wirepuller extra 3















その人の姿を再び目にしたのは決して手の届かない画面の中。
朽木ルキアが現世で見つかった、と護廷十三隊に報告された時のことだ。



探していた物をその魂魄内に保持しているであろう少女が発見された知らせを受け、藍染はようやく己の目的にまた一歩近付けたことにほくそ笑む。
一人自室で報告に在った映像の中身を確認すると、確かに見知った黒髪の少女が義骸に入ったまま数人の人間に取り押さえられているシーンが映った。
本人ではなくただの映像であるため霊圧を探ることは出来ないが、それでもこうやって偶然でしか見つけられなかったのは浦原喜助があの特殊な義骸を彼女に渡したためであろうと考えられる。
なんとも厄介な男だ、と画面を眺めながら藍染は零した。
が、その次の瞬間。
まるで反射のように双眸が影を捉える。
影の色は眩しいほどの橙。
心臓がひときわ煩く収縮した。

「・・・ッ!」

もう黒髪の少女など藍染の目には入らない。
たった一つ、意識の中枢に据えられたのはオレンジ色の髪を持つ、記憶よりも幾分若い“その人”。
これは夢か?幻か?自分の頭が作り上げた妄想なのか?
混乱するまま藍染は席を立ち、動きを止めた映像に指を這わせる。
少女と同じく人間に取り押さえられていたその人は、しかし何者かの手によって急に意識を失った。
ああ、死神化したのか、と見えないはずの影を脳裏に描く。

「転生・・・していらっしゃったのですね、一護様。」

万感の思いで囁かれた言葉は誰にも聞かれることなく部屋の中に溶けた。











□■□











「こんばんは。」
「っ!?」

突然背後からかけられた声に、少年はハッとなって振り向いた。
尸魂界を訪れたその日の夜。
長老の家を出て暗い空を眺めていた矢先のことだ。
微塵も気配を感じさせなかったその人物に、しかも相手が纏っていた羽織の色に少年は一瞬声を失う。

「死神・・・っ、しかも隊長かよ。」

茶色い髪、黒いフレームの眼鏡、黒い死覇装、白い隊長羽織、腰の斬魄刀。
昼間に戦った市丸ギンとはまた別の護廷十三隊隊長がそこに静かに微笑んで立っていた。
まさかこんな所に現れるなんて。
自分は一体どうすればいい。どんな行動が最良なのか。
緊張を高めながら少年は白い羽織の男を見つめる。

(・・・・・・あ、れ・・・?)

微笑んで立つ男を観察するうちに少年はふと既視感、とでも言った方が良いのか、とにかく不確かな感覚に襲われた。
自分はどこかでこの男と会ったことがある、ような。
いや、本当に会ったことがあるのか。
それともただの他人の空似か。
今此処でそんなことに頭を悩ませるべきではないと解っているはずなのだが、それでも『何か』に抗えず、少年は眉根を寄せた。

少年の変化をどういう意味で取ったのか、対峙していた男がふと表情を真剣なものに改め、そして。

「なっ!?」
「どうか、そのように警戒なさらないでください。私は貴方様の味方です。」

男はスッと跪き、驚く少年に静かな声でそう告げたのだ。

「み、味方って何だよ・・・。お前らはルキアを処刑しようとしてんだろっ!?」
「確かに仰るとおり。しかし私が『味方』と言ったのはまた別のことでございます。」
「ルキアのこと以外に何かあるってのか?」

少年は吐き捨て、男を睨み付ける。
しかし男の落ち着いた雰囲気は変わらない。
こんな子供如きに睨まれても痛くも痒くも無い、そういうことなのか。
苛立つ少年に、しかし男は跪いたまま短く告げた。

「内なる虚。」
「・・・!」
「やはり既にお気付きでしたか。」

少年の目を見て男はほんの少し悲しげな顔をする。
何故男がそんな顔をするのか少年には解らない。
だが男の言った言葉だけは解る。

「・・・ああ。俺の中に何かがいる。」

告げられたとおり、少年は己の中に『何か』がいることに気付いていた。
それが死神と相反する存在であることも。

『何か』が生まれたのは朽木白哉によって死神の力を一時的に失った時・・・否、その後もう一度死神の力を得ようとした時だ。
少年は未だ『何か』の明確な姿を捉えたことは無かったが、それが徐々に力をつけ己を喰い破ろうとしている感覚だけは寒気がするほどに感じている。
だがこの地へ共に飛び込んだ仲間にも、己に再び戦う術を教えてくれた人物にも打ち明けていない。
にもかかわらず、どうして目の前の男は少年の恐怖ひみつを知っているのか。

「それは、何者よりも貴方をお慕い申し上げているからですよ・・・一護様。」
「なんで俺の名前を、・・・ああ、そう言や俺の名前はもうそっちに知られてたんだっけ。」
「・・・そう、ですね。それもあります。」

含みのある物言いをし、男は目元を緩める。
しかし表情に反して瞳の色はそれ以上語ることを拒絶していた。
結局この男は少年に何一つ明確な答えを与えていない。

(それなのに・・・)

少年はこげ茶色の瞳から視線を外さぬまま胸中で独り言ちた。

(なんで信じようとしてるんだ、俺は。)

こんな怪しい人物を。
今は己の敵でしかない死神隊長を。

少年の琥珀の瞳が戸惑いに揺れる。
それを見た男はふと淡く微笑み――まるで愛しいものでも見つめるように――少年に手を差し出した。

「この手をお取りください、一護様。全身全霊を賭け、この藍染惣右介めが貴方様の恐れを取り除いて差し上げます。」
「・・・っ、」

告げられた次の瞬間、少年は息を呑んだ。
手を差し出してくる男―――藍染に被さるように残像が現れては消えていく。
黒い斬魄刀。
白い長衣。
血と怨嗟に塗れた土地。
それとは正反対に澄み過ぎた空気を持つ建物。
地上を闊歩する大虚。
黒揚羽。
捕まえんと伸ばされる誰かの手。
槍。
血。
砂。
そして、小さな子供。

「ぁ・・・」

くらりと眩暈がし、少年はたたらを踏んだ。
ザッと音を立てて土の地面の上で踏ん張り、なんとか体勢を整えるも酷い頭痛が襲ってくる。
その痛みで一瞬の内に過ぎて行った残像は跡形も無く消えてしまった。

「一護様っ!?」

少年の異常に気付き藍染が少年に駆け寄る。
しかし、

「触るな!」

伸ばされた大きな手を少年は乾いた音と共に弾き返した。
そしてもう一度繰り返す。触るな、と。

「ですが、」
「いいから触んじゃねぇよ。何でも、ないんだ。」

苛々する。
何故?解らない。
根本的な理由は意識の何処にも見つからない。
ただひたすら、出会ったばかりであるはずなのに、この男が愛しくて切なくて悲しくて。
そう感じる自分と、感じさせる男に苛々が募る。

頭の中がごちゃごちゃになって少年は舌打ちをした。
まるで今にも己の中の闇が顔を出してくるような感覚までやって来たではないか。

「い、ち・・・」
「・・・わかった。」
「え、」

少年の独り言のような返事に藍染が大きく目を見開く。
そんな相手の様子に少年は再び舌打ちをして(少年本人ですら自分が言ったことを信じられないのだから)、藍染を睨むような視線で射った。

「藍染、とか言ったか?お前と手を組む。そう言ってんだよ。」
「一護様・・・!」

藍染が歓喜の声を上げるのを少年は冷ややかな目で見下ろす。
だがその琥珀の双眸に未だ微かな揺らめきが存在するのを、少年も、また藍染も気付くことはなかった。






















記憶が無くても『藍染』が『惣右介』だと無意識に感じている一護。

だから藍染の手を取る気になったのですが、その明確な理由が解らず、

困惑したまま半ば藍染を憎むような気持ちで彼らの仲間になってしまいます。

一方、例えそうであっても藍染は『一護様』の傍に再び居られるようになったことが嬉しくて仕方ない様子。
















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