子供を拾って変わった日常。
子供を拾っても変わらなかった日常。 wirepuller 0 (諦めは絶望を過ぎた後にやって来る) その命令はいつも突然で、毎度気分を憂鬱にさせる。 縁側から舞い込む地獄蝶を指に留まらせ用件を聞いた一護は、見上げてくるこげ茶の双眸へと困ったように笑みを浮かべた。 「悪ィ。なんか仕事みてーだ。」 「一護様・・・」 今日は昼から非番の筈だったのに。 何の前触れもなく共に居られる時間が奪われたのを悲しんでくれているのだろうか。 眉根を寄せる惣右介の頭を撫でながら、一護は「ごめんな。」と囁く。 その目の前を用は済んだとばかりに黒揚羽がヒラヒラと通り過ぎた。 まるで尾のように、その後に続くのは輝く鱗粉。 「・・・・・・また、霊王ですか?」 小さくともハッキリした声に心臓がドクンと大きく脈打つ。 その指摘は正しい。 飛んで来た地獄蝶は霊王から直接命令を伝えるためのもの。 他とは微妙に違う羽の模様にこの子供は気付いてしまったのだろう。 まだその幼さ故に一護が“何のために”呼ばれたのかまでは考えが及ばずとも。 「僕、霊王が嫌いになりそうです。」 ―――僕から一護様を取り上げてばっかりだから。 その呟きに一護の表情も緩む。 「そう言うなって。」 「だって本当のことじゃないですか。」 「確かにそうだけど・・・」 子供っぽい(と言っても惣右介は正真正銘の子供だ)言い様が一護の苦笑を誘う。 けれど同時に後ろめたさも。 己の慕う人物が何をしに王宮へ出向くのか。 それを知ってしまったら子供は軽蔑するかもしれない。 (まぁ軽蔑されたらそれはそれ。別に元々好かれたくて拾ったわけでも無ェし。) ただ好かれていれば此方が「可愛い奴」と思えるだけだ、と言い訳のように胸中で呟く。 ほんの少し「寂しい」と思う気持ちに気付かぬふりをして。 結局のところ、自分を含めて誰がどう思おうと行かなければならないことに変わりはないのだし。 体中を這い回る指の感触にもすっかり慣れた。 いつ啼けば、どう動けば相手が悦ぶのかも熟知している。 己に覆い被さる人物の背に腕を回して一護は小さく声を上げた。 与えられるのは確かに快楽だ。 しかし頭では驚くほど冷静にそれをただの情報として処理していく。 そして導かれる感想は―――。 (・・・くだらない。) 抱くための女なんて幾らでも居るくせに、とその人物の肩越しに天井を眺めながら胸中で吐き捨てる。 此処は王宮、その最深部。 もっと詳しく言ってしまえば“霊王の寝所”だ。 霊王は時にこうして一護を呼びつけてはその身を抱く。 それは一護が惣右介を拾う前どころか王属特務長に就任する前から行われてきたことで、一朝一夕の関係ではない。 けれど一度として一護が本気で全てを明け渡したことも無かった。 相手はどうか知らないけれど。 とにかく一護はこれも一つの任務として対応する。 報酬も何も無いが、従わなければ“明日”が無い。 また一つ大きな突き上げがあって一護は嬌声を上げる。 今度はそれと同時に縋り付く指の力も僅かに強めて。 爪は立てない。 何せこのお方は『霊王』なのだ。 傷など負わせてはならない。 己の状態に一護は自嘲の笑みを浮かべた。 こんな姿、部下にも養い子にも見せられないな・と。 霊王と一護の関係を知っているのは一部の王族達だけだ。 きっと彼らも面白くないに違いない。 一護の知らないところで「黒崎の若造が・・・!」とか「霊王を誑かした悪人め」等、色々言っているのだろう。 それらしい話が耳に入ってきたこともある。(もしかしたら嫌がらせの意味を込めてわざと一護の耳に入るよう仕向けたのかもしれないが。) 相手から見えないのを良いことに、一護は自嘲の色を更に深めた。 そしてゆっくりと目を閉じる。 訪れた暗闇の中、思い出す『誰か』の顔など無い。 今思い出してしまっては、きっと一護の中に居るその『誰か』が穢れてしまうと思ったから。 この身のどれほど穢らわしいことか。 今は「ごめんね」と謝る相手すらわからない。 |