黄昏時。
逃げる影は三つ。 追いかけるのは自分一人。 wirepuller 0 (沈殿してゆく違和感) 「随分と逃げ足の速いことだ。」 呆れと感心が入り交じった呟きを零して浦原は前方の影を追う。 逃げるのは三人。 いずれも浦原とよく似た制服を着ており、彼らが王属特務の一員であることを示していた。 しかしそれも先刻までのこと。 大罪を犯した彼らにもう属すべき所は無い。 (有能な子達だったんですけどねぇ・・・) かつての部下を思い、浦原は小さな苦笑を浮かべる。 有能“だった”彼らが犯した罪とは『霊王の暗殺』。 とは言っても完璧な未遂だったが。 計画を立てていたことが浦原達上層部に知れて逃走する羽目に陥ったのだ。 浦原達が彼らの計画を知ったのは数刻前。 そして直ちに捕縛もしくは殺害という命が浦原一人に下されていた。 本来なら二人以上で任務に当たるのが望ましいのだが、浦原の下にいる萱島と志野の二人は書類整理に追われており、また上官である青年は午後から非番で不在。 したがって(別に己一人でも支障はないと思われたので)浦原のみでこの任務を遂行することになったのである。 現在逃走劇の舞台になっているのは郛外区でも治安の悪い“戌吊”。 刀を振り回し道行く人々を脇に下がらせながら逃げる三人は、どこからどう見ても立派な悪人でしかない。 郛外区になど滅多に姿を見せない王属特務だというのに、現れた時に限ってこんな姿を見せることになるとは・・・と浦原は制服姿のまま逃げる者達を恨めしげに睨んだ。 (そろそろ終わらせないといけませんね。) 本気で行きますよ、と角を曲がった背に胸中で告げ、浦原は力強く地面を蹴る。 そして自分も角を曲がると―――。 「ガハッ・・・」 ドサリ 血飛沫を上げて崩れ落ちる元部下とその前に斬り捨てられていたと思われる残り二人の姿があった。 目を見開く浦原の足下へと血溜りは急速に広がっていく。 紅色のそれが己の履物を汚すのも構わず、浦原はただ立ちつくすのみ。 口から出るのは三人を斬り殺した人物の役職名。 「特務長・・・?」 「お疲れサン。」 非番の筈の上官が白の長衣を纏って微笑んでいた。 「何故こんな所に、」 「ちょっと野暮用でな。」 漆黒の長剣に付着した血糊を振るい落とし、そう告げる姿に何も常と変わる所は無い。 己どころか相手の血すらその着衣に染みを付けることも能わず、鞘に納められた刀の柄でシャラリと鳴る鎖の音色は涼やか。 それでも何か違和感を覚えた浦原は無意識に眉をひそめた。 既に「野暮用」と答えられてしまったのでそれ以上何かを問うわけにもいかない。 その所為か、浮かべられた微笑は「無用な詮索はするな」と言っているようにも感じられた。 「そうですか。・・・それじゃあ、私はこの三人について報告書を書いたりしなくちゃいけないんで。」 「おー・・・って、明日俺がそれを拝むことになるんだよな。」 「そうですね。やった事がやった事だけに少し多くなると思いますよ。」 違和感を無視してそう言えば、青年は「うへぇ」と年相応の顔をする。 「あ。そう言やァ、コイツら一体何やったんだ?お前が追いかけてた位だから殺害許可モノだと思ってやったんだけど。」 今はただの肉塊に成り果てた三人を指差す一護。 しかし浦原は上官の所に連絡くらいは行っているものと思っていたので、彼の青年が何も知らなかったという事実に驚いた。 「御存知じゃなかったんですか・・・?」 「ん?・・・ああ。」 「・・・・・・」 「浦原?まさか殺したのは拙かったか?」 「いえ、そんなことはないですよ。彼ら、暗殺の計画をしてましたから。」 「誰の・・・?」 「霊王です。」 ハッと息を呑む気配がしたと思ったのだが気のせいだろうか。 「そうか。」と平静な態度で返す一護に可笑しな所は無い。 「それなら殺されても文句は言えねぇな。・・・あ、でもやっぱ拙った。」 申し訳なさそうな顔をして一護が浦原を見た。 その理由が分からず、浦原は疑問符を浮かべる。 「何かありましたっけ?」 「何かって・・・。お前の奥方、臨月だろう?血の臭いなんてさせてたら・・・」 「あぁそうでした。」 「そうでした、じゃねえよ。」 ―――しっかりしろよ。お父さん。 呆れたようにそう言って笑う上官に浦原もつられて苦笑を漏らす。 別に妻が妊娠中であることを忘れていたわけではないのだが、まぁそう言われればそうかもしれない。 けれどその辺の男共よりも男前(漢前?)な彼女のこと、多少の血臭など気にしないのではないだろうか。 そう告げると上官からは「確かにそうかも・・・」と失笑が返ってきた。 「美人で上品。だけど快活なところもある人だしなぁ・・・。また訪ねさせてもらっても良いか?」 「ええ。黒崎特務長なら細君も喜びます。」 それは御世辞ではなく本当のことで、伝えた時の妻の笑顔が目に浮かぶ。 「・・・何か暗くなってきたな。」 「本当ですね。それじゃあ戻りますか?」 「ああ。俺はこっちから帰るけど、」 「私はまだ少し別件も残っていますので。」 「そっか。引き留めて悪かったな。・・・じゃ、お先に。」 「はい。」 瞬歩を使ったのか、別れを告げると青年の姿は一瞬で掻き消えた。 「屋敷で待ってる子供がいますからね。」 直接会ったことは無いが話を聞いている子供の存在を思い出し、浦原は小さく微笑む。 そして一護が向かったのとは別の方向へと足を踏み出した。 気付いてあげられない、このもどかしさ。 |