予兆はあった。
ただ誰も、その結末を想像しなかっただけで。 wirepuller 0 (愚者達が見た悪夢) 「ったく!シャレになんねーんだよ!」 そう毒づき、一護は目の前の虚を斬り捨てた。 しかし次の瞬間にはまた別の個体が立ち塞がる始末。 倒しても倒しても次々と現れる虚達。 それは現世で起こった前代未聞の異常事態だった。 同時刻、出現箇所は複数。 更に一般的に死神が昇華するタイプの虚だけならまだしも大虚であるギリアン、そしてアジューカスまでもが姿を見せている。 当然、護廷十三隊の死神達だけでは間に合わず、特務長である一護を含む王属特務の上層部も討伐に駆り出されていた。 特に危険度の高い、つまり大虚が集まっている地区では一護とその副官である浦原、そして浦原率いる第一班が対処に当たっている。 王属特務のNo.3、No.4である萱島と志野もそれぞれ己の隊を率いて各人の持ち場へ就いていた。 「今までちょくちょくメノスが出て来たのはこれの前触れだったってことかよ。」 「でしょうね。」 漆黒の刀で黒い月牙を放ち目の前に群がる虚達を一掃した直後、呟いた言葉に背後から同意が示される。 そして、とん、と肩に触れる他人の感触。 背中合わせで同時に刀を振るったのは月色の髪を持つ副官だった。 二人の攻撃により一人で対応していた時よりも多くの個体が昇華され、残った周囲の虚達も怯みを見せる。 そんな時、一護の目に一人の死神の姿が留まった。 「―――ッ!?」 ギリアンの向こうに見えた護廷の死神と対峙するのは人型サイズの虚。 それから感じるのは今までとは比較にならない程の霊圧。 (ヴァストローデかっ!) 最上級の大虚を前にしてその死神に訪れるのはただ「死」という未来のみ。 大きく舌打ちし、一護は瞬歩で黒い死覇装の死神の元へと向かった。 一瞬の間を置いて手の届く範囲に茶色の髪をした死神の姿。 そのまま彼の腰を腕に引っかけて大虚の一撃を回避させる。 だが。 「っ、」 右目に走った、頭蓋を貫くような痛み。 そして後はひたすらに焼け付くような熱。 左脇に抱えた護廷の死神は無事なようだが、代わりに一護の右目が完全に潰されていた。 遠くから聞こえるのは己の副官の声か。 焦りを含んだそれに「来るな!」と叫び返し、一護は手に付いた血を舐め取るヴァストローデを左目のみで睨みつけた。 周囲に蔓延するのは死神・虚両方からの悲鳴と血臭。 完全な劣勢ではないが優勢なわけでもない。 そこに加わった己の負傷。 治癒する暇すら与えられない状況で、一護は一瞬の逡巡の後、脇に抱えていた死神を地面へと突き放した。 そしてそれを合図のようにして此方へ向かって来た大虚を見据え、空いた左手を顔の前へ。 (―――覚悟を、決める。) 次の瞬間、一護の顔を覆い隠したのは紛れもなく虚の仮面。 傍らの死神がハッとするのを気配で感じながら、一護は右手に持った漆黒の斬魄刀に己から生ずる虚の霊圧を纏わせる。 「消えろ。」 一閃。 感情の無い声と共に闇色の本流がヴァストローデへ届き、その身は欠片一つ残さず消滅してしまった。 この中で最も禍々しい気配を纏い、一護はゆっくりと辺りを見渡す。 向けられる視線は全て悪意・嫌悪、そして恐怖。 そのことに「やっぱり。」と仮面の中で口元を歪め、一護は悲しげに微笑んだ。 今まで誰にも明かさなかった真実は全ての死神にとって忌むものでしかない。 虚の力を持った死神など・・・。 仮面をずらし、黒の眼球と金の瞳を晒して一護は斬月を握り直した。 どんな視線を向けられようと既に覚悟は決めたのだから。 地面を蹴り、大きく跳躍。 周辺にいる全ての虚を知覚して一護一人だけの討伐が始まった。 シン・・・と辺りは静まり返り、虚の霊圧も全て消え去っている。 虐殺ですらない、本当に象が蟻を踏み潰すかの如く一方的な“討伐”はあっという間に終わりを告げ、圧倒的な強さを見せつけた一護が右目だけを負傷したまま元の姿で立っていた。 一護のすぐ右側からは最初に助けた護廷の死神が刀を握り締めたまま目を見開いて此方を見つめてきている。 彼のこげ茶の双眸に浮かぶのは負の感情のみ。 それは仕様の無いことだが。 ふぅ、と息を吐き出し、一護は視線を逸らす。 『敵』を全て排除し、僅かに気を緩めたその耳にカチャリと鍔鳴りの音が聞こえたのは丁度その時だった。 「死ねぇ!化け物ぉぉぉおお!」 「くっ、」 裏返った声を脳で処理した瞬間、右の死角から突き出された白刃が一護の右腕を縦に切り裂いた。 パッと鮮血が宙に舞う。 そして斬月がガシャンと無様な音を立てて地面に落ちた。 漆黒の刀身へと落ちる血がそれを真っ赤に染め上げ、次いで地面も同色に濡らしていく。 一護は咄嗟に左手で傷を抑え付けるが、その効果は得られない。 見上げた視線の先では錯乱した相手が再度刀を振り上げていた。 嫌悪に歪む顔がまるでスローモーションのようにハッキリと見えるのに、一護に出来たのは嘲笑めいた笑みを口元に乗せることだけ。 「助けた命に殺されるなんてな。」 そして独り言は誰にも届かず、胸に走った灼熱の中に消えていった。 (幼いあの子の顔が脳裏を掠めたのは、その死神が同じ色彩を持っていた所為だろうか。) 嗚呼、なんて愚か。 自分も彼も、全て全て全て。 |