我らは死神。
『神』の名を冠す、死を司りし者。















wirepuller 0 (与えられる全てが「絶対」)















「“神様”ってことは偉いんですか?」


某月某日、晴天。
養い子の素朴な疑問で一護の休日は始まった。


「唐突だな。」
「昨夜お訊きしようと思ったんですが、一護様、疲れていらっしゃったようなので・・・」

つまりこの子供にとって今の質問はそれほど唐突な物でもなかったということらしい。
一冊の本を胸に抱き、此方を見上げてくる子供もとい惣右介の頭を撫でながら、一護は「お気遣いどうも。」と苦笑した。

「それにしても神様、ねぇ・・・惣右介が言ってんのは“死神”のことで良いのか?」
「はい。古今東西、唯一神から八百万の神まで色々違いはありますが、現世の人間は大抵“神”を尊いものとしています。・・・それなら神と名の付く死神も―――。」

尊い存在なのでしょうか、と子供は頭を悩ませる。
既に死神になってしまった者達では思い付きもしない問いを真剣に考える様は見ていて微笑ましい。
文字を教わった惣右介は絵本から始まって、持ち主である一護ですら投げ出したくなるようなお堅い本まで節操なく手を出していた。
そして何か疑問に思えば一護に問うてくるのだ。
彼の抱えている本から察するに、今は哲学系の物を読破中なのだろう。

(こりゃあ微笑ましいが答えんのも大変だな。)

一般知識や一般教養ならそれなりに対応出来るのだが、哲学まで範囲が広がると些かたじろぐ。
どうしたものかと考えつつ、とにかく一護は腰を下ろした。
隣には惣右介を座らせ――身分の差とやらを気にしてか、小さな抵抗があった――「これはあくまで俺の考えなんだけど、」と切り出す。

「死神だろうが何だろうが、全ては尊くまた同時に卑しい・・・と俺は思ってる。」
「尊いのに卑しい・・・?」

矛盾した言葉に惣右介が不思議そうな顔をする。
一護は「そうだ。」と頷くと薄く笑んで続けた。

「死神で言うと・・・まぁ例外も無い訳じゃねぇけど、郛外区の人間から見れば瀞霊廷に住む死神は特別な力があって、虚という化け物をその身一つで殺すことが出来る・・・言うなれば憧憬と畏怖の対象。でもその一方で力を持つ故に傲り高ぶる死神は悪意と嫌悪の対象でもある。」

―――何にでも二面性があって決して「どちらか」という訳ではない。だから尊いか否かもハッキリと決めることは出来ないのではないだろうか。
そう締め括ると子供は少し考えるような素振りを見せた後「それなら、」と口を開いた。

「霊王も尊く・・・そして卑しいのですか?この世で最も尊いとされるお方も。」
「あはは。痛いトコ突くなぁ。」

惣右介は本当にただ疑問に思ったことを言っただけなのだろうが、“王属特務特務長”がそれを認めてしまうと霊王に対する反逆罪になりかねない。
一護の表情を見てその事に気付いたのか、子供はハッとして己の口を手で押さえた。

「す、すみません。出過ぎたマネを・・・」

そして慌てたようにそう言い、俯いてしまう。
一護はそんな養い子の様子に小さく笑みを浮かべ、癖のある茶色い髪に指を絡ませた。
小柄な身は一瞬ピクリと肩を震わせたが、差し込まれた長い指が叱責を意味する物ではないと分かると、緊張状態を解いて安心しきったものになる。
その頭を急に引き寄せ、「わっ!」と驚きの声を上げる子供の耳元へと一護は素早く囁いた。


「霊王も一緒さ。」


「・・・え?」

口角を上げてこげ茶色の双眸を見返す。

「“尊き者はまた卑しき者よ。いくら天を目指そうと決して天には立てぬのだ。嗚呼、何たる悲劇。耐え難き現実いまか。天の座は空白のまま。我らは悔いることしか出来ぬ。ただ己が尊さと卑しさを。”」
「・・・何かの本の一節ですか?」

暗記した文章をそのまま告げたような一護の口調に惣右介が問う。
その顔には驚きと、こんな事を言っても大丈夫なのか・という不安が見え隠れしていた。
一護は「何の本だったかは忘れたけどな。」と言って苦笑し、再び惣右介の茶色い髪を梳き始める。

「そんな顔すんなよ。誰も聞いちゃいねェんだから大丈夫だって。」

言外に「お前は秘密にしてくれるんだろ?」と告げれば、不安に染まる幼い顔も途端に破顔した。
まだまだ単純というか、純粋というか・・・。
可愛いモンだと胸中で呟いて、片手を“髪を梳く”ではなく“頭を撫でる”に切り替える。

「と言うことで、本日の疑問は解決したかな?」

惣右介君、と付け足して何処ぞの教師のように振る舞えば「はい!」と元気な返事が返ってきた。
それに微笑み、腰を上げる。
手を差し出せば、一瞬の逡巡の後、小さな手が重ねられた。

「今日は何処に行きたい?」
「一護様と一緒ならどこでも大歓迎です。」

はにかむような笑顔と共に。



















異常なまでの信頼は、きっとその幼さ故なのだと。






















青年から与えられる言葉も行動も、その全てが子供には絶対で。

そして唯一だった。


(2006.08.15up)
















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