wirepuller 14
霊王暗殺の知らせは瞬く間に尸魂界全土を駆け巡った。
流魂街の生活低水準地域――つまり番号の大きな地区――ではそのことを気にする者などいなかったが(霊王?何だそれ。のレベルである)、それ以外の死神・死神関係者は突然のことに度肝を抜かれた。 尸魂界の象徴を失ったことに。 そしてまた一部の死神達は、霊王の寝所に残っていた霊圧の持ち主つまり暗殺の主犯が尸魂界の重要人物の一人でもある黒崎一護だったということに。 「破面達の宣戦布告か・・・。」 隊首会の席で護廷十三隊総隊長の山本が重苦しい息を吐き出す。 先の黒崎一護の裏切り行為――破面側に付いたことである――ですら殆どの死神達は「信じられない、信じたくない、どうして」という思いでいっぱいだったと言うのに、ついに彼自らの手で明らかな宣戦布告までなされてしまったのだ。 それによる戸惑いと、尸魂界を守る護廷十三隊として破面の宣戦布告に対し今後自分達が成さなければならないことが意味するもの――例を挙げるならば数多の生命が失われるだろうということ――への苦しみが混じり合った呟きは、その場にいる者達全員の心情とほぼ一致していたと言えるだろう。 戦闘狂の更木剣八は目前の戦いに狂喜することなく精神を苛立たせており、また狂科学者の涅マユリですらあまり良い表情を見せていない。 しかし本来尸魂界の政治を司るべき中央四十六室も未だ再建の目途が立っていない今、隊長を三人欠きながらも尸魂界を動かすために一番大きな力を持つのは王族や貴族ではなく護廷十三隊、その総隊長の役職につく山本である。 二番隊から十三番隊までの隊長から注がれる九対の視線と己の副隊長からのそれを受けながら山本は厳かに自らの、つまりは尸魂界の意思を告げた。 「これより破面・虚との全面戦争に入る。準備が整い次第、虚圏に侵攻じゃ。」 □■□ 「一護様、尸魂界はこちらに攻め入る準備を整えているようですが、我々の方からもあちらへ攻め入るつもりはないのですか。」 玉座の間へ向かう道筋で藍染は己の主に小さく尋ねた。 小さく、とは言っても共に一護の側近としてすぐ傍にいる市丸と東仙にもその声は聞こえている。 そして彼ら二人も無言ながら藍染と同じ表情を浮かべていた。 巨大で鈍足な尸魂界が攻撃の準備を整えるまでにこちらから攻め入ることなど容易に出来るのに、と。 すると問われた一護は足を止め、三人の方に向き直った。 その顔には薄らとした苦い笑み。 「俺達が向こうに攻め入れば、流魂街の無関係な魂まで大量に巻き込んじまうだろ。それに比べて此処なら元々存在数が少ないおかげで避難させやすいし、こっちはあまり推奨しないが、避難の指示に従わずその場に残った奴は死神に殺されても一応魂の消滅だけは免れるからな。」 「・・・・・・まだあちらの魂魄すら護ろうとなさるのですね。」 ―――その役職とは縁を切ったはずなのに。 一護が一護であることを嬉しく思いつつも、それ故に数多の生命の狭間で苦しむ大切な少年を眺め、藍染は胸を痛める。 しかし。 「ああ、それと。」 「まだ他に何か?」 一護の口から出た軽い調子の接続詞に藍染が問うと、少年は呆れるような表情を滲ませて笑った。 「こっちの方が霊子が濃いんで思い切り戦えるんだってさ。グリムジョーが。」 「いつの間にそんな話を。」 「いや、ついさっき。お前らと合流する前に見かけたんで。」 「あの者は玉座の間に集まらず一体何処をほっつき歩いてるんだ・・・!」 藍染に続き、そう言って拳を固めたのは東仙である。 一護は困ったように笑い声を立てつつ東仙に視線を向ける。 「まぁまぁ抑えて。その一言のおかげで俺も随分気が楽になったんだから。」 その台詞に藍染の驚き顔も東仙の怒りも一気に鳴りを潜めた。 シン、と静まった空気で一護が己の失言に気付き、しまったという顔をする。 やはりこの優しい主は戦いが始まることに心を痛めずにはいられないのだ。 しかしその沈黙を呆気なく破ったのはずっと無言を保っていた市丸だった。 「ほな今回のグリムジョーはプラスマイナス0でお咎め無しやね。一護ちゃんの気ィ楽にしてくれたことの方が大きいんやったらご褒美上げてもエエしな。」 冗談まじりの軽い言葉に、満ちていた沈黙が払拭される。 それに釣られるようにして一護が笑った。 「そうだなァ。どうせグリムジョーのことだし、死神と戦う時は前線に自由に出て行ってもいい権利とか?あいつ、戦うの好きだからな。」 「そらエエわ。死神の本隊侵攻まで十刃は待機とかになったら、グリムジョーみたいな奴は耐えられへんやろうしな。」 「だろう?よし、じゃあそれで決定ってことで。」 ニッと少年の笑みを浮かべて一護は前に向き直った。 歩みを再開させた主に慌てて藍染も付き従い、ほっと胸を撫で下ろす。 少年に元気を取り戻させたのが自分ではないことに不満を覚えるものの、大切な人が落ち込んだままでいるよりはずっといい。 追い駆ける背は自分より小さくとも、何者より立派で誇らしく、一生ついて行くと決めたもの。 上に立つ者としての威厳に満ちたそれに目を眇め、藍染は無音のまま少年に誓った。 貴方が護りたいものを護れるように、私は貴方の心を護りましょう。 □■□ 「なぁ一護ちゃん。グリムジョーのことやけど、あれ、嘘やろ。」 「・・・バレてたか。」 ぺろりとわざとらしく舌を出す少年に市丸は小さく笑う。 あの話の後、藍染と東仙にそれぞれ急用の連絡が来て一護と共に玉座の間へ向かうことが出来なくなった。 二人は残った市丸に彼を頼むと言い残し、その場を去ったのだが、それからしばらく歩いた頃に市丸が口を開いたのである。 「なんでバレたんだ?」 「だってボク、途中でグリムジョーに会うたし。あそこからやと一護ちゃんと話せる時間なんかあらへんで。」 「そうだったのか。失敗したな。」 「まぁエエんちゃう?どうせそれ知っとんのボクだけやし。」 そう言ってニンマリと笑うキツネ顔。 「どうせその嘘も藍染はんのためなんやろ?あの人、随分辛そうな顔しとったし。」 「んー、まぁな。親は子供の精神状態にも気を配るもんなんだよ。・・・って、配れてないからこうやってフォローに四苦八苦してるわけだけど。あいつには最近色々と助けられてばっかだったし。」 苦笑する一護をにこにこと眺めながら市丸は「でも、」と性質の悪い表情を浮かべた。 「それだけやないよな。あの台詞には一護ちゃん自身の本音も含まれとったはずや。だって一護ちゃん、グリムジョーと同じかそれ以上に戦うん好きやんか。」 市丸の言葉に一護は一瞬だけ目を瞠り、次いでニヤリと口角を上げた。 その少年の表情に、やはり自分の思った通りだと確信を得ながら市丸も笑い返す。 「ボク、結構一護ちゃんのこと見てるんやで。藍染はんみたいに一護ちゃんに対して盲目ちゃうし。」 「でも俺だってあんまり意識してなかったんだぜ。自分が戦い好きだって。まぁ考えてみれば、昔から斬月振り回して楽しんでた記憶もあるけどな。でも自分が戦うのは誰かを護るためだとずっと思って来たし。勿論今も変わらず。」 一護にとっては、傷つけたくない・護りたいと思うのも、強い相手に己の力をぶつけて戦いたいと思うのも、どちらも本心である。 市丸は解っていると言う代わりに笑みを深くすると、自分より低い位置にある頭を軽く撫でた。 「・・・何してんだ。」 「愛情表現?」 そう答えるが、ギモン系かよ、との小さなツッコミを受けて市丸は眉尻を下げる。 これが愛情表現であるのか、それとも他者に対する優越感の表れであるのかは解らない、と。 「でも一護ちゃんが好きなことには変わらんで。」 「はいはい。」 投げ遣りな返事を受けても、市丸は更に好きだと繰り返す。 「好きやで一護ちゃん。一護ちゃんに盲信してはる誰かさんとは違って、聖人君主にはなられへんその矛盾したところも全部ひっくるめて、ボクは一護ちゃんが好きなんよ。」 そう告げると一護の足がぴたりと止まった。 振り返った顔に浮かべられたのは困ったようなむず痒いような表情。 「あまりそういうこと言うなって。これから皆の前に真面目な顔出さなきゃなんねーのにさ。・・・でもまあ、他人には見せたくない所まで認めてくれんのは有り難いと思ってるよ。サンキュ。」 「どういたしまして。」 市丸が答えると再び一護は歩き出した。 「早く行かねぇと惣右介達が先に着いちまうかもしれないな。そうなったら何してたのかしつこく訊かれそうだ。」 「そら敵わんわ。瞬歩でも使う?」 「俺について来れんの?」 「一護ちゃんが本気出せへんのやったらね。」 その返答に一護は笑って「じゃあ着いて来い。」と言った。 市丸がその意味を理解する前――と言うよりも「着いて来い」と告げるのとほぼ同時――に一護が姿を消す。 「・・・・・・つまり手加減してくれる言うことやんな。」 呟き、けれども眉間に皺が寄る。 何故かと言うと。 「それでも速過ぎるわ、一護ちゃん。」 藍染相手ならばおそらく見せないであろうそんな態度に笑っていいのか嘆いていいのか判断を付けかねつつ、いつまでもここで突っ立っているわけにも行かないので、すぐさま市丸は少年の後を追った。 □■□ 玉座に着き、一護は足を組んで集まった破面達を見下ろす。 大半の者はこれから何が起こるのか、言わずともその空気で気付いているようだった。 血と争いに飢えた瞳がこちらを見上げる。 その様に内心苦笑しながら、一護はなるべく感情を殺した声と表情で宣言した。 「間も無くこの地で死神達との戦いになる。その前にあちらに攻め入るという手もあるが、霊子の濃い虚圏の方が皆も楽しいだろう。・・・さぁ、」 緩やかに口端を持ち上げ形作られたのは、浮き足立つ破面達に合わせた攻撃的な笑み。 「本能に従い、全てを喰らい尽くせ!!」 |