wirepuller 7
(うん。・・・まぁやるだろうとは思ってたけど。)
ベッドの上で目を閉じ、まるで本当に眠っているのかように、少年は体を横たえていた。 体中に巻かれた包帯、刺し貫かれたまま傷の癒えない手首。 “死神・黒崎一護”がそれ程高い治癒力を持っている筈も無く――よって今此処で全回復してみせる訳にはいかないのだ――、そんな体で唯一自由になる思考だけを働かせ、一護は胸中で独り言ちた。 昼間、グリムジョーと戦っている最中に現れたウルキオラ。 その少し前から途切れた井上織姫の霊圧に一護はただ「ついにやったか。」とだけ、淡々とした感想を抱いていた。 一護によってもたらされたと言っても過言ではない彼女の力は神をも冒涜しかねないほど。 それに織姫の能力である『事象の拒絶』・・・これは上手くすると、一護を侵す虚に対しても役立てられたかも知れないのだ。 だからこそ、藍染が目を付けるのも当然と言えた。 (ま、虚に関してはもう無意味だけど・・・。俺、アイツに自分が“戻った”こと教えてねぇしな。仕様が無ェか。) クスクスと肩を震わせそうになったが全身を襲う痛みに断念する。 いくら何でもコレは痛い。 仕方なく、周りに気付かれぬ程度に傷を治そうと思い、一護が目を開けようとしたその時。 「よい・・・しょっ・・・と。」 突然聞こえてきた織姫の声に一護は不自然に見えぬよう全身の力を抜いた。 霊圧も何も感じなかったから、てっきり既に虚圏へと連れ去られたものだとばかり思っていたのだが。 どうやら幾らかの猶予期間と霊圧や気配を封じる道具か何かを渡されていたようだ。 それなら、これは彼女からの“お別れ”と言うことか。 状況からそう判断して一護は成り行きに身を任せる。 彼女が一護に対して多弁なのは、もちろん一護が眠っているから・と言うのもあるだろうが、きっと口に出すことで彼女なりに自分の中で感情を整理しているからだろう。 少しの間、話が途切れて自分の右手に少女の右手が重ねられ、微かな吐息が近づいた時には此処で起きるか否か流石に迷った。 しかし何事も無く熱が離れた後、冷たい雫と共に震える謝罪が落ちて来て、それがチクリと一護の胸を突き刺す。 一護から離れた織姫はカーテンに背を預けてゆっくりと語り掛けてきた。 「・・・黒崎くん、あたしね・・・。したいこと、いっぱいあったんだぁ・・・」 学校の先生、宇宙飛行士、ケーキ屋さん。 ミスドやサーティワンに行って「ぜんぶください!」って言ってみること・・・。 そうやってやりたかった事を全て口に出すのは、もうそれが決して叶えられぬ夢だと悟ってしまったから? 他人を想って、囚われの身になる決意をして。 呆れるくらい健気なその精神に一護は何も言えない。 「あ〜あ!人生が5回ぐらいあったらなあ!」 暗く沈んだ気持ちを払拭するように少し大きめの声が聞こえた。 こっちの方が彼女には似合ってる、と思う。 多少無理をしてでも女性はやっぱり明るくしていた方が良い。 純粋に綺麗だし、周囲の空気も華やぐし、それにきっと本人の心もつられて少しは軽くなる筈だから。 「そしたら、あたし5回とも違う町に生まれて、5回とも違うものおなかいっぱい食べて、5回とも違う仕事して・・・」 夢を語る明るい声、明るい雰囲気。 それが少し落ち着いて、告げられた言葉は優しく、そして強かった。 「それで5回とも・・・同じ人を好きになる。」 誰を、だなんて明白。 眠っている人間になされた告白は一護の胸に再び小さな痛みをもたらす。 けれど喜びや驚きの前に「申し訳ない」と思ってしまったのは己の立場故か。 さよなら、と告げて織姫が姿を消した後。 彼女の手によって完全に治癒された体を起こし、一護は月を見上げる。 「・・・ばーか。」 ―――俺を好きになって5回も悲しい思いする気かよ。 その小さな呟きは誰にも届かず空気に溶けた。 朝になり、十番隊隊長に連れて来られた織姫の部屋。 そこで聞かされた尸魂界の意志に一護は言葉を失った。 井上織姫が生きていて残念? 連れ戻すことすら許さない? 破面側の動きに怖気付き、現世を護るために派遣されていた者達をも連れ戻して尸魂界の守護につかせると? 挙句の果てには此方の行動すら制限すると言うのか。 死神達が去り、一人残された部屋で一護は俯いたまま肩を震わせた。 それは理不尽さに対する怒りか?―――否。 くつくつと静かに漏れるのは笑い声。 「ホント・・・今も昔も、尸魂界は何一つ変わってねぇな。」 全てを護ると言っておきながら、結局は自分達のことしか考えていない。 幾ら時を経ようと、世代を代えようと。それだけはずっと同じ。 中途半端に手を貸して、彼らはそれで全てが上手くいくと思っているのだろうか。 「だから俺はアンタらの掲げるその『死神の正義』ってのが気に食わねぇんだよ。」 あまりに矮小で愚鈍で救いようのない、ちんけなソレ。 口端を吊り上げて一護が顔を上げた。 砂嵐しか映さない巨大な画面を見据えるその表情を、人はおそらく嘲笑と呼ぶ。 |