分岐点
「ったく!シャレになんねーんだよ!」
そう毒づき、一護は目の前の虚を斬り捨てた。 しかし次の瞬間にはまた別の個体が立ち塞がる始末。 倒しても倒しても次々と現れる虚達。 それは現世で起こった前代未聞の異常事態だった。 同時刻、出現箇所は複数。 更に一般的に死神が昇華するタイプの虚だけならまだしも大虚であるギリアン、そしてアジューカスまでもが姿を見せている。 当然、護廷十三隊の死神達だけでは間に合わず、特務長である一護を含む王属特務の上層部も討伐に駆り出されていた。 特に危険度の高い、つまり大虚が集まっている地区では一護とその副官である浦原、そして浦原率いる第一班が対処に当たっている。 王属特務のNo.3、No.4である萱島と志野もそれぞれ己の隊を率いて各人の持ち場へ就いていた。 「今までちょくちょくメノスが出て来たのはこれの前触れだったってことかよ。」 「でしょうね。」 漆黒の刀で黒い月牙を放ち目の前に群がる虚達を一掃した直後、呟いた言葉に背後から同意が示される。 そして、とん、と肩に触れる他人の感触。 背中合わせで同時に刀を振るったのは月色の髪を持つ副官だった。 二人の攻撃により一人で対応していた時よりも多くの個体が昇華され、残った周囲の虚達も怯みを見せる。 そんな時、一護の目に一人の死神の姿が留まった。 「―――ッ!?」 ギリアンの向こうに見えた護廷の死神と対峙するのは人型サイズの虚。 それから感じるのは今までとは比較にならない程の霊圧。 (ヴァストローデかっ!) 最上級の大虚を前にしてその死神に訪れるのはただ「死」という未来のみ。 大きく舌打ちし、一護は瞬歩で黒い死覇装の死神の元へと向かった。 一瞬の間を置いて手の届く範囲に茶色の髪をした死神の姿。 そのまま彼の腰を腕に引っかけて大虚の一撃を回避させる。 「っ貴方、は・・・!」 「よう、怪我はねーか?」 「は、はい!」 やや癖のある茶髪のその人物は、一護の所にいるあの子供とは違い、空色の双眸を見開いて慌てたように返答した。 その威勢の良さに大事はないと安堵して一護は彼を下がらせる。 見据える先に居るのはヴァストローデ級虚。 「お前がこいつらを率いてる虚か?」 未だ周囲にうじゃうじゃと形容したくなるほど存在している虚達を顎で示し、一護が冷たく告げる。 その冷めた声はつい先程、己が助けた死神に向けた声音からは全く考えられないものだ。 しかし常に無く冷え切った気配を纏い始めた一護にその人型の虚が怯む様子は見られず、にやりと口端を持ち上げて肯定の言葉だけを返してきた。 「そうか。・・・それじゃあ、さっさとお前を倒して終わりにしようか。」 「ただの死神ごときが。わたしに敵うと思うな!」 一護の物言いにヴァストローデも流石にきつく言い放ち、おそらく武器であろう鋭く長い爪を眼前に掲げる。 周囲に溢れ出した霊圧は一般の死神ならその場で失神しても可笑しくないほど。 しかし生憎、一護やその補佐としてついて来た浦原は「一般」の言葉で括られるような人種ではない。 危うくなればいつでも加勢出来るよう気配を張り詰める副官を横目に捉えながら、一護はふっと淡く笑みを浮かべた。 己の副官はあくまでも“念のため”のもの。 それを男自身も判っているはずで、翡翠色の目には心配ではなく信頼が宿っている。 (負けるかよ。俺にはちゃんと帰ってやらねぇといけない場所があるんだしな。) 脳裏を過ぎるのは自分達が仕事場としているあの部屋、己が良く出掛ける場所。 そして、茶色い髪の子供が居る家。 ―――もう気付かないフリは出来ない。 あの子供を思い出させる死神の危機に一瞬、特務長――この場を纏める長――としての己を忘れて、ただその色の持ち主を護るためだけに駆け出していた。 それほどまでに今の自分はあの子を、惣右介をかけがえのない存在だと認識しているのだ。 己の中に巣食う者を始めとし、バレれば地位が危うくなるだろう諸々のことを理解していながらも、一護は前を見据えてはっきりと告げる。 「その余裕、完膚なきまでに叩き壊してやるから覚悟しな。」 自覚したからには、大切なものはとことんこの腕で護ってやる。 そう言って漆黒の斬魄刀を構えた一護に味方するかの如く、風が力強く白の長衣をはためかせた。 「一護様!おかえりなさい!!」 現世から帰還し、王属特務の長としての仕事をこなして帰宅すれば、深夜であるにも関わらず扉を開けて一番に声変わり前の子供の声で迎えられた。 自然と漏れ出て来る笑みをそのままに一護はぶつかってきた小さな身体を抱きとめる。 「ただいま、惣右介。」 するりと零れ出るやわらかな声音。 そんな自分に内心少しばかり驚きつつも、今は愛しい幼子を抱きとめる腕に力を込めた。 大規模な討伐であったことは既にこの子供―――惣右介も知っていたことで、おそらくかなり心配させてしまったことだろう。 しかし戦闘で負った傷は跡形も無く治癒させ、これ以上惣右介に苦しい思いをさせずに済むようになっている。 一護はいったんしがみ付く身体を離して微笑みかけた後、そうして小さな身体を抱き上げた。 「わっ!い、一護様!?」 「はいはい、それでは今から寝室にちょっこー。心配して待っててくれんのは嬉しいけど、それでお前が起きっぱなしで身体壊しちゃまずいからな。俺も風呂入ったら寝るし、惣右介は先に寝といてくれ。」 子供が突然抱き上げられたことに驚いているのは承知していたが、そこは敢えて何も言わずに一護は軽めの口調で告げながら足を動かす。 惣右介も腕の中の居心地は然程悪くなかったようで、すぐに笑顔を取り戻すと「はい。」と嬉しそうに答えた。 そんな小さな言葉、動作の一つ一つが――この子供を愛しく思うことを自覚した今では――とても好ましく、胸に温かなものが溜まっていくのを感じる。 (俺って意外と親馬鹿の素質があったんだなぁ。) 内心で呟き、苦笑。 これでは以前口にしたこの子供を手放して(つまり下宿の形を取らせて)真央霊術院で学ばせるという案も子供自身がどうこう言う前に己の都合で却下してしまうだろう。 自分の元から離して誰か別の人間をこの子供の師にするなど、どうにも耐えられそうにない。 「・・・・・・なぁ惣右介。」 「はい?何ですか一護様。」 きょとんと首を傾げた子供に微笑みを向けて一護は己の頭に浮かんだ案を告げてみた。 「明日から死神になるための訓練をしようかと思うんだが、お前はどうだ?」 「っ、それって一護様が先生になってくださるってことですか!?」 「ああ。仕事の合間を縫ってって形になるだろうが、それでも良ければお前に―――」 「う、嬉しいです!是非ともお願いします!!」 落ちてしまうのではないかと思えるくらい身体全体で返答する子供に驚くと同時にそれが肯定であったことに安堵して、一護は顔に浮かべる笑みを深くする。 ならば決定だ、と。 「そうか。じゃあ明日からよろしくな。」 「はいっ!!」 ―――そうして後に『藍染』の姓を貰い受けることになるその少年は王属特務のトップ直々に鍛え上げられることとなり、また己自身も死神として名を馳せるようになる第一歩を踏み出したのだった。 |