wirepuller 9















カツーン、カツーンと一歩ごとに響く硬質な足音。
寡黙な破面に連れられて長い長い廊下を歩む。

己がした事は尸魂界やそれに関わる全ての人達に対する裏切り行為だと理解していた。
しかしそうしなければ大切な人達が殺されていたのも事実。

どうしようもない思いを抱えながら、井上織姫は玉座の間へと足を踏み入れた。









「ああ、やっと来たか。」

強大な霊圧と共に上から響いてきたのはあまりにも聞き慣れた声。
織姫は耳を疑い、動揺したまま顔を上げることすら出来ずに立ち竦む。
ちらっと横目で見た破面――確かウルキオラと言った――の顔に浮かぶのは押し殺し切れていない驚愕の表情。
どうやら彼にも知らされていなかったその事実を前に、織姫はぎゅっと拳を握った。

「危害は加えない。・・・だから、顔を上げて?」
「・・・っ、ぁ。」

毒のように甘い声は人を惑わす力まで持っているのか。
織姫はまるで見えない糸に操られるように視線を上げる。
そこに、在ったのは。

周りの破面達と同じ白の上下に身を包み、悠然と玉座に腰を下ろした人物。
両脇に三人の元隊長達を従えて彼は美しく微笑んだ。



「ようこそ、井上。我らの城、『虚夜宮ラス・ノーチェス』へ。」

「・・・・・・黒崎、くん。」




その甘く鮮やかな絶望の名前を、織姫は知らない。











□■□











「よろしいのですか。」
「何がだ。」
「井上織姫に貴方の姿を見せたこと・・・」
「ああ、それか。」

呟いて、一護は己に膝を貸す男の顔へと手を伸ばした。
目元、唇を親指でなぞり、そして指を頭の方へ移動させ・・・。
成長してもその髪質は殆ど変わらず、指を梳き入れればセットが崩れて柔い感触だけを伝えてくる。

数時間前、玉座の間にて織姫を迎え入れ、周りの破面達に彼女の力を披露させた――グリムジョーを指差して『そこにぶっ倒れてる男の左腕ごと全部治して見せて。』と一護が言うと彼女は酷く驚きながらも従ってくれた――のだが、その時の事に関して藍染は少し心配げな表情で此方を見下ろしていた。
それもそうだろう。
黒崎一護にとって井上織姫とは大切な人間の一人であり、拒絶を避けたい対象なのだから。

しかし一護は彼女の前に姿を現し、なおかつ能力の行使を強制したことに対して後悔などしていなかった。
織姫が利用価値のある人間だと知らしめれば、その分彼女に降りかかる危険は減少する。
それに(例え敵としてでも)一護が同じ空間にいると知れば、織姫の気持ちも幾分楽になるかも知れない。
これで問題になるのは井上織姫が“黒崎一護が破面側についた”と記憶してしまったことなのだが、一護は薄く笑って「別に構わない。」と囁いた。

「必要とあらばそんな記憶なんて幾らでも弄くれる。・・・簡単に、な。」

だから心配要らない、と一護が言えば、藍染も「それもそうですね。」と笑みを浮かべた。











しばらく藍染の膝枕で微睡んでいたのだが、此方に近づいてくる霊圧を感じて一護は扉の方に視線を向けた。
無駄に広いこの部屋の無駄に大きなその扉が僅かな軋みと共に開き、出来た隙間からひょっこりと顔を出したのは銀髪の青年―――。

「よう、ギン。何かあったのか?」

現れた市丸ギンに一護は片手を上げて(ただし未だ寝転がったまま)口元に弧を描く。
市丸はそんな少年の体勢に顔を顰めたが、瞬時に取り繕って一護の元へ歩み寄った。

「ギン・・・?」
「用事は特に無いんやけどね。一護ちゃんを独り占めにされんのが我慢ならんかったんよ。」

ニッコリ、と常から細い目を更に細くして市丸が微笑む。
彼の台詞に一護が惚けていると市丸はその手を取って指を絡ませ、ちゅっと唇を落とした。

「ギン!」

慌てて藍染が注意するが、市丸は素知らぬフリ。
一護に嫌がる素振りが無いのを良いことに、二度三度と見せつけるように繰り返す。

「一護ちゃん。藍染はんに冷たく当たれ言うわけちゃうけど、もっとボクにも構ったって?」

囁き、まるで子猫がじゃれつくように一護の指に歯を立てた。
その刺激に一護の身がピクリと反応すると、口を離して噛んだ箇所を舌で優しく舐め上げる。

「ギンっ・・・わかったから、そういうのは止めろ。」

声に少し熱が籠もってしまったのは仕方の無い事だろう。
怪しくなってきた市丸の所作に制止を掛け、一護は「ったく。」と呆れるように一息ついた。

横には愉しそうな市丸。上には不満そうな藍染。
彼らを交互に見比べ、どちらを構っても残った方が不機嫌になるのは分かり切ったことだと溜息をつく。
一護は眉間の皺を深くして呻るように答えを絞り出した。


「・・・とりあえず。俺、現世に戻ろっかな。」


直後、二倍のブーイングを頂いたのは致し方在るまい。






















「いや、どーせチャドとか石田とかが井上奪還!って来るだろうし。それなら俺がアイツら死なねぇように影からサポートする必要が、」
「ありません!一護様は此処でゆっくり過ごされるのが最も良いのです。」
「そうやで一護ちゃん!阿呆な尸魂界の事とか忘れて、一護ちゃんはのんびりしとったらエエねん!」

「・・・・・・・・・こう言う時だけ息ぴったりだな、お前ら。」
「「!!」」






















藍染さんは一護様に頭を撫でてもらうためにベタつかないワックスとか使ってそうです。

もちろん髪の毛バリバリになるやつなんて厳禁。

でも一番髪質良くて撫でてもらい易いのは市丸さんだと思う・・・。(負けるな藍染さん!)




『嫉妬?その通りですとも。』

・・・とは市丸さんの気持ち。例え「親の愛情」であっても許せない!
















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