wirepuller extra 2















「・・・霊王、殺したんやってな。」
「なんだ、もう知ってたのか。」

くすり、と小さく笑って少年はそう返す。
場所は平子達が根城としている建物の地下。
鉢玄が結界を張って許可無しでは侵入出来ないはずだったのだが、平子を前にして微笑む少年は何の抵抗も無く、それどころか気配すらさせずにこの場所へと現れた。
先日まで呆れてしまうほど霊圧を垂れ流していたにもかかわらず。
だが少年が自分達と別れた後、尸魂界で犯した行為のことを考えれば、その理由にも納得が行く。

最初ハナっからオレらの協力なんか必要なかったっちゅーことかい。」

少年には霊王を殺せるだけの力があった。
つまり、弱いフリをして自分達をからかっていたのか。
そんなにお前を仲間にしようとする自分達は可笑しかったか?
スッと双眸を狭め、低く唸るように平子は呟く。
遠巻きに此方を見つめる他の仮面の軍勢達。
その彼らを代表して告げた言葉でもあるそれを耳にし、しかし少年は目を伏せて首を横に振った。

「いいや。お前らがいてくれなかったら今の俺は此処にはいねーよ。力も記憶も全部、内なる虚に勝ってから取り戻したんだし。」

“取り戻した”とは―――?
その言葉の意味を平子が知る術は無い。
だが少年がこうなったのには自分達も確かに関係しているらしいことは(嘘か本当か判断つけかねるが)解った。
そこから更に深く考えようとする平子だったが、生憎、相手が肩を竦めながら口を開いたことで中断される。

「まぁ今はそんなこと如何でもいいんだ。別に世間話のためにわざわざ此処まで来たワケじゃないからな。」
「そりゃそうやろ。今や霊王暗殺で尸魂界がマジで目ぇ光らせとるっちゅーこないな時に、暢気に世間話なんぞ普通は出来へんわ。ま、オマエがその普通に当て嵌まるかどうかはオレも知らんけど。」

皮肉を込めてそう言えば、小さな苦笑の気配。
ひっでー言い方、と少年が緩く口角を持ち上げた。

「俺の精神は至って普通だ。」
「普通やったら霊王暗殺なんちゅー大それたことはせぇへんと思うんやけど、それはオレだけか?」
「そっちは色々あってな。それなりに理由もあるんだよ。」

だがその理由を話す気は無い、と少年の表情が告げる。
顔は笑っているが、目まできちんと笑えていないのが酷く不気味だった。

「いち・・・、」
「はい、それはさて置きっと。そっちがさっき言った通り尸魂界が目を光らせてるんでな、あんまり長居は出来ねぇんだよ。だから用件済ませちまってもいいか?」
「イヤや言うたら?」

これは明らかな挑発の台詞だと思いながら、平子はニヤリと笑ってみせた。
背中に嫌な汗が流れたけれども無視する。
相手はどうあってもその用件とやらを成すつもりだということくらい雰囲気で判っていた。
しかしその用件が平子達にとって良いものか悪いものかは不明。
むしろ第六感的な何かが頭の中で警鐘を鳴らす分、予想は悪い方へと傾いている。
思わず足に余計な力が伝わり、じゃり、と砂の擦れる音がした。
それを聞き、少年が薄らと笑う。
そして。

「・・・力ずくでも。」

少年の答えを合図に平子が、そして見守っていたひよ里達も一斉に少年目掛けて地面を蹴った。
自分達の視線の先、少年の口元が小さく動いて「無駄だよ。」と告げたのを知りながら。











「お前らに俺は倒せねぇ。死にたくないならこれ以上無駄な真似はするな。」

峰打ちと低位の縛道を行使しただけで自分達を無力化させた人物に、平子は得体の知れぬ恐怖を感じた。
これが、つい先日まで自分達と共にいた人間だと言うのか。
低位の縛道を力ずくで解くことすら出来ない程、差があるのかと。

それでも無理やり口を動かして問う。
自分達の中で虚が目覚めた時のように、知らないまま物事が過ぎ去っていくなんて、もう二度と御免だ。

「なんで今更こないなことするんや。」
「そりゃあ勿論、『元』とは言え隊長格、しかも虚の力まで手に入れた奴らにちょろちょろ動かれたら厄介だからな。」
「はっ・・・せやったら一思いに殺したらどうや。霊王を殺ったみたいにな。」

言い返す平子。
その途端、少年がうっそりと微笑んだ。
向けられた表情に平子は息を呑む。
それは優しさなどと言うものからは程遠く、動けるものならば今すぐ此処から立ち去りたいと思うくらいに毒を孕んでいた。

「あの人は・・・霊王は特別だよ。色んな意味で。」
「―――ッ、」
「そう怖がんなって。お前らにはなーんにも関係無ェんだからさ。」

これがたった十六年しか生きていない子供のする表情なのか。
まるで何百年も、下手をすれば千年単位で生きてきた死神のようだ。
それとも自分達の知らない何かがこの少年に隠されているのだろうか。
得体の知れない存在を前に、平子はぐっと奥歯を噛み締めて身体の震えを押さえつける。
そんな様子を小さな子供でも眺めるような瞳で見つめ、少年はにこりと笑って斬魄刀を引いた。

「さて。それじゃあ動けなくなったところで、その力、消させてもらうぜ。」
「いきなり何、言うて・・・ンなこと出来るわけ、」
「出来るさ。先天性の俺は無理だったけど、後天性のお前らなら何とかな。」
「先天性って何やねん。仮面の軍勢は皆、後天性や。」

自分も、目の前の少年も。
発症するに至った原因は異なるが、元々虚を宿しているなんて在り得ない。
そんな存在など今まで見たことも聞いたことも無いのだ。
にもかかわらず、この少年の雰囲気にはどこか信憑性があるのも事実。
ひよ里や六車達も同じように感じているらしい。
その証拠に、強い否定が出来ないまま二人の会話を見守っていた。

「先天性は先天性、そのままの意味に決まってんだろ。俺は生まれた時から――少なくとも死神として刀を振るう時には既に――虚を内に飼っていた。でもお前らは藍染惣右介の"実験"で死神に今の力を上書きされた。これが違いだ。」
―――理解出来ないならそれでいいし、信じたくないってのも別に構わねぇけどさ。

そう付け加えながら、少年はおもむろに懐から小さな何かを取り出した。
その『何か』を目にし、平子は双眸を大きく開く。

「『崩玉』・・・っ!?」
「はずれだ。似てるのは認めるが、効果は別なんでね。」

崩玉に良く似た、しかし違う物を少年は手の中で遊ばせる。

「こいつは俺の中の虚を消すために作ってもらってたヤツなんだけど、もう必要なくなっちまったんだよな。しかもこれじゃ俺の中の虚は消せない。一時的に押さえ込むのが精々だった。」

でも、と少年はチラリと平子達を一瞥してから言葉を続ける。

「お前らの中で後天的に生まれた虚程度なら消せるんだってよ。」
「オレらの中にある虚を消す・・・?ンなもん誰が作れる言うねん。」

訝しむ平子だが、少年は小さく首を傾げ、含みのある笑みを作った。

「そんなのちょっと考えりゃ解るだろ?」
「・・・・・・・・・っ、まさか。」
「ああ、解った?・・・ま、自分達の境遇を考えれば二人まで絞れんだろ。ちなみに言っておくと、これを作った奴は"モドキ"の存在を快く思っていないらしいぜ。そっち方面に関しちゃ、俺は別に構わねぇんだけどねぇ・・・」

最後は独り言のように小さく呟き、少年は手の中の珠を指先で遊ばせる。
そのまま答えを告げることなく、一度、珠を手の中に隠してしまうと、動けない平子の額に押し当てた。
ヒヤリと冷たい感触が額から脳に伝わる。
息を呑む平子に少年の口角が微かに上がった。

「悪いな、お前らの都合は完全無視で。だけど俺は俺で自分の大切な奴が今の状況を――お前らが仮面の軍勢で在り続けることを――望んじゃいないことを知ってる。だから、な。お前らの中の虚、消させてもらうぜ。」

額に押し付けられた珠が熱を帯びる。
チリチリと焼け付くような感覚に、無意識のうちに平子の喉からは呻き声が漏れた。
次の瞬間、

「―――っ!?」

何かが頭の中で白く弾けて消えるような感覚を覚える。
びくん、と身体が跳ね、誰かが「平子っ!!」と叫んだ。
しかしその声に答える者は無く、跳ねた身体は力を失って再び地面に横たわる。

「起きたら普通の死神に戻ってるよ。・・・まぁ、しばらくは目覚めないだろうけど。」

少年の言葉は告げた相手に届くことなく、おそらく同じ状態にこれから陥るであろう者達の鼓膜を静かに揺らした。






















と言うわけで、仮面の軍勢は破面VS死神の戦いに不参加でした。

一護が平子達の中の虚をわざわざ取り除きに来た本当の理由は・・・どうぞお好きなようにご想像ください。

ただ、一護は平子達のことが決して嫌いではありませんでしたよ。
















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