wirepuller 17















「散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風、止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる」

まるで詩でも詠むかのように、淡々と。
右手を前に出して静かに力ある言葉を音にする。

「破道の六十三、『雷吼炮』」

次の瞬間、一護の手から巨大な雷が生まれて正面の障害物を一掃した。
あとに残ったのは膨大な熱量によって焼け焦げ、一部は融解した大地のみ。
今の一撃で破壊されたのは主に尸魂界から持ち込まれた大型兵器であるのだが、もしかするとその兵器を操るためにいた何人かの死神も巻き込まれて蒸発してしまったかもしれない。
しかし詠唱破棄をせずにわざわざ時間稼ぎ――もちろん死神達が逃げるための、だ――までしたのだから、それくらいの犠牲は相手の方に過失があると思うことにする。
一方、一護が放った雷吼炮の威力を前に、なんとかそれから免れた死神達は己の敗北を悟った。
敵わない。敵うはずがない。こんな化け物に、と。
その感情を自分に向けられる視線だけで読み取り、一護は小さく苦笑する。
化け物とは酷い例え様だ。まだ化け物と称されるほどの力を発揮していないではないか。

「それとも、たった千数百年で死神のレベルってのはそこまで落ちたのか?」

化け物と称されるに相応しいのはあの白の仮面を被ってからのはずだ。
今の時点で――とは言っても一護が放った雷吼炮は通常レベルを大きく超えた代物だったが――化け物だ何だと言うようでは、この死神達のレベルも高が知れている。

(これじゃあ遊びにもなりゃしねえ。)

胸中で呟き、次いで溜息を一つ。
「殺される!」「助けてくれ!」と情け無く必死の形相で逃げ去る死神達の背を、一護は呆れを多大に含んだ視線で眺めた。
別にこちらとしては稀代の殺人者などというものになる気は無いので、逃げたい者はそのまま逃がすつもりである。


このまま上手く逃げ切れればの話であるが。


「ぎゃあぁぁああああ!」
「ひぃぃ・・・!」
「た、助け・・・ッ!!」

死神達が去っていく方向から新たな悲鳴。
姿は見えずとも霊圧を探れば判る。
一護から逃げ出した死神達を次に襲ったのは尸魂界の本隊到着と共に戦線へと送られていた破面―――。

「ザエルアポロか・・・。可哀相に。」

あの死神達は一護に消されるよりもっと悲惨な死に様を晒すこととなるだろう。
マッドサイエンティストの玩具にされてジ・エンドだ。
ザエルアポロ本人に言わせれば玩具にすらならないのかもしれないが。

「さてさて。それじゃあ俺は退散しますかね。」
―――ザエルアポロのお遊びに巻き込まれないうちに。

この場にいても相手の不況を買うだけで己の得は無いと判断し、一護は死神達が逃げた方向とは別の場所に足を向ける。
しかし後で市丸が追いついて来るはずなのでそう遠くに行ってしまうのは良くないだろう。
そう思いながら瞬歩で軽く一度だけ移動した直後。







「見つけましたよ、一護サン。」

背後からの声に足を止める。
聞き慣れた声、呼ばれ慣れた呼称。
一護は声の主へと振り返り、目を眇めた。

「浦原・・・アンタも来てたのか。」

でもまさか破面を討伐しに来たわけじゃないんだろう?アンタが。と続ける一護に対し、深緑の上下ではなく――魂魄体であるためか――死覇装姿の浦原は「その通りっスよ。」と満足そうに微笑む。

「アタシには藍染達がどうしようと破面と死神が潰し合いをしようと知ったことじゃあない。大事なのはこの期に乗じて、キミに会えるかどうかです。」
「そりゃあわざわざご苦労さん。戦いの中で一人になった俺とこうして会うためだけにアンタは尸魂界に手を貸したってわけだ。」
「おや。何のことでしょう?」
「とぼけなくてもいいっつーの。虚圏と尸魂界をこんなにも安定的に繋いでいられる巨大な黒腔・・・作れるのはアンタくらいしかいねえだろ。」

一護の予想は当たったようで、浦原の口角がゆるりと持ち上げられた。
キミに会うためならそんなこと苦にはなり得ませんから、と。

「もう一度キミに会ってアタシはキミを手に入れるとあの時誓ったでしょう?それを果たすためなら何だって出来ますよ。尸魂界に協力するフリをしてキミから邪魔な取り巻きを遠ざけることくらい、ね。」

声を潜めて浦原は嬉しそうに笑う。
男の本音が尸魂界に知れれば、山本辺りが随分苦い顔になることだろう。
ひょっとすると男を狂っていると称する者も出て来るかもしれない。
しかし浦原が狂っているのは事実だ。
そして、浦原をそうさせたのは一護自身。

「そこまで想ってもらえていたとは光栄だ。」
「想っていた、じゃありませんよ。今でもキミを愛しています。」

いつも被っていた帽子は無く、直に晒された双眸は台詞を音にすると共に細められ、その隙間に狂気と愛情を渦巻かせる。

男の視線とすらりと抜き放たれた紅姫の刀身を向けられても一護は恐怖を感じない。
それは記憶を取り戻して己の力を自覚し完璧に行使出来るようになったためだけではなく、目の前に立つ浦原喜助という男の大きすぎて狂ってしまった愛情に殺されるならそれはそれで悪くないと感じているからだろう。

どちらを取るのか選択はきちんとしたはずなのに、と一護は胸中で自嘲した。

(でも、・・・そうだ。俺は確かに選んだ。だから、)

漆黒の斬魄刀―――天鎖斬月を掲げ、自分に向けられた紅姫の刀身を僅かに逸らす。
あちこちで戦渦の様々な音が生じているにもかかわらず、研ぎ澄まされた鋼の重なる音はしっかりと耳に届いた。
どちらか一方がこの相手の刀身を撥ね退けた時、おそらく二人は全力でぶつかることになる。
この先はもう、互いの想いのために引き下がることは出来ない。
浦原が勝って一護を手に入れるのか、一護が勝ってしがらみを捨て去るのか。


二人の霊圧が鋭くなっていく。まるでその力で相手を斬り裂かんばかりに。
しかし刃を合わせて少し経った頃、一護は自分達から少し離れた場所に現れようとする別の存在の気配を感じ取って天鎖斬月を退いた。
同時に同じものを感じ取っていた浦原も紅姫を退く。

視線の先、現れた者達を視認して一護は面白くも無さそうに呟いた。

「王属特務の到着か。」
「邪魔が入りましたね。まったく、タイミングの悪い・・・」

新たに現れた数人の男女―――王属特務は戦渦に紛れた一護達の霊圧を感知出来ないのか、しばらくこちらに背を向けていた。
だが、ふとその中の誰かが一護と浦原を視認し、慌てて仲間に知らせる。
霊王殺害の首謀者としてオレンジ色の髪という特徴が彼らにも知らされていたためだろう。
すぐさま王属特務の者達が一護の方に振り返り、各々の反応を見せた。
まだ子供じゃないか、と呟く若者もいれば、白い衣を纏い漆黒の斬魄刀を手に持つ一護の姿に目を瞠る年を重ねた男が―――。

「黒崎、特務長・・・!?それに浦原特務長まで・・・!?」

どうやら浮竹と同じく、かつての一護の姿を知る者だったらしい。
随分な古株がいたものだ。
浦原特務長、という単語に関しては一護の後任に誰が就いたのか考えれば簡単に理解できる。
きっと父親の髪色を引き継いだ浦原喜助の死覇装姿を見てその人物と間違えているのだろう。

一護の予想通り、初老の男の驚いた声を耳にした浦原は嘲るように告げた。

「それはアタシじゃなくてアタシの父親でしょ。それくらい判んないっスかねぇ。まあ、その間違いのおかげでアタシも一つ理解出来ましたけど。」

後半は相手に伝えるためではなく、自分に言い聞かせるように。
浦原は次いで一護に視線を向け、苦々しく表情を歪める。

「以前キミがアタシを見てあんな目をした理由・・・。あの父親はキミの元部下ってわけですか。」
「まぁな、随分世話になったよ。アンタはこういう繋がりが嫌いだったりするのか?」

一護がそう問うと、浦原は表情を薄らとした笑みに戻し「ま、好きじゃありませんけどね。」と呟く。

「キミがかつて何であったのかなんて関係ない。アタシにとって重要なのはキミがアタシの愛したキミであること。ただそれだけっスよ。まあ、過去のキミの存在がアタシにとっての全ての始まりだったということには驚かないわけではありませんけど。」
「・・・?」

裏のある浦原の言い方に一護は微かに眉根を寄せる。
それを見て男は苦笑を浮かべた。

「アタシが崩玉を作ろうと思ったのは虚の力を持つ死神の存在を父親の日記から知ったため・・・。子供の頃にキミという存在を知ったからなんスよ。」
「それはそれは・・・」

意外なところで繋がってたもんだ、と一護も苦く笑う。
まさか過去の自分の中の虚がこの騒動の片翼を担っていたとは。
驚きを覚えると共にどこか納得できるように思えた。
結局、全ての発端は俺なのか、と。

(だったら余計に、終わらせるのも俺じゃなきゃな。)
―――そのためにもまずは余計な物を取り除くとしましょうか。所詮はこれも情けと俺のエゴでしかないのだけれど。

「王属特務に告げる。死にたくなければ今すぐ此処から立ち去れ。」
「・・・な、ふざけるな!我々はお前を尸魂界に対する反逆の罪で捕らえるためにやってきたのだ!」

比較的若い王属特務の一人が一護の台詞に反論した。
それを愚かだと思ったのは一護だけではあるまい。
水を差された浦原も、『黒崎特務長』を知っている初老の男も、おそらくは同じ。
だからこそその若者の仲間である初老の男は今すぐにでも一護に飛び掛って行きそうな彼を沈めるため口を開く。
しかし。

「煩いですよ。アタシと一護サンの逢瀬をこれ以上邪魔しないで欲しいっスね。」

初老の男が声を出すよりも早く浦原が冷たく言い放った。
同時に、辺りに満ちていた霊圧の濃度が上がる。
浦原喜助は今、本気で苛立っているということか。

霊圧に当てられて口を噤み冷や汗を流す王属特務達に向かって浦原は紅姫を振り上げた。
何をするつもりなのか気付いた一護が目を瞠る。
止めようとするが、間に合わない。

「消えろ。」

たった一言。
それと同時に振り下ろされた剣先から敵意を持ったとてつもない大きさの霊力が迸る。
言霊を紡いで形を成す鬼道よりもずっと原始的で、それ故に込められた敵意や悪意がそのまま相手に伝わる一撃。
容赦なく放たれた純粋な力は一瞬にして相手を文字通り消し去ってしまった。



王属特務達がいたはずの大きく抉れた大地を視界に納めながら、一護は小さく――殆ど口の中で――呟く。

「縛道の七十七、『天挺空羅』」

捉える霊圧の数は一つ。それだけで十分なはずだ。
一護が伝達用の縛道で捕捉したのは虚夜宮で指揮を執っているはずの人物。

「惣右介、聞こえるか。俺だ。今から言う地点の半径10kmから破面全員を一旦移動させろ。それから次に俺からの連絡が入るまで誰も近付けさせるな。」

術の特性上、此方側からしか言葉を伝えられないが、藍染なら台詞の真意を理解して何とかやってくれるだろう。
必要なことを伝え終わった後、一護はわざわざ己を待っていてくれた浦原に向き直る。

「浦原、」

名を呼んで天鎖斬月を構えれば、対峙する男の瞳が熱を帯びた。


「さぁいらっしゃい一護サン。アタシがキミをころしてあげる。」






















「一護様」を見ている藍染より「黒崎一護」を見ている浦原の方が、本当の意味で一護を想っているのかもしれません。

でも、どちらの想いも等しく強く、そして一護は既に「選択」をしてしまいましたから。




『誰よりも強く愛してあげる』

手に入れる方法がキミを殺すというただ一つしか無いのなら、アタシは躊躇い無くやってみせます。

それがアタシからキミへの想いの証だから。

一護サン、キミはアタシのこの想いにどう応えてくれるンでしょうね。

・・・さあ、二人だけで殺しましょう。奪いましょう。

そしてキミはアタシの永遠に、アタシはキミの永遠になる。
















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