(・・・アカン。もう嫌や。)
部屋に満ちるのは紙に文字を書き付ける音と判子を押す音、その二種類のみ。 そんな中でとうとう書類整理に飽きてしまった志野は手を止めて窓の外を眺めた。 格子窓の向こうでは四角く切り取られた空が蒼一色に染まっており、その青空の下で昼寝でもすればさぞかし気持ちが良いだろうと思えるほど。 目の前を横切って飛んでいく鳥が羨ましい。 「志野、手が止まってるぞ。」 「っ、スンマセン!」 この中で最も高い地位にいる青年の声に志野は慌てて居住まいを正し、再び紙の束との戦いに戻る。 それは本日四度目となる光景だった。 wirepuller 0 (小さく、けれど確かな予兆) そもそも自分にはこのような室内での仕事が向いていないのだ、と志野は思う。 外に出て刀を振り回している方がずっと性に合っているのだ。 それはあの方にも言えることだろう、と考えながらチラリと視線をやった先には白の長衣に身を包んだオレンジ色の髪の青年。 己の、そして同じ部屋で同様の仕事をしている浦原・萱島両名にとっての直属の上司である黒崎一護特務長の姿があった。 一護は志野の視線に気付いているのかいないのか、黙々と書類の山を切り崩しに掛かっている。 その様は一見、一護が机の上で行う仕事に向いていると言っても間違いではないように感じられた――実際、この上司の仕事スピードは常人よりもずっと速い――が、しかし志野は彼の筆の動きが少しずつ遅くなってきているのに気が付いていた。 (特務長も随分お疲れみたいやねぇ・・・) 最近、王属特務の現世への出向が妙に多くなってきた所為で、それ関係の書類も増える一方。 だが増加する大虚の出現のために討伐という名で刀を振るえると言っても、いつも一護があちらへ行くわけではなく、むしろ殆どは一護と顔を合わせたことすら無い程度の者がその役目に就く。 現世での被害は増加、王属特務の出番が多く自分達の所に上ってくる書類の量も増加、その割には体を動かす機会が少ない。 志野自身もそうだが、一護にも相当なストレスが溜まってきていることだろう。 ・・・と、そんな風に考えていた志野の前に一羽の地獄蝶が姿を見せた。 (なんや?) また現世にギリアンでも出たか、と訝しむ。 もしそうなら実際に動くのは己より下の者達で、自分はまた室内に留まる時間が増えることになるのだろうと志野は僅かに表情を歪めた。 だが。 「―――っ!」 地獄蝶の告げた指令にバッと立ち上がる。 「特務長、ウチが行きます。」 「俺も行く。――浦原、萱島。留守を頼むぞ。」 「はい。」 「解りました。」 お気をつけて、という言葉を背に受け、一護が白い長衣を翻す。 志野はその後に続き、部屋を出た。 浦原や萱島が名乗り出る前に一護が素早く立ち上がったことから察するに、やはり彼も書類整理にはうんざりしていたようだ。 前を行く上司の背中を見つめ、志野は吐息だけで小さく笑う。 その傍らには、いつの間にか現れた黒揚羽が二羽。 穿界門を通り、現世へと繋がる道を歩む。 「アジューカスが二、ギリアンが十・・・最近雑兵の数が多なってきたのは確かですけど、とうとうアイツらまで出て来てまうとは。」 「まったく・・・どうなってんだろうな。」 これが一時的なものであればいいのだが、と憂う一護に志野も頷く。 書類を裁くより刀を握っている方が好きだが、やはり結局は何事も無く平穏であることが一番良いのだから。 「・・・だがまぁ、中級が二体程度なら楽勝だ。」 「ほんなら雑魚はウチに任しといて下さい。」 「おう。頼むな。」 そして一瞬で戦闘用に意識を切り換え、二人は門の外へと踏み出した。 視認できた大虚の数は報告通り。 それが上司の霊圧に反応して一斉に此方を向く。 近づいてくる彼らに対し、志野の視界の端で一護がニィと口角を吊り上げた。 「志野、早めに終わったら後で甘味屋に連れて行ってやろうか。」 囁く言葉は余裕の証。 楽しそうに漆黒の刀を構えた上司の横で志野も満面の笑みを浮かべる。 「サッスガ特務長!よぅわかってはるv」 「んじゃ、行くぜ!」 「はいな!」 狂ってきた世界を気のせいだとして、我らは今を楽しむ。 |