僕は幸せが何か知っている。















wirepuller 0 (幸福の定義)















定義その一。太陽を彷彿とさせる橙色の髪が手の届く位置にあること。


(ちょっと早過ぎた・・・)

目覚めると部屋がいつもより暗かった。
夜明け直後の世界。
ゆっくりと明るくなっていく中で、惣右介はすぐ近くにある青年の寝顔を見つめる。

髪と同じ夕日のような色をした睫が頬に影を落として少し神秘的。
普段は下から見上げるしか出来ないが、青年がしゃがんでくれた時やこうして眠っている時だけは同じ目線で彼を見ることが出来た。
いつも撫でられてばかりいる髪も、今だけは逆にこちらがその橙色の中へ指を潜らせることが出来るに違いない。
もしそれで青年が起きたとしても彼は惣右介に微笑むだけで決して不機嫌になったりしないだろう。
それが分かるくらいには一緒にいた筈だ。
長くはないが短くもない、そして大切な年月を思い出し、惣右介はクスリと表情を崩した。

「・・・ン、」

くしゃりとシーツの皺が動いて小さな呻き声が上がる。
日は大分地上に顔を出したようで、橙色の髪も睫も陽光を浴びて更に鮮やかさを増していた。


定義その二。琥珀色の双眸がこちらを向いていること。


どんな宝を目にする瞬間も、瞼が持ち上がり甘い色をした二つの瞳が現れる様には敵わない。
少しの不安と大きな期待。
そして開ききった双眸に自分が映り込んだ時の優越感。

やや寝惚け気味な瞳は一度ゆっくりと瞬きをして、今度はしっかりと惣右介の姿を捉える。
今まで幾度となく経験してきた瞬間であるにもかかわらず、惣右介は琥珀の中に自分を見つけてトクリと鼓動を跳ねさせる。
その胸は青年が目を覚ます前より確実に満たされていた。

(でも、まだ・・・)

まだ足りない、と心が求めている。
それは贅沢な渇望だ。
更に与えられることを知ってしまった身は、けれどその渇望を止められない。


定義その三。優しく耳朶を打つ声が己の名を呼ぶこと。


惣右介を捉えた瞳はそのまま穏やかに弛められ、口元はゆるりと弧を描いた。

「お早う。惣右介。」
「おはようございます。一護様。」

名前を呼ばれるだけで嬉しいなんてどうかしている。
そう思っても喜ぶ己は現実にいて、惣右介は胸中でほんの少し苦笑を漏らした。

「今日は早いな。」
「自然と目が覚めてしまったんです。」
「どうせ何処にも行かねぇなら昼まで寝とけば良いのに。」
「っ、僕は一護様と一緒がいい。」

言い切って、その後思い出したかのように「です」を付け足す。
だがそんなことはどうでも良く。
惣右介の台詞をはっきりと聞いてしまった一護はきょとんとした表情でこちらを見ていた。

「ええっと、つまりですね・・・」

一人で朝ご飯食べても美味しくないじゃないですかいってらっしゃいって言いたいんです昼まで寝てたら時間が勿体無くありませんか一護様と一緒の時刻に起きるといわゆる三文の得な時間帯ですし・・・エトセトラエトセトラ。

対一護限定で悪くなる頭の回転に窮していると、ばっと掛け布団が動いて一護が起き上がった。

「い、一護様・・・?」
「そうか。」
「?」

惣右介は寝転んだ体勢のまま一護を見上げる。
いきなり一人で納得したようにうんうんと頷いて、「それじゃあアレは・・・」等と惣右介にはちっとも解らないことを呟いていた。

「・・・一護様、」

「なァ、惣右介。」
「あ、はい。」

くるりと振り返った琥珀の双眸に捕らえられ、惣右介は条件反射のように返事を一つ。
一護が向けてくるのは怒っているのではなくそして笑っているのでもなく、ただひたすらに真剣な表情で。
上半身だけ起き上がらせた惣右介はごくりと息を呑む。

「なんで、しょうか・・・」
「この屋敷を出て、真央霊術院に行くのは嫌か?」
「え、」

紡がれた言葉に呼吸が止まった。
もう自分をこの場所に置いてはくれないのか、と。

「幸い、お前は人並み以上の霊力を持ってる。それに元来、頭も良い。だったらこんな所で日がな一日潰してるよりも、もっと有意義な―――」
「嫌ですっ!!」

叫ぶと同時に一護の寝間着へ縋り付いた。
捨てないで。傍にいさせて。
決してこの屋敷を追い出される訳ではないと解っていても、そしてこの提案が己のことを考えてくれるからこそのものだと理解出来ていても。
それでも、一護の側を離れるのは惣右介にとって身を引き裂かれるよりも辛いことだった。

「惣右介・・・」

縋り付く惣右介に上から声が落ちてくる。
悲しんでいるような、喜んでいるような、困っているような・・・そんな声が。

「嫌です。この屋敷を出るなんて。一護様のお側から離れるなんて。」
「うん。・・・そうだな。俺と一緒が良いんだよな。」

そう言って惣右介の髪を弄る指は酷く優しい。
今のは無かったことにしてくれ、と苦笑と共に囁かれ、惣右介はコクリと小さく頷いた。

「さぁ、朝飯にするか。」
「・・・はい。」

縋り付く手を離し、布団を抜け出す。
そして立ち上がった惣右介の前にスッと差し出される大きな手。
一体何かと見上げれば、にこりと微笑む一護の姿が。

「ほら。一緒、だろ?」
「っ、はい!」

一護の手を握り締め、惣右介は満面の笑みを浮かべた。



















幸せとは、つまり貴方のお側に在ること。






















一緒の布団で寝てるよこの人達・・・!(羨ましい)


(2006.09.08up)
















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