wirepuller 18
「・・・ごめん。俺・・・本当に、アンタのことが好きだった。」
「じゃあ謝らないでくださいな。最後にそう言ってもらえただけでもアタシは十分幸せですから。」 一護の身体を正面から抱きしめたまま浦原が薄らと笑う。 その声に偽りは一切含まれていない。 「これでキミはアタシのものっスね。」 浦原はくつくつと喉の奥で笑い、愛しそうに「一護サン、」と少年の名を口にする。 呼ばれた一護は無言を保ち、しかしその代わり、もっと深く抱き込まれるように浦原の胸へと額を押し付けた。 それに呼応して成長途中のしなやかな背に回された手が想いの強さを表すかの如くぐっと白い布に皺を寄せる。 「一護サン、」 「なに?」 「一護サン、」 「何だよ・・・」 繰り返し繰り返し名を呼ぶ男に、一護は小さく笑って目を閉じる。 浦原に名前を呼ばれるのは嫌いじゃない。 むしろ愛しげに紡がれるその音は、呼ばれ慣れているものであるにもかかわらず、今この場において一護の目頭をただひたすら熱くするばかりだった。 「何だよ、浦原。」 「アタシも一護サンが大好きですよ。」 「・・・・・・知ってる。」 こんなことするくらいなんだからな、と浦原に抱き込まれたまま一護は苦笑。 その所為で戦闘中に切り裂かれていた頬が痛みを訴えるが、布越しに伝わってくる体温の温かさの方がずっと多く一護の意識を占めているため気にならない。 しかし突然、一護の背に回されていた腕の力が弱まり、布を掴んでいたはずの手が背を撫でるように滑り落ちた。 「浦原・・・?」 「ねえ、一護サン。」 抱きしめると言うよりも一護に体重を預けるような格好で浦原は少年の名を呼ぶ。 そして。 「これで、キミの『心』はアタシのものだ。」 「・・・ああ、そうだな。」 落ち着いた声音でそう告げ、一護は浦原から身を離した。 少年の動きに伴って浦原の胸を貫いていた天鎖斬月がずるりと抜け、鮮血が吹き上がる。 漆黒の刀身に鮮血を纏ったそれを一瞥して血糊を払う一護の姿は白い長衣、ではなく、今その衣服は浦原の血によって真っ赤に染まっていた。 視線の先にいるのは微笑を浮かべ、眠るように事切れた男の姿。 泣きたいのか笑いたいのか、本人すら判断つけかねる顔のまま一護は目を眇める。 「この白をここまで赤く染めた奴はアンタが初めてだ。・・・なぁ浦原、愛してくれてありがとう。もうこれからずっと、アンタ以外にはこの白を穢させやしない。誓うよ。神にでも何に対してでもなく、俺の中で永遠になったアンタに。」 □■□ 「一護ちゃん!?」 護廷の死神達を相手にした後、一護の元に駆けつけた市丸は自身の目に映る惨状に息を呑んだ。 先程自分といた時には傷一つなかった一護の頬がザックリと切れ、血をこびり付かせている。 また白い衣は血に塗れ、その色を赤黒いものに変化させていた。 一体誰がこの少年に傷を負わせたのか、そして白い長衣をその血で染め上げたのか。 慌てて一護のすぐ傍に駆け寄り眉を顰めた市丸は、少年の視線を辿ることでその答えを知った。 「喜助兄さん・・・?ああ、そういうことなんやね。」 振り返り改めて一護の顔を見つめ、市丸はその頬を撫でるように手を沿わせながら傷を治す。 固まった血を拭えば、もうその位置に傷があったことなど判らない。 しかし浦原から市丸へと視線を移した一護は傷があった場所に指を這わせながら、今なおそこが鮮血を流し痛みを生んでいるかの如く顔を顰めた。 「一護ちゃん、」 「終わった。」 「一護ちゃん?」 少年の発した声は感情を窺わせない淡々としたもので、市丸は思わず語尾を上げて相手の名前を口にする。 終わった、ではないだろう。 そんな顔をしておいて。 この少年が既に事切れた男をどのように想っていたかなど、市丸は嫌になるくらい知っている。 例え一度その手を離し、代わりに此方の手を掴んだとしても、一護が男に対して完全に何も想わなくなることなど有りはしないのだ。 だからこそ、そう淡々と言えるはずがない。 言えるはずがないのに、現実では少年が平坦な声を出し、そして終には痛みを耐えているようだった表情ですら何でもない風に常の状態へと戻ってしまっていた。 これは一護が今までの想いに決着をつけたためか? そんなはずはない。 市丸の目の前に立っている少年は、決して潔い人間ではないのだから。 ゆえに市丸はこの現状を説明するため自分が生み出した答えに胸を裂かれるような痛みを覚えた。 浦原を一護に、一護を自分に置き換えるだけでいい。 それだけでこの少年の心情を慮ることが出来る。 少年の感じている痛みを想像上で体験することが出来る。 仮想でしかないその痛みに、けれど市丸は己が壊れるのではないかと思うくらいの激痛、と表現しても構わないのか解らない程の何かを覚えた。 これでは涙を流すことすら間々ならない。 慟哭も上げられず、こうやって一見不似合いとされる表情しか作れないのだ。 「一護、ちゃん・・・」 一護の痛みを追体験した市丸は相手に何を言って良いのかも解らず、ただ此処にいても事態が動かないことだけは明らかだったために、結果として再び名前を呼ぶに留まった。 しかし今度はそれまでの薄い反応とは違い、一護が「なんて顔してんだよ。」と薄らと笑みを浮かべる。 琥珀色の双眸は市丸から浦原へ、そしてまた市丸へと移動すると、微かなその笑みを保ったまま、事切れた男に背を向けて歩き出した。 「いい。これで、いいんだ。」 呟きは自分自身に言い聞かせたものであり、きっと一護のあとに続く市丸に向けられたものではないだろう。 したがって市丸は頷きを返すこともなく、無言のまま己よりひと回り小さな背中を追いかけた。 |