wirepuller 13















十六年の生の中で少年が得て、同時に彼を縛ってきたものは全て取り払われた。
友情も、愛情も、何もかも。
あとは自分の思う通りに生きればいい・・・のだが。

「俺のやりたい事、か。」

白い長衣を纏い、鮮やかなオレンジ色の髪をした少年――― 一護が虚夜宮の自室でポツリと呟いた。
現世でのしがらみを断ち切った今、一護の想いを妨げる存在など一つも無く、やろうと思えば何だって出来る。
しかしながら、改めてやりたい事がすぐに思い浮かばず、一護はぼんやりと天井を見上げて息を吐き出した。

記憶が戻る前、藍染達と手を組むことにしたのは己の中に潜む虚を如何にかするためだ。
そして現在、虚は完全に己の配下に在る。
つまり当初の目的は達成されてしまったのだ。
では何故まだここにいるのかと言えば、それは勿論、記憶が戻って以降自分が共にいたいと思う者を一方に絞ったからである。

・・・しかし、自分はその選んだ者と共にいるだけで満足なのか。
その者の望みについては?他に思うことは無いのか。

思考を巡らせていると扉の向こうに見知った霊圧を感じて、一護は部屋の外に声をかけた。

「惣右介?」
「はい。入室してもよろしいでしょうか。」
「ああ。」

問いかけに許可を出せば、一拍置いて視線の先の扉が開いた。
どうした、と現れた人影に微笑んで手招きをする。
一人でこの部屋を訪れたらしい藍染は一護の手招きに応じてこちらに近寄って来るのだが、浮かべられた表情が少しおかしい。
まるで小さな子供が親に怒られるのを承知で何かを言おうとしているような・・・・・・と思ったのは、藍染の言おうとしていることが予想出来ていたからだろうか。

一護は藍染が虚達と手を組んで何をしようとしているのか知っている。
その理由さえ。
いや、知っていて当然なのだ。
なにせ藍染の行動理由の根源には一護自身が深く係わっているのだから。

近寄って来た藍染の手を取り、己の手で包み込む。
少しビクついた元養い子の様子に、俺がお前を怒ったことなんて一度もないはずなんだがな、と胸中で呟きながら苦笑を漏らした。

「一護様、お話したいことが・・・」
「その前に俺からも話があるんだけど、構わねえか?」
「ぇ・・・あ、はい。どうぞ。」

大の男が戸惑う様子すら可愛いと思えてしまうのは男の過去の姿を今も鮮明に覚えているからだろう。

一護は己の言葉を音にする前に一つ深呼吸をした。
これから告げることは己の意思であり、目の前の男が望んでいるからこそ自分もその望みに身を任すわけでは決してない。
藍染が望んだからということを免罪符にしてはいけないのだ。
自分の言葉も行動も全て自分に責任がある。
それが人として、未熟ながらも親として、上に立つ者として、背負わなければならないものだと言うことを一護は常に意識しておかなくてはならない。

(つまりは俺もお前と同じことを思っていたってことだよ。惣右介が望むからじゃない。俺も望んでいるから、なんだ。)

藍染の手を握ったまま一護は男の顔を見上げる。
そして口を開いた。



「霊王を、殺しに行こう。」













尸魂界を統べる王・霊王は瀞霊廷の、その更に別の空間に存在する王宮に住んでいる。
ある一人の青年が王の護衛役を任されていた頃は王宮の外に出て来ることもしばしばあったのだが、それは例外中の例外であり、本来は滅多に人前に姿を晒すことはない。
ゆえに、霊王に会うためにはその空間の中に入る必要があった。
王宮へと続く空間に侵入する際、絶対に必要になるのが『鍵』。
その姿形さえ一般の死神には知らされておらず、『王鍵』という名前と存在だけが明らかになっているのみである。
ただし護廷十三隊の総隊長には代々口伝でその在り処が伝えられていた。
また尸魂界の大霊書回廊には王鍵の創生法についての知識も存在した。

「そして大霊書回廊で文献を読んだお前は王鍵の創生法を知っている。でも俺がその方法で王鍵を作るなんてことを許すはずがないってのも、お前は解ってるはずだよな。」
「はい。一つの鍵を作るために貴方が生まれ育った町とそこに住む数多の人々の魂魄が犠牲になるわけですから。」

藍染の返答に一護は頷く。
では、この世の何処かに存在しているはずの王鍵の在り処を知らない藍染には霊王の元へ辿り着くことすら出来ないのか。
そう疑問を提起してすぐ、一護は、否、と首を横に振った。

「・・・一護様は王鍵の在り処をご存知なのですか?」
「ああ、知ってるよ。」

目を見開く男を前にして一護はニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべる。

「惣右介。お前は俺の過去の役職を知ってるだろう?」
「王属特務の長、ですよね。」

その当時、現在一護が纏っているものとよく似た白の長衣の着用をただ一人許されていた役職。
王属特務特務長。
己の感情の殆どが詰め込まれている時代を思い出し、藍染は喜びと悲しみが等量含まれているような複雑な表情を見せた。
その顔を眺めながら一護は微かに笑う。

「まず知っておかなきゃならないのが二つ。一つは、王鍵は過去に二度作られているということ。鍵の一方は今も霊王本人が持ってるはずだ。そしてもう一つが王鍵の形。王鍵は普通にイメージする鍵みてえに手のひらサイズで物質化されたようなもんじゃない。鍵とは名ばかりで、王鍵って言うのは力であり術なんだ。」
「鬼道のようなものだと・・・?」
「まぁな。そして目で見ることも出来ない。そこに『在る』と判るのは持ち主だけで、使えるのも持ち主だけなんだ。」

そのことを前提として王鍵の在り処を教えるわけなんだが、と続け、一護は藍染の手を放し、己の胸の中心を指差した。

「王鍵はここ、俺の魂の中にある。でも朽木ルキアの中に隠されていた崩玉みたいに別々のものとして存在しているわけじゃない。俺が霊王と係わり合いを持つようになってすぐ、この魂と同化するという形で王鍵が作られた。―――つまり、俺は鍵の持ち主であり、また王鍵そのものでもあるんだ。」

そう告げて一護は顔を笑みの形に歪ませる。
しかし無意識のうちに自嘲が漏れ出ていたのか、目の前の藍染の顔色はあまり良いと言えるものではない。
一護は表情を苦笑に切替えてもう一度自分よりも大きく男らしい手を両手で包み込んだ。

「大丈夫。過去の俺は立場と霊王の二つに雁字搦めにされてたけど、今はそうじゃない。“これから”の曖昧さに怯える必要も無い。そうだろう?」
「・・・ええ、そうですね。」

ようやく笑みを浮かべた男に一護はニッと笑い返して立ち上がる。

「それじゃあ早速、準備にとりかかるとしますか。・・・行くのは少人数の方がいい。誰にするかはお前が決めてくれ。」
「承知致しました。狙うのは霊王のみ、ですね。」
「ああ。こちらから派手に仕掛けるつもりは無いからな。気付いて逃げられる前に終わらせる。」

霊王を殺せば全てが“始まる”。
政治には係わっておらずとも象徴として頂点に君臨する存在を失えば、尸魂界は何が何でも動かざるを得なくなり、大きな戦争が起こるに違いない。
血と闘争。
破面達の多くが本能的に持っている欲求だ。

「騒がしくなるな。」

呟き、歩き出す。
その声には一護の固い決意が宿っていた。

















―――そして計画は密やかに実行された。

霊王が住まう王宮へ侵入したのは一護を含めて四人。
一護、藍染、そして一護の命令を聞き入れる理性と十分な実力を兼ね備えた者として藍染が選抜した十刃のハリベルとウルキオラである。
死神二人――市丸と東仙――は虚圏に残り、一護達が不在の間に問題が起こらないよう努める役割を仰せ付かっていた。

藍染と破面の二人を、異変に気付いた者やどうしても対処しなくてはならない護衛の撃破に回し、一護が赴いたのは過去何度も足を運んだ王宮の最奥の部屋。
一度として声をかけずに入ったことが無かったその部屋に無言のまま侵入し、一護の姿を認めて信じられないとばかりに目を瞠った人物へ薄らと笑いかけた。
豪奢な着物を纏ったその人が瞳に驚愕と幾許かの歓喜に似たものを宿し、掠れた声を出す。

「お前は・・・そんな、まさか・・・!戻って来たのか。」
「お久しぶりです、霊王。この黒崎一護、再びこの地に戻ってまいりました。・・・そして、」

穏やかな口調で告げながら一護は斬月を振り上げる。

「サヨウナラ。」

















そして全てが加速し始めた。
終焉に向かって。






















霊王の殺害は一護(と藍染)の復讐であり、死神への宣戦布告でもあります。

一護だって聖人君主じゃありませんからね。

霊王に対しては非常に複雑な感情を抱いています。ただし憎しみとか恨みが半分以上なのは確実。

特別な存在として扱われていたのは知っていますが、だからって好き勝手する相手を同じように想えるはずありませんし。

あと、別行動中の藍染さんですが、この時に実は王族を何人か殺ってるという裏設定。

霊王に関しては一護に譲っておりますが、他の目立った(過去にかかわった)王族を幾人かバッサリと。




『終焉の幕を引くために』

「終わり」の幕を上げたのが俺なら、その幕を下ろすのも俺の役目だ。
















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