「王属特務、黒崎一護。命により参上致しました。」

目の前には重厚な扉。
たった一人のために設えられた部屋の前で視線を正面に向け、背筋を伸ばす。
程なくして扉はゆっくりと開き、鮮やかな橙色の髪を持った青年が中へと歩みを進めた。
白い長衣の裾がフワリと遅れて続く。
そして立ち止まり、一礼。

「何か御用でしょうか・・・霊王。」

顔を上げ、琥珀色の双眸が見据える先にはこの世界で最も尊い人物が悠然と笑みを浮かべていた。















wirepuller 0 (腐臭と血臭の中で全ての歯車が動き出す)















白は集団における頂点の証。
暗闇に紛れぬその色の裾をはためかせて一護は地を蹴っていた。

灯り一つ無く、けれども嫌な腐臭と鉄臭が鼻を突くこの地区の名は更木。
尸魂界の中心部・瀞霊廷を取り囲む郛外区の中でも最低ランクの土地である。
そこに住まう者達は皆、人というより獣に近く、この不快な臭気の根源が日々飽きることなく生み出されていく。
だがある所まで来ると一護は足を止め、肺一杯にその空気を吸い込んだ。

「・・・此方の方がずっとマシだ。」

呟く言葉は小さく、そして幾分自嘲気味に。
霊王が住まう王宮に出向いた時はいつもこうだった。
毎度、王に呼び出された帰り、一護は郛外区の中でも特に治安の悪い地域へと足を運ぶ。
それは呼吸をするため。

王宮あそこは空気が清み過ぎている。)

この世界で最も尊い存在が住まう場所は異常なまでに浄化された空気で包まれていた。
本当に何もない。
この地のように物が腐る臭いも流された血の臭いも、そして生きている人間のニオイも。
死後の世界でそう考えるのは可笑しいのかもしれないが、確かに此処では生きるニオイが感じられた。
けれど王宮の空気はそんな物すら無いのだ。

「皮肉なモンだな、俺も。あの空気に馴染めないまま“王に最も近い者”とは・・・」

血生臭い夜風に髪を掻き混ぜられながら、くつり、と嗤う。
黒崎一護。王属特務特務長。そして“鍵”の保持者。
嗚呼、なんて皮肉なことだろう。

くつりくつりと低く嗤い、一護はもう一度大きく息を吸い込んだ。











そろそろ帰るか、と一護は己の屋敷がある瀞霊廷の方向に顔を向ける。
帰ったら湯殿でこの身に付いた血臭やら何やらを全て洗い流してしまわなければならない。
やることを考えながら億劫そうに溜息を一つ。

「加えて一人連れ帰っちまうしな。」

他人が聞けば意味不明な台詞を吐き、一護はおもむろに足元を見た。
その口元には微かな笑みを刻んで。

「生への執着がそこまで深いのも見てて気持ち良い。・・・だから、」
(助けてやるよ。小僧。)

視線の先には白い袴を握り締める薄汚れた小さな手。
それに続く腕、肩、胸・・・と全身が一護の纏う白と対称的に汚れており、おまけにぐったりとしている。
けれど握る手の力は強いまま。
これは一護が立ち止まってしばらく後、近くにやって来た人影に気づいたこの少年が這って辿り着き、そして力尽きる寸前、目の前の袴に手を伸ばしたのだ。
そして意識が無くなってもそれだけは放さずに。

袴に土が付くのも構わず、一護は膝を折った。
布を掴む指を一本一本優しく外し、小さな体を抱き上げる。

「うっわ。ガリガリ。」

着物の上からでも判る、浮き出た肋骨。
あまりの細さに軽く目を見開いた。
こんな状態で生きている。それが此処。
本当に王宮とは違う、と呟いて一護は地面を蹴った。



















全ての始まりは偶然と気まぐれ。






















「王に最も近い者」は次期霊王候補と言う意味ではなく、霊王の側近と言う意味で取っていただければ。

あと、一護の衣装は破面(ウルキオラ)っぽい感じで。・・・それよりちょっと豪華かな。


(2006.08.13up)
















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