現世、井上織姫の部屋。
彼が真の裏切り者だったのか、と、巨大な画面に映った護廷十三隊の長はゆっくり噛み砕くように呟く。
織姫が虚圏から戻り、彼女と同じく彼の少年の現在の姿を目にした石田雨竜と茶渡泰虎両名の証言を合わせたものから導かれた結果だった。
















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少年が囚われていた織姫を二人の前に連れて来たのだと。
少年が白い服を着ていたのだと。
少年が玉座に腰を下ろしていたのだと。

帰還して、否、帰還させられてすぐの混乱の中、戸惑いながらもクラスメイト二人と共に死神達へとそれを伝えた織姫は、己がこの老人にどう思われていたのか理解した上であちらの世界で経験したことの断片を吐き出す。
言葉を紡ぐたびに彼の少年の悲しそうな笑みが思い出されて胸が締め付けられるように苦しくなったが、それでも語り続けられたのは、少年がどんな人間で自分をどう思ってくれていたかを知っていたから。
優しすぎる彼はきっと、現世に戻って死神達から裏切り者として責められる織姫のことを心配してくれているはずだ。
その確信は自惚れや自意識過剰が齎すものではなく、彼の人となりに起因するもの。
例え織姫でなくとも、今の織姫のポジションにいる“彼の知り合い”ならば、誰だって少年にそう思ってもらえるだろう。
そして、そんな風に少年に思われる者達は――少なくとも織姫自身は――彼の胸をこれ以上痛ませることが無いよう、自分の中の痛みに耐えて口を開くしかなかった。

あちらの世界で彼がどう振舞っていたのかを説明するに従って、織姫に向けられていた責めは薄れていく。
少年が望んでいる通りに。
けれど同時に、織姫から外されていく責めは消えることなく、むしろ更に増加して少年へと向かっていた。

(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・!)

視線を落として唇を噛み締め、胸の前で組まれた両手に必要以上の力がかかっているのをまるで第三者の気分のように感じながら、織姫はただ謝罪だけを胸中で叫び続ける。
何度謝っても音にした言葉は消えることなく死神達の脳に記憶されてしまったことだろう。
彼をよく知る一部の者ならともかく、彼をただ“知る”程度の人間はすでに少年を敵と見なし、今後は織姫ではなく彼をどうするかという思考に移行しているに違いない。
織姫とは違い完全に己の意思で破面側についた少年へ向けられる感情に戸惑いなどは一切無いようで、この夏休みに尸魂界を救ったことも藍染が崩玉を手に入れるために打たれた芝居だと、画面越しに黒い群衆の中からそういう囁きが聞こえたような気さえした。

「井上・・・、」
「朽木、さん。」

現世に来ていた死神の一人・朽木ルキアに肩を叩かれて振り返る。
その黒く大きな瞳に映り込む自分の、なんと惨めなことか。
口を真一文字に固く結んで何かを耐えるように眉根が寄せられ、いっそ大泣きでもした方が良いのではないかと言うくらい歪んだ表情をしていた。

「ご苦労だった。あとは私が。」

織姫の代わりにルキアが一歩前へ出て、画面に映る総隊長と相対す。
ではこれから我々はどうすべきでしょうか、と彼女の口から出た音は学校で耳にしていたものとは違い、温度が殆ど感じ取れなかった。
ああ朽木さんも解ってくれているんだと、彼をよく知る人物である少女の背中を見つめる。
けれど感想はそれだけだ。
ルキアにこの状況を好転させるだけの力は無い。
『井上織姫』という人間よりはマシだろうが、彼女はただの一介の死神であり、隊長でも何でもないのだから。
そして総隊長が寄越した返事は、織姫の予想と少しも違わぬものだった。

「現時刻をもって死神・黒崎一護を尸魂界の敵と見なす。」
(ほら、ね。)
「具体的な対策は決まり次第伝えよう。朽木ルキアと阿散井恋次はすぐに戻ってまいれ。それから井上織姫、石田雨竜、茶渡泰虎の三名も此方の意思に従ってもらう。指示があるまで待機してもらいたい。」
「「了解しました。」」

ルキアと恋次が揃って頭を下げ、その横で茶渡と雨竜が無言を貫く。
きっと似たような会話が織姫誘拐の時にもあったのだろう。
だから差異はあれども反対意見が出されることはないのだ。
そう予想をつけて織姫は総隊長を見る。
反論は無意味だと解っているから、そんなものを口にしたりはしない。

「わかり・・・ました。」

織姫はただ囁くようにそう告げた。











「私、虚圏に行きたい。」

尸魂界との通信が終了した途端、そう口に出した織姫に四対の視線が驚きを伴って向けられた。
ギョッとする、という形容がピッタリな表情を見渡して織姫はもう一度繰り返す。

「私、虚圏に行きたい。黒崎くんを説得しに行くの。」

彼は確かに白い服を纏っていた。
けれど彼の心まであちら側に染まっていると、誰が断言出来るだろう?
そうしたくなくても、しなければならない理由が彼にあったのかも知れない、と考えられなくはないだろうか。
少なくともたった一度だけで黒崎一護という人間を諦められるほど織姫は非情でも潔くもなかった。

「山本総隊長のご命令を無視する気か、井上。」
「私が総隊長さんの命令に従う義務なんてないよ。私はあの人の部下じゃないもの。」
「しかし・・・!」
「朽木さんだって本当は黒崎くんに会いたいんでしょ?」

命令があるからそう言わないだけで、と付け足せば、ルキアは口を噤んでしまう。
図星だから。
と言うよりも、この場にいる五人は皆一護とこのまま別れてしまうなんてしたくないのだ。
そんな織姫の思考を示すように茶渡が一言発した。

「俺もだ。」
「茶渡くん!」

嬉しそうに名前を呼んだ織姫の方を向き、茶渡は小さく頷く。

「俺はあのまま一護を敵として見るなんて絶対に出来ない。せめてもう一度あいつと話がしたい。」
「それなら僕も同意見だ。黒崎が最初から藍染達の仲間だったなんて、そんなの死神達なんかよりずっと黒崎を知ってる僕達が思うはずないだろう。」

雨竜も眼鏡の位置を直しながら「だよね。井上さん。」と口端を持ち上げてみせた。

「そうだよ!ねえ、朽木さんもそうでしょ?」
「あ、ああ・・・じゃなくてだな!」
「いいじゃねえかよルキア。俺だってそう思ってんだから。」
「恋次、」

共に現世に下りていたもう一人の死神・阿散井恋次を振り仰いでルキアがその名を呼ぶ。
恋次は苦笑を浮かべながら織姫達を眺め、わざとらしく肩を竦ませた。

「俺も、一護が最初からあっち側だったなんて考えらんねーよ。それに俺はあっち側についたっていう一護を見たことすらねえ。だからこそ話するなり馬鹿野郎ってぶん殴るなり、何かやんなきゃいけねえって思うんだ。」
「恋次くん・・・」

ありがとう、と続ける織姫に、恋次は「礼を返されることなんざ言ってねえよ。」と笑う。
そんなやり取りを見ているうちに決心がついたのか、ルキアも織姫に笑みを見せた。

「・・・ああ、認めよう。私も一護がそうだとは思っておらん。だから直接会って確かめたい。・・・死神ではなく、朽木ルキアとして。」
「っ、うん!」

やっぱり黒崎くんをよく知ってる人はちゃんと解ってるんだ!
織姫は胸に生まれた暖かいものを感じて頷く。
そして同じ意思を持った四人を、希望を宿す瞳で見つめ、織姫は宣言した。

「会いに行こう!黒崎くんに!!」











□■□











全ての破面が自分に従ってくれていると、少年はそう考えたことなど一度も無かった。
過去に一度己の力を示したことはあったが、それだけで大人しくなるほど彼らも甘い存在ではない。

物事を冷静に、客観的に捉えられるような者達ならまだいい。
そういう者達は感情と理性をきっちり分けて行動するため、少年に従うことを選択してくれる。
少年は破面達が頭に据えていた藍染惣右介を従えている存在であり、実際それに見合った力も持っている。
だから逆らうことは得策ではないのだと。そう、判断してくれるのだ。

また例えそうでなくとも、下級破面達の大部分――― 少年の力を身を持って知り、そして逆らう気力すらごっそりと削がれた者達ならば、すでに服従するという選択肢以外その恐怖ゆえに持ち得ないだろう。
ただ己に少年の怒りが向かないよう祈り、身を慎む。

問題は、力を持ち、そして感情のまま動く破面。
彼らは少年の力を理解しつつも(もしかすると解っていない者もいるかも知れないが)、感情が従うことを拒否している。
藍染が再び自分達のトップに立つことを望む者や尸魂界への侵攻の意思を欠片も見せない少年に反感を覚える者、とにかく何が何でも少年を退けたいと思う者が「あれは死神だ!あれは死神なんだ!」と声高く、もしくは隠れて叫び、勿論それだけでは当然終わらずに幾人かが集まって度々反旗を翻すのだ。

今日もそんな風に小規模な反乱を起こした破面数体に対処し終え、少年は溜息と共に自室の椅子へと深く身を沈めた。

「・・・お疲れ様です、一護様。」
「ん。」

掛けられた声には適当に返して目を閉じる。
少年・一護に対しての反乱を一護自ら処理するようになって一ヶ月。
最初の頃は「わざわざ一護様がなさらずとも・・・!」と藍染や周りの者達が止めてきていたのだが、それでも止めない一護にいつしか彼らも何も言わなくなっていた。
加えて誰か他の者がその手伝いを申し出たとしても一護は首を縦に振らなかった。
「お前はあいつらを殺すだろう?」と言って。
一護は破面を殺さない。
死神でもある一護がその斬魄刀で破面を斬ったとしても斬られた者達は死ぬのではなく尸魂界へと送られるだけなのだが、それでも一護は相手を平伏させるだけに留めていた。

『どうせ逆らう者達なのですから、居ない方が貴方様にとっても良いはずでしょうに・・・。それに貴方様が剣を振るったところで彼らが消滅してしまうわけではないでしょう?』

藍染から諭すようにそう告げられても一護の態度は変わらない。
斬魄刀で斬ってしまえば虚や破面として形成してきた自我が失われてしまうから。それはつまり死と同意義だから。
だから俺は『殺さない』と、一護はそう考えていた。
破面のトップに立つ者として自分はそう考えなくてはいけないと思っていた。
どこか己に言い聞かせるようなそれに、苦い表情をした藍染がいたのを知らないわけではないのだが。
頑固者め、と藍染にではなく自分に苦笑してから一護は目を開ける。

「惣右介、」
「はい。」

名前を呼ぶだけで此方の意を察し近づいて来た男の片手を両手で包み込むようにして持ち、今は己より大きくそして冷たくなった右手を額へと持って行く。
手の甲と額を触れ合わせて小さく息を吐き出した。

「今日で一ヶ月だな。」
「・・・そうですね。」

何が、と思い出す分の空白を空けてなされた返事に、己と元養い子の違いを感じつつ口元に弧を描く。

「井上を帰してから一ヶ月。おそらく俺が尸魂界に敵と見なされてからも一ヶ月だろう。それでも俺は、まだ此方に認めてもらえない。」
「貴方様が弱音を吐かれるなんて、らしくありませんよ。」
「わかってる。でもなんか・・・吐きたくなったんだ。なんでかな?」

死神側から破面側へとついた。
今頃はきっと尸魂界からも敵として認識されているだろう。
けれど当の破面達からはまだ味方として認識されていない。

決して破面達から敬われたいと思っているわけではないのだ。むしろそれは如何でもいい。
ただ一方を切り捨てた後に残ったもう一方からも受け入れられないという事実が、この一ヶ月で一護の中に暗い沈殿として溜まり続けていた。
一護は拒絶されて喜ぶようなタイプではない。
だからそれは解っていたことではあるけれども、少しばかりキツイものがある。

それとは別に、あとは“予感”とでも言えばいいのか。
何かが起こるような気がして一護は不定形で理由不明の不安が己の中で生まれていたことに気付いた。

(今さら惣右介を選んだことに後悔なんてしてない・・・でも何なんだ、この苦しいものは。)
「・・・ホント、なんでかな。」
「疲れていらっしゃるのかも知れませんね。此処は現世と随分環境が違いますし。」
「そう、かな・・・?」
「そうですよ。・・・・・・そう言うことにしておきましょう。」
「ああ。」

相手に気遣われていることを感じながら小さく頷く。
親なのになぁと漏らせば、きっと苦笑が返って来るのだろう。
私だって『大人』になったんですよ、と。

「・・・?どうかしましたか。」
「いや、なんでもねえ。」

少しだけ気分が上昇して笑い出した一護の様子に気付き、藍染が不思議がる。
それを軽くあしらって一護は持っていた彼の手を解放した。

「よし!そんじゃあ気晴らしに身体でも動かすか。惣右介、お前も来るだろう?」
「ええ、御供致します。一護様が向かわれる所でしたら何処へでも。」

藍染が微笑んだ、その時。
一ヶ月前に経験した振動が再び虚夜宮を揺るがせた。

「・・・な、んで。」

察知した複数の霊圧に、一護が目を見開いてそう呟く。

「なんで来るんだよ、お前ら。」











□■□











織姫達五人が虚圏へ赴く意を決めてから一ヶ月後。
再び浦原喜助の力を借りて彼らは虚圏の地を踏みしめた。
決意してすぐに来ることが出来なかったのは、ルキアと恋次が尸魂界の監視の目を掻い潜るための細工にしばらくの時間を要したからである。
その間、現世の織姫達は何もせずに待っていたわけではなく、破面達とまともな戦闘が出来るように――なにせ目的の相手は破面達の中心にいるのだから、そこまで辿り着く必要がある――必死に己の力を磨いていた。
一ヶ月前にも感じた空気の中、織姫は硬質な白い床の上に立って辺りを見渡す。

「虚夜宮の中だね、ここ・・・。」

何処かの廊下に出たらしく、等間隔に並ぶ窓からは此方の世界独特の景色が窺えた。
闇と砂漠と月と。
囚われていた部屋の窓から見ていたのと全く変わらない空。
そこから視線を外せば、前後にどこまでも伸びる廊下と自分達がやって来た際に崩れたのであろう壁、そして織姫と同じように辺りをキョロキョロと見渡す四人が視界に入った。
壁の派手な壊れ方からして、きっと自分達の存在はすでに破面に気付かれてしまっていることだろう。
一護の元へ早く辿り着くためにも余計な破面達に遭遇するわけにはいかない。
だから、と同じ思考に至った五人は同時に頷く。
そして覚えのある霊圧を察知してその方向へと走り出した。











□■□











「どうなさいますか。」
「俺が出るしかないだろ?」

藍染の問いかけに苦い笑みでそう返し、仕様が無いなといった表情を作って頭を掻く。
そう、仕様が無い。
だって彼らは彼らなのだから。
一護がたった一度拒絶したくらいで諦めてくれるほど、此方に不干渉であってくれるほど、彼らは他人に無関心ではいられない。
考えるまでもなく理解していたはずなのに、一ヶ月のブランクのためかそんなことまで思い出すのに時間が掛かってしまった。
とにかく、五人分の霊圧を感じたその瞬間よりは落ち着いている。
そして落ち着いたなら次は己のやることを考え、実行するべきだ。

一護は五人がいる位置を正確に知覚出来るよう意識を巡らせながら、同時に常は抑制している己の霊圧を幾らか解放した。
これで彼らが逆方向へ走ってしまうことだけはないだろう。

「いってらっしゃいませ。」という声と深めの礼をしたらしい藍染の気配を背中で感じながら一護は部屋を出る。
瞬歩を使って移動開始。
彼らが破面達から余計なちょっかいを受ける前に辿り着ければいいのだが・・・と考えながら、白い裾を翻らせて一護は更にそのスピードを上げた。











一護が織姫達の下へ辿りついた時、すでに彼らは複数の破面から攻撃を受けていた。
少し前から知覚出来ていたことだが――それ故に移動速度もかなり限界まで上げたのだが――、現状を見て顔を顰める。
しかしそんな暇があるならまず動かなくては、と、一護は背中の斬魄刀を手に取った。

「やめろ、グリムジョー。」

よく響く声に、戦闘が一次的に止まる。
振り返ったのは水浅葱色の髪をした破面。
その彼が一護の姿を認めてニヤリと笑った。

「そんなに俺と戦いたいか。」

うんざりとした調子で呟くが、相手は笑ったままだ。
それは肯定と取って良いのだろう。

彼は、グリムジョー・ジャガージャックは、死神・黒崎一護と因縁深い破面である。
まだ記憶を取り戻していなかった一護と戦い、そして互いに傷を受けた。
グリムジョーは己に傷をつけた一護と執拗に戦いたがっていた。
共に本気を出し合う形で勝負し、一護を殺したかったのだろう。勿論、今も。
しかし一護が記憶を取り戻して破面の長という地位についた為に、グリムジョーは本気の一護と戦う理由を失った。
戦闘を申し込めば一護も相手くらいしてやれる。
反乱を起こせばある程度の制裁を加えるだろう。
けれどそれは本気とは程遠いもので、グリムジョーはそれを良しとしていなかった。

そんな中、此方に訪れた『黒崎一護』の仲間達。
これを利用しない手はあるまい。
グリムジョーが織姫達に手を出せば、きっと一護は本気を見せる。

水浅葱の破面がそんなことを考えているのだと、一護には手に取るように解った。
精神年齢という注釈はつくけれども、伊達に年は取っていない。

(だからって本当に俺が本気を出すとは限らねえんだけどなぁ・・・。)

手を出されたくらいでいちいちキレるような性格ならば元々此方についたりなどしない。
多少なりともいざと言う時は相手を傷つける覚悟があったからこそ、今この場で白い衣を纏っていられるのだ。

「若いな。」

相手には聞こえない程度の音量で呟き、一護はグリムジョー以外の者にも素早く視線を走らせた。
朽木ルキア、阿散井恋次、井上織姫、茶渡泰虎、石田雨竜。
それからグリムジョー・ジャガージャックに・・・。

(名前は知らん。)

見覚えがあるような無いようなギリアンまたはアジューカス級破面が五体。
皆グリムジョーの宮の誰かなのだろう。
とりあえず便宜上、破面A、B、C、D、Eとする。
人の顔と名前を覚えるのは得意ではなかったし、と言い訳をしながら一護はそんな感じで適当に五体の破面を名づけた後、視線をグリムジョーに戻して相手にも聞こえるような声を出した。

「余計なマネはするな。此処で去れば、侵入者を排除するため積極的に動いてくれたものとして判断する。去れ。これは命令だ。」
「俺がそれに従うと思ってんじゃねーよな?」
「・・・そうか。」

予想していた答えに溜息付きでそう呟き、もう一度命令を下す代わりに斬月を構えた。
グリムジョー達六体の破面の向こう側では一護を視認した五人が叫ぶように此方の名前を呼んでいる。
至る所に傷を負っているようだが、それくらい元気ならば大丈夫だろう。

(あいつらも幾らか強くなったみたいし、グリムジョー達も加減してたんだろうな。つーか嬲って遊んでたのかも?)

加えて、人数から言ってもグリムジョー本人が攻撃行動を起こしたとは考えにくい。
今、彼が戦いたいのは一護だけなのだろう。
案の定、一護が斬月を構えると水浅葱の破面はより一層笑みを深くした。
残虐性を増した表情と霊圧で、死神・人間・破面関係なくその場にいた殆どの者が一瞬怯む。
例外は勿論グリムジョー本人と一護のみ。

もう一度溜息を吐き出して相手と視線を合わせ、一護は告げた。

「本気でやって欲しかったら自分達でそうさせてみろ。何なら全員まとめて相手してやるよ。」
(一人ごときで本気にさせられると思うなよ?)











□■□











一護の霊圧を辿って走り出してからしばらく経った頃、“その”気配を一番最初に察知したのは織姫の隣を走る雨竜だった。

「来た!」
「・・・え?」

織姫の疑問に誰かが答える間も無く、突如として現れたのは五体の破面とそれを率いているらしいもう一人。
見覚えのある姿にハッと息を呑む。

「あなたは・・・!」

水浅葱の破面。
織姫が一護に治療を命じられた、あの。
あちらも織姫の存在に気付いたらしく、此方を見て口端を吊り上げた。

「わざわざ戻って来るたぁご苦労なこったな、女。」

破面は嘲るようにそう言って、もうそれで興味は失ったとばかりに視線を外し、仲間への指示のためか片手を軽く振る。
途端、向けられる殺意。
各自で攻撃に対応しながら、織姫は早くも危機感を覚えていた。
五対五で始まった戦いを余裕の笑みで観戦するその男に。











少しは強くなったつもりだった。
けれどもう身がもたない。
もともと戦いに不向きな織姫は、五人の中で最も早く危機に陥っていた。
まるで此方で遊んでいるかのように攻撃が加えられる。
他も自分のことで精一杯らしく、助けは期待出来ない。

「こんな所で負けちゃいられないのに・・・!」

声を絞り出した瞬間、織姫は“それ”を聞いた。

「やめろ、グリムジョー。」

よく通る声。
あの、声。
破面の向こう側、見つけた姿に泣いてしまいそうだった。

「黒崎くん・・・!」

まるで漫画のヒーローのよう。
ピンチになったら駆けつけて来てくれる正義の味方。
まとめて破面を相手にしてやると宣言するその姿に織姫は希望を見た。
やはり彼は彼なのだと。
私達を助けてくれる、私達の仲間なのだと。

(きっと帰って来てくれるよね。)

その言葉は確信のように織姫の胸に落ちた。











□■□











破面Aの攻撃をひらりと躱してBの虚閃を斬月で弾く。
DとEが二人同時攻撃を仕掛けてきたので此方も一方を斬月、もう一方を破道の『白雷』で対応し、一時的にだが退かせることに成功。
しかし間を置かずにCが突っ込んで来たので瞬歩を用いて躱す。

全員一護の力を理解しているためか、最初から斬魄刀解放を行なっていた。
しかしまだまだ。
下級・中級の破面が五体程度では昔の通常業務かそれ以下くらいにしかならない。
ただ気になったのはいっこうに攻撃を仕掛けてこない残りの一人―――グリムジョー。
何も彼が参戦したからといって自分が劣勢になるとは思っていなかったが、一護と戦いたい当の本人がそんな風にしているのは可笑しいと言えるのではないか。

(何考えてやがんだ・・・?)

もしかして一対一がお望みだったか。
有り得ることだと苦笑しつつ、何度躱しても懲りずに向かってくる破面達の相手をする。
この執拗なまでの攻撃意思・・・きっと彼らも一護を長と認めたくない者達なのだろう。
今まではグリムジョーから手出しするなとでも命令されて行動を起こさなかったのか。
そして今回、グリムジョーから許可が下り、喜々として向かって来ているのか。

(だとしたら躾がなっていると言うか何と言うか。この連携の良さもその所為だったりして?)

自分の考えに、ひく、と口元を引き攣らせると、それを見咎めたのか更に攻撃の手が強まった。
だからと言って此方の余裕が無くなるわけでもなかったが。

移動して止まって、また移動して。
躱して弾いて跳ね除けて。
時折場所を移動しながら五人の攻撃に対処していると、いつの間にやら背後にルキア達を庇う格好で戦うようになっていた。

(偶然?それとも仕組まれたか・・・?)

嫌な予感を覚えて柄を握る手に少しだけ力が篭る。
早くこの位置から退こうと思って三体同時に向かって来た破面を剣圧で追い返すが、続いて残りの二体が入れ替わるように飛び込んできてそれも上手くいかない。
徐々に一護の中で仕組まれたかもという確信が強まり、連動するように嫌な予感も増してくる。
未だ動きを見せないグリムジョーをチラと見遣れば、彼は確かに一護とその後ろにいる者達を見ていた。

(・・・まさか!?)

彼の思惑が何か思い至った直後、ついにグリムジョーが動きを見せた。
水浅葱の破面は一護に向かって指を突き出す。
そしてグリムジョーと一護、二人を結ぶ直線の更に先にいるのは現世からの訪問者五人。
突き付けられた指の先に光球が灯ったのがわかった。

「間に合え・・・っ!」



―――ドンッ・・・!



閃光と爆音。
悲鳴もあったかも知れないが、それが判らないくらい本気で撃ち込まれたらしい虚閃が起こした爆発は凄まじかった。
その威力を“身をもって”体験した一護が「ふう、」と息を吐き出す。
背後に感じる、五人分の気配。
何とか間に合ったと呟いて、一護は防御するために掲げていた斬月を脇に下ろした。
幅広の斬魄刀で隠されていた顔も露わになる。
それを見てグリムジョーが笑ったように感じられた。

「ようやく出しやがったか。その仮面。」
「・・・狙いはコレかよ。」

喜色が滲み出る相手の様子に一護は仮面の内でうんざりと呟く。
グリムジョーの一撃から皆を護るため一護が咄嗟に取った方法は虚化して攻撃を受けること。
攻撃力も防御力も上がるこの虚化はあまり良い思い出がないだけに進んでやりたいことでは無かったのだが、この状況では仕方あるまい。
そう諦めるように自分を納得させて、背後に五人を庇ったままグリムジョーと他の五体に目をやる。
どうやら五体の破面達の役目は一護をこの位置に移動させることだったらしく、不本意さを顔に滲ませながらもこれ以上攻撃するような様子は見られない。

(グリムジョーの性格からは想像つかねえくらい本当に統制の取れた奴らだな。)

胸中で呟き、一護はグリムジョー一人に相手を絞って斬月を構えた。
それに合わせたかのように水浅葱の残像が出来上がる。
一瞬の間を置いてキンッという鋼と鋼が打ち合う音。
瞬き一回ほどもないくらいの素早さで一護の眼前まで移動して来たグリムジョーが、一護の経験上初めて抜刀していた。

「軋れ『豹王』!」

長く伸びた髪、尖った耳。
獣っぽさを増した姿でグリムジョーがニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。

「勝負だ、黒崎一護。」
「受けて立ってやる。」

告げて、両者共に距離を取った。
刀の代わりに鋭利な爪を備えたグリムジョーは素早い動きで何度も一護に攻撃を仕掛けてくる。
接近戦が得意なのかと思いながら斬月で対応していれば、しかし距離を取った瞬間に見覚えのある動作。
指を突き出すその格好に、一護は未だ己の背後で足を止めたままの五人がいることを思い出した。
一護とグリムジョーが放つ霊圧に気圧されてしまったのか、逃げようとする気配すらない。

(またかよ!)

閃光と爆音。
しかも先刻の一撃とは比べものにならない威力が一護の身を襲う。

逃げれば背後の皆に当たるという事実が一護を防御に回してしまい、再度放たれた虚閃もその場で防いだ。
空間が歪んでいるような感覚は錯覚だろうか。
しかし一度落とされたとはいえ、十刃のNo.6が本気で放った攻撃だ。
それくらい起きても不思議はない。

(そろそろ本気出さねえとやばいかな。)

これまで無傷だったのにとうとう怪我を負った己の身体を見下ろして一護は音もなく呟く。

力は強ければ強いほど扱いも難しくなる。
相手をただ殺すためだけに力を行使するなら話は早いのだが、まさか十刃であるグリムジョーを消してしまうわけにもいかないだろう。
彼を消してしまえば彼に従っているであろう者達が一斉に反乱を起こすことは目に見えているから。

しかしそうも言っていられないらしい。
誰かを庇いながら、しかも戦う相手を殺さないようにして戦闘を終了させるなどという難易度の高いクリア条件が設置された今、もう一護の取るべき攻略法は「とりあえずグリムジョーが打たれ強いことを祈る」だった。
『力加減を誤って強すぎる攻撃を仕掛けるかも知れないから、グリムジョーよ頑張ってくれ』というグリムジョー本人には絶対耳に入れられないふざけた(しかしある意味で真面目な)願いを胸中でのみ告げて、一護は再々度放たれた虚閃に対し今度は一護自身も同じ攻撃をすることによって空中で閃光を生み出した。

背後で己の名を呼ぶ声がする。
織姫の声で「黒崎くん!」と不安げに呼ばれた気がして、一護は背後を振り返った。

「井上?大丈夫・・・」
「ひ!ぃや、」

耳に入ってきたのは喉の奥から搾り出されたような引き攣った悲鳴。
聞き間違いだと思おうとしても、一護の両目が捉えたのは織姫の恐怖を浮かばせた顔。
そして彼女だけでなく他の者達の表情も程度の差こそあれ皆一様に歪んでいた。
一護の耳に入ってこなかっただけで、織姫以外に悲鳴を上げてしまった者もいたのかも知れない。

(・・・・・・嗚呼。)

彼女らの恐怖心を顕現させたトリガーであろう己の顔を正面に向け直し、一護は小さく笑った。
この失敗は二度目だと自嘲する。
また同じ過ちを繰り返してしまったと。

(でもいっそ、それなら二度と会いに来ようなんて思わないくらい恐れられた方が良いのかもな。)

虚閃では一護が防戦一方になって面白くないと気付いた所為か、接近戦を再開した相手に対処しながらそんな考えに至る。
この身体では負ったはずのない右目の傷が痛んだような気がしたが頭を振って否定して、それから時間を稼ぐために一護は口を開いた。

「縛道の六十一『六杖光牢』」

六本の帯が出現し、相手の動きを封じる。
グリムジョー相手ではそう長く保たないだろうが、ほんの少し彼を足止めすることが出来れば十分だった。
技の成功を確認した後、一護は意を決してもう一度織姫達の方に振り返る。

本当のところ、彼らが来てくれたことが嬉しかった。
死神を裏切ったはずの自分にそうやってまだ手を差し伸べようとしてくれるのかと。
藍染達には言えないが、実は少し決心が揺らいだ程に。
けれど、やはり現実は―――。

座りこんでしまった少女に手を差し伸べることすら今の自分がしてはいけないのだと解っているからこそ、一護は必要最低限の言葉を精一杯の優しい音で囁くだけに留めた。

「恐がらせて悪かった。・・・それじゃ、さようなら。」
「っ、待て一護!」

最後にそう叫んだのはルキアだろうか。
確認出来ないまま音もなく生み出された黒腔が五人の姿を飲み込む。
織姫・茶渡・雨竜にとっては二度目の、ルキア・恋次にとっては始めての黒崎一護製黒腔が彼らを現世へと送り返した。
開いた時と同様に閉じる時も無音の暗闇を背後にして、一護は捕らえたままのグリムジョーへと視線を戻す。

「俺今傷心気味だから、ちょっと加減きかねえわ・・・・・・許してくれよ?」

軽くそう告げるのと縛道が解かれたのは同時だった。






















織姫(達)がうっかり一護の姿を恐がってしまった所為で、

一護も彼らへの想いを完全に断ち切ることに決めてしまいました。

(これで一護さんが死神と虚の狭間で悩むこともなくなるはず。)


ちなみに攻撃力とか霊圧への耐性はこんな感じ↓

一護>>グリ>>恋次>石田・ルキア>茶渡>織姫




『君に感謝と別れの言葉を。』

ありがとう。これで完璧に吹っ切ることが出来ました。

所詮俺はあなた方と相容れない存在なのですね。

だから、さようなら。
















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