永久追放?それとも幽閉かな。まぁどれにせよ、碌でもないのは確かなんだろうけど。」 「・・・特務長、」 「志野?」 「なんで、そないに・・・そないに簡単に言うてしまえるンですか!?」 「っ、」 「志野、落ち着きなさい。」 掴み掛かってきた志野に萱島から制止の声がかかる。 一護はそんな萱島に大丈夫だと視線で示してから、枷が付いた不自由な手でぎこちなく志野の頭を撫でた。 「簡単、じゃねぇよ。もう既に・・・あの時には覚悟を決めてたから。」 「イヤ。嫌や。特務長はなんも悪いことしてへんやんか・・・!」 ただ皆を護っただけやのに、と絞り出すような声が響く。 だが一護はそんな彼女の頭を優しげな表情で見下ろした後、サッと己の副官へと顔を向けた。 「浦原、俺の罪状と刑罰を。」 「・・・はい。」 一呼吸置いて返事をした浦原が懐から取り出したのは丁寧に三つ折りにされた一枚の紙。 志野も萱島も一護の声で肩を震わせたというのに彼だけが淡々と、しかし何か大きな葛藤を抱えているような様子で成すべき事を成そうとしていた。 「浦原副官、」 「これが私達の仕事ですよ。」 萱島の台詞をピシャリと斬り捨て、浦原はそれに書かれた文章を読み上げる。 「黒崎一護。右の者、虚化およびその秘匿により、尸魂界に仇なす者として白砂鎗の刑に処す。」 「・・・罪状の割には軽い。」 双極にでもかけられて魂ごと消し去られてもおかしくはないと思っていたのだが、実際に与えられた刑罰が予想よりも緩いものだったことに一護は驚きながらそう呟いた。 白砂鎗の刑に処された者はその能力と記憶を厳重に封印された上で輪廻の中へと送り込まれる。 いつ何処に再び生まれるのかは定かではないが、それは誰が見ても極刑より程度の低いものだった。 しかしそれには理由があるようだ。 罪状の書かれた紙を懐に仕舞って浦原が口を開いた。 「貴方の中の虚を消し去ることが我々には不可能だと判断いたしましたので。」 「それで封印、ね・・・」 自分が眠っている間にどうやら色々と調べられてしまったらしい。 そして滅却が不可能だと判った後は残された手段として封印を取ったということか。 更に刑が軽くなった理由として――浦原達がそれを知らされているとは思えないが――きっと霊王からも何か言ってきたのだろう。 あの人物は一護の清廉な魂(と霊王本人が言っていた)を殊の外気に入っていたので、その消滅だけは避けたかったに違いない。 それが例え虚に汚染されているのだと周りの者から告げられたとしても。 (そして幽閉や永久追放にならなかったのは俺の力を恐れたからと、霊王から俺を遠ざけたかったから・・・だろうな。) アイツ等のやりそうなことだ、と霊王の一護への執着に不満を持っていた王族達の様子を思い出し、一護は胸の内だけで小さく呆れて見せた。 「刑の執行はいつ?」 「明日の正午に。」 「早いな。」 猶予期間も与えられないとは、王族達もよく無理を通したものだ。 否、それだけ誰もが恐れているということか。 一護自身に害を及ぼす意志が無くとも、周囲がそう取ってくれるわけではない。 現実として目の前に突き付けられた事実に一護は苦笑し、そして己の秘密を知った今でもこうして慕ってくれる部下達の存在が悲しくなるほど嬉しかった。 「浦原、萱島、志野。」 名前を呼べば三対の瞳が向けられる。 一護は穏やかな笑みを浮かべて言葉を紡いだ。 「ありがとう。」 怖いのは己が消えることではなく、誰かを遺してしまうことだと知った。 |