黒崎師匠(せんせい)
「一護っ!」
場所は一護が住む屋敷の庭。 そう言って縁側で寛ぐ一護に飛びついて来たのは茶色い髪の少年・・・ではなく、漆黒の髪に褐色の肌をもった少女。 将来を予兆させるような軽い身のこなしでこちらの上半身にしがみつくその少女の金色の目を見つめ返し、一護は双眸を眇める。 「ご機嫌麗しく、四楓院のお姫様。今日はどうしたんだ?」 「うむ。今日は一護に見せたいものがあるのじゃ!」 少女―――四大貴族四楓院家の次期女当主・夜一は大きく頷いて答えた。 高い位置で括った髪と一緒に揺れるのは見覚えのある組紐。 確か彼女の誕生日に自分が贈った物だったなと数ヶ月前のことを思い出しながら、一護はまだ自分の何十分の一しか生きていない少女の幼い動作に微笑ましさを覚える。 「俺に見せたいもの?」 「そうじゃ!ちょっとそこで見ていてくれぬか。」 「ん?ああ、わかった。」 さて、一体何が始まるのだろう。 そう独りごちながら、するりと一護の腕から離れて距離を取る夜一の背を見送る。 幼いながらもしなやかに伸びた背は将来のために修練を積む者のそれだ。 (・・・もしかしてあれかな。) 同じ尸魂界を代表する貴族の当主(片方は『次期』当主だが)であり、また数年前から己にとっては弟子でもある彼女の性格を鑑みれば、夜一がこれから見せてくれるものに何となく予想がついた。 現在、一護が死神の基礎を教えている者は三人いる。 一人は勿論、一護が拾った子供・惣右介。 もう一人はこの目の前の少女・夜一。 そして三人目が――― 「おや、夜一サンたらこんな所にいたんスね。」 そう言ってひょっこりと顔を出し、少し離れた所で精神を集中させ始めた夜一を一護と同じように見遣る少年。 惣右介よりも幾らか年下(夜一と同じ年頃)のその少年こそが、一護が指導する三人目・浦原喜助だった。 「あれ?お前まで来てたのか。」 「こんにちは、一護サン。いつも父親がお世話になってます。」 「こちらこそ世話になってるよ。」 苦笑いし、大人びた言い方をする少年に返す。 この少年、姓が示す通り一護の副官である『浦原』の実の息子であり、かつてその誕生に一護も立ち会ったあの子供である。 公私共に関わりのある浦原家の子息ということもあって父親(つまり一護の副官)から直々に戦い方を教えてくれまいかと頼まれたのだ。 閑話休題。 惣右介と、少し齢が離れて喜助と夜一。 この三人はどうやら一護の知らぬうちに互いを好敵手と認め始めたらしく、ここ最近は特に競い合う姿勢を見せていた。 ただしやはりそれぞれ得意なものは異なるわけで、はっきりと優劣を付けることは出来ない。 そのため彼らは時に一対一で対戦してみたり、師である一護の元を訪れて磨いた技を評価してもらったりといったことをするのである。 「つまり、今日ここに来たのは新しい技を考え付いたってわけだ。」 「みたいっスね。」 己が黒崎邸を訪れた理由はさておき、喜助が完璧に観覧者の姿勢でそう答えた。 二人の視線の先では夜一が未だ静かに目を瞑り、大きな動きは見せていない。 だが霊圧が徐々に高められているのは確かに感じられて、興味が惹かれているのは隠すつもりもなかった。 (夜一さんが得意にしてるのは体術系と鬼道・・・それを合わせてきたのか?) じわりじわりと慎重に練られていく霊圧にそう予想する。 ちらりと視線を横にやれば、幼いながらも優れた分析力を持つ傍らの少年も友人でありライバルである少女の様子に真剣な眼差しを送っている。 もしかしたら自分と同じことを考えているのかも知れない。 一護が胸中で独りごち、再び少女に顔を向け直したその瞬間。 「はぁっ!!」 ドン!と大きな音と共に少女の双肩から腕にかけて目に見えるほどの霊圧が迸った。 伸ばされた腕の先にあった地面にはかなりの大きさの穴が開き、彼女の放ったそれが立派な攻撃手段であることを示している。 「・・・ほう。」 「へぇ。」 庭の大穴を見遣り、一護と喜助は共に感嘆の息を漏らした。 一撃を終えてこちらに向き直った夜一は、一瞬いつの間にか現れていた友人の姿に目を剥くも、すぐに一護へと金色の双眸を向けて自信たっぷりに笑みを浮かべる。 「どうじゃ一護!まだ試作中なのじゃが、わしはこれを『瞬閧』と名付けようと思っておる。」 「なるほどな。白打と鬼道の合わせ技ってところか。」 「おお!さすが一護じゃ!」 一護が言い当てると夜一は嬉しそうに顔を綻ばせ、こちらに見せるよう腕を掲げた。 「鬼道と共に拳や蹴りを相手に叩き込む。わしに適した技だと思わんか?」 「確かに。でも本当よく思いついたな、オリジナル技なんて。」 「存分に褒めてよいぞ!」 「うん、凄いな夜一さんは。」 近付いて来た夜一の頭をそう言って撫でれば、彼女は猫のように金眼を眇めてそれを受ける。 だがここにもう一人いることを忘れてはならない。 少女と一護の様子を無言で眺めていた喜助は中々夜一が一護から離れないことに、徐々に眉根を寄せていき、終いには我慢出来ずぼそりと呟いた。 「あんまりその無い胸で誇らないでくださいね、夜一サン。」 その瞬間、空気が凍ったと後に一護は語る。 その後の惨劇は推して知るべし。 ただ、遣いから帰って来た惣右介が黒崎邸の庭のあまりの荒れように一瞬気絶しかけたとだけ言っておこう。 |