wirepuller 15















「席官クラスが数十名・・・先遣隊か。」
「どうやら尸魂界も大型黒腔の常時展開が可能になったようですね。・・・どうなさいますか、一護様。」

ついに死神が虚圏へと攻め込んできたという報告を聞き、主である少年の傍らに立っていた男が彼の人の呟きに応えるように問いかけた。
その問いかけに、玉座に座していた少年――― 一護はフッと小さく笑みを漏らし、面白がるように口端を持ち上げる。

「そうだな。少々物足りないかもしれないが、ヴァストローデ級を一人か二人出すか。下手にギリアン級を戦線に送るより、さっさと此方の強さを見せつけてアチラの本隊が出て来ざるを得ない状況に持って行っちまおう。その方が戦いも早く終わりそうだ。」

暗に死神の本隊――隊長クラスもしくは王属特務――が攻めて来ても勝利してみせると言いながら一護は誰を戦線に送ろうか思案する。
が、それもほんの少しのことで、一護はむしろ最初から決めていたかのように一人の名前を口にした。

「グリムジョー・ジャガージャック。あいつに行かせよう。文句は無いな?惣右介。」
「ええ。グリムジョーは好戦的ですからね。本人にも断る理由は無いでしょう。」

一護の提案に男―――藍染が頷きで返した。
次いで素早く伝令役の破面に指示を与る。

「本隊が来たら俺も出ようかな・・・。」
「そんな!一護様が出られる前に我々が全て片付けます!」

伝令役に指示を与えた後、振り返った先の少年の台詞に藍染は僅かばかり声を荒げる。

此方の長である一護をどうしてわざわざ危険な戦線へと送らなければならないのか。
そんなことをせずとも自分や十刃達で片は付く。
にもかかわらずこの人を返り血で染め上げる必要性など何処にも無いはずだ。

そう説きながら例え死神の本隊が動き出そうとも少年は戦線に出なくて良いと繰り返す藍染に一護は胸中で苦笑した。
やはりこの養い子は黒崎一護という人間を些か大切にしすぎている、と。
先日まで色々と頼り過ぎてしまったのが原因だろうか。
しかし此方とて相手を大切にしたいと思うのは当然の感情で、ゆえにわざわざ藍染達が出ずとも自分が出て彼ら以上の働きをするのだからそれで良いではないかと考えてしまうのだ。
そちらの方が破面の損失や土地の荒廃も少なく抑えられるだろうし。
更に付け加えて言うならば、自分の中にある好戦的な部分が戦線に出ることによって満たされる。
多少、顔見知りが相手になった場合は微妙な気分になるだろうが。

「俺が出るって言ってるんだ。出させてくれよ。怪我もしないって誓うからさ。なんなら、返り血すら浴びないって付け加えてもいいぜ。」

どんなに反論しようとも結局のところ此方の言葉には逆らえない藍染にそう告げることで、一護は死神の本隊が虚圏に現れ次第、己も出撃することになった。
その際には藍染に指揮を任せ、一護の側近として市丸が同行するということにも。
同行者が自分ではなく市丸であることに藍染は不満げな顔をしたが、指揮をするなら市丸より藍染が適切だと判断されるため、不満が音になることは無い。


しばらくすれば戦線に赴いたグリムジョーらが死神の先遣隊を圧倒的な強さで全滅させるだろう。
そうなれば尸魂界も慌てて本隊を送り込んでくるはず。

己の出番を思い描きながら、一護は逸る気持ちを押さえ込むように琥珀色の双眸をそっと閉じた。











□■□











―――尸魂界先遣隊の全滅から48時間後。



「やっと来たか。・・・まあ、大隊が動くならこんなもんか?」

口元に緩やかな弧を描きながら一護は唇を指でなぞる。
ついに死神の隊長クラスが隊を組んで虚圏に現れたのだ。
報告を受け、既に藍染らが十刃落ち及び十刃のNo.4以下を戦線に送り込んでいる。
No.3以上の十刃はもしもの時の保険として虚夜宮に待機させているが、それはおそらく不要だろう。
何故なら、これから一護が動くのだから。

「それじゃあギン、付いて来いよ。」

少年の視線を受け、市丸は頷く。

「りょーかい。ほな藍染はんと東仙はん、そっちのことはよろしゅう頼んます。」
「ああ、解った。お前も一護様をしっかりお守りするようにな。」
「一護様、お気をつけて。」

東仙と藍染に一礼された後、一護が扉の方に向かう。
市丸もそれに続いた。
虚夜宮を出てた後は瞬歩を用いて戦線へ。
途中、市丸は(一護からすれば)随分と加減されたスピードのまま少し前を走る少年に声を掛けた。

「一護ちゃーん。」
「なんだ?」

少し速度を落として市丸の隣に並んだ一護が何気ない表情で問う。
その顔はとても今から戦いに向かう緊張した者の顔ではなく、どこまでも自然体だった。
おそらくこの少年にとって隊長格風情など取るに足らない存在なのであろう。
容赦なくその力が振るわれれば、虚圏側は完全勝利を迎えられるに違いない。
しかし。

「一護ちゃんはホンマに死神を斬れるん?一度仲良うなってしもたら相手を殺す気で斬り合うんは辛いやろ。」
「そうだなぁ・・・」

市丸の問いに少年はしばし遠くを見つめ、小さく苦笑を浮かべた。
そのまま、「でも、」という言葉が後に続く。

「これは自分が決めた事だからな。躊躇うつもりは無えし、もし相手の方が躊躇ったとしても俺はそれに対して手を抜くつもりは無い。説得に応じるつもりもだ。だから、斬れる。」
「・・・エエ気分はせえへんやろ。」
「否定はしねえよ。」

再び此方を向き眉間の皺を深めたその顔を見て、市丸は少年と同じように眉間に皺を寄せてしまいそうになる。
だがここで市丸までもがそんな顔をしてしまえば、それを見た少年が更に良くない表情を浮かべてしまうだろう。
それは自分の望むことではない。
ゆえに市丸は心情とは逆のヘラリとしたお気楽な笑みを作った。

「まあいざとなったらボクがやるさかい。一護ちゃんは他に行ったらエエわ。」
「おいおい、お前まで俺を甘やかすのか?一応俺の方が年上なんだけどなぁ。」
「齢は関係無いで。藍染はんもボクも一護ちゃんが大切やから、甘やかせる時は甘やかしたい。それだけのことや。」
「そりゃどーも。」

照れ隠しのように視線を前に戻して、しかし目元を薄らと朱に染めた一護の横顔に、市丸はふわりと優しい想いが胸に満ちるのを感じた。

こんな時、藍染なら育ての親に頼ってもらえたことを敬愛の情を込めて喜ぶのだろうが、市丸はただひたすらにこの少年のことを可愛いと思ってしまう。
もとより抱いている感情の種類が異なる所為だろうか。
どちらの方がより幸せなのか判断することなど不可能だが、市丸にとっては自分の今のポジションから変わるつもりは毛頭無く、つまるところ自分が最も幸せと言っても差し支えないものであることは確かだ。



そうこうしているうちに、徐々に死神と破面が戦っている気配が濃厚になってきた。

虚は相手の特性ゆえに死んでも死体というものは存在しない。
地面に倒れているならば、それは死に掛けである。
一方死神は血を流して倒れているそれが死んでいるのかまだ息があるのか、一見しただけでは判断できないものもある。
ただし半身が失われてしまっている場合などは例外。
それらはきっと、虚(破面)の攻撃で身体を抉り取られるか斬り飛ばされるか、もしくは喰われてしまった者達であろう。

「お?なんやあそこ、圧されてるみたいやな。」
「んじゃ、助太刀すっか。」

進行方向から少し右にずれた辺りで一体のギリアン級破面が死神数人に囲まれていた。
まだ大した傷は負っていないようだし、そのまま放っておいても辛い勝利くらいは収めそうだが、ウォーミングアップのつもりで彼らの間に突っ込んで行くのも面白かろう。
こと、戦闘モードに入り掛けている一護にとっては。

「そやね。ボクは後ろについて行くさかい、一護ちゃんは好きにやってくれたらエエよ。」
「そうか?じゃあお言葉に甘えてっ!」

言い切るのと同時(もしかしたらそれより早かったかもしれない)、一護の姿が掻き消える。
気付いた瞬間には視線の先で空中に舞う赤。
白い長衣を翻して破面の前に立った一護があっという間に死神達を斬り伏せていった。
斬魄刀で斬られたためか、死神達は一度地面に倒れ伏した後、まるで虚が昇華される時のように霊子の塵となって空中に還っていく。
おそらくそのまま輪廻の輪に乗るのだろう。
だとすれば彼らはラッキーだったかもしれない。
なにせ虚に喰われたならば、その魂はずっとその虚に囚われてしまうのだから。

「・・・嗚呼、一護ちゃんもそれを解ってやってるんかもしれへんな。」

戦い自体を楽しんでいるのも当然だが。

生憎、市丸の独白は僅かの間に相手を全員昇華し、尚且つ衣の白さを保ったままの一護には届いていないようだった。
遠目に見るその顔が後悔ではなく、それどころか微かな物足りなさを感じているようなものであったことに自然と安堵の息を零しつつ、市丸は彼の少年に追いつくべく瞬歩のスピードを上げた。






















一護の顔見知り達(隊長その他諸々)の登場は次の話で。




『開幕の合図』

闇の大地に赤が舞う。

それは、終焉が開幕した合図。
















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