出会ったその瞬間に理由も解らず愛しさと負い目を感じた。
こんないけ好かない笑顔のヤツに何故、と思うのにもかかわらず。 ただでさえそんなヤツの言葉を信じようと思ってしまう自分に良い気分がしなかったというのに、それが一層イラつきを倍増させて、俺は必要以上にアイツへと辛く当たった。 そんな中、「習う」と言うより「思い出す」に近い感覚で強くなっていく死神としての己の力。 そして、それを当然のように受け入れるアイツ。 (お前は誰だ。お前は俺の何なんだ?) 夢の中で小さな子供が笑ったような気がした。 wirepuller 6
(・・・ああ、そう言うことか。)
白き己を取り込んで少年は緩やかに口角を吊り上げる。 視界の端でオレンジ色の髪が地面に擦れて汚れてしまっているが、今はその身を起こす気力も無い。 内なる虚との戦いで一気に疲労した体は指一本動かすことさえ億劫にさせた。 けれど心は晴れやか。満たされている。 “アイツ”に感じた愛しさの理由、負い目の理由、切なさの理由、悲しみの理由、全てを理解したから。 (いや、理解したんじゃねぇ。・・・これは“思い出した”んだ。) ジャリ、と靴底が砂を噛む音。 倒れ込んだ己に近づいて来るのは平子真子か。 全てを思い出した今、笑いで肩が震えるのをぐっと堪え、少年は今回のことに一役も二役も買ってくれた彼の言葉を待った。 「―――気分はどうや。一護。」 独特の訛は記憶にある銀髪の青年よりも“彼女”の方に近いと言える。 その事に気付くとまた肩が震えそうになって、少年―――黒崎一護は「あァ・・・」と息を吐き出した。 (気分だって?それは勿論、) 「悪くねえ。」 「・・・そうかい。」 口元にはっきりと笑みを乗せる。 握り締めた漆黒の柄の感触はなんだか酷く懐かしかった。 体が疲労から回復した後、仮面の軍勢から少年に課せられたのは虚化状態の保持時間を延ばすための訓練―――であるのだが。 (面倒。しかも無意味。) 力と記憶を全て取り戻した今の一護にとって虚化状態の維持など至極簡単。 呼吸と同程度の容易さで何分だろうが何時間だろうが平気で行えてしまうものだった。 元々己の中で急速に大きくなってきていた虚を一時的にでも抑えられまいかという思いで彼ら仮面の軍勢に近づいた一護であるので、当初の予定より格段に良い結果がもたらされた今、此処に留まる理由は無い。 そう言うことで、さてこれからどうしよう・と思うのだが、元養い子がいる虚圏に行く気は起こらなかった。 突然押しかけても盛大に驚かれるだけだろうし、それに一護自身、十六年間の経験の上に何百年分もの経験が加算されたすぐ後なのでその何もかもが整理し切れた訳では無いのだ。 特に問題なのが己の情緒面。 頭では理解し切れていても・・・と言う部分が少なからずある。 (まぁ何かするにしても、その辺にある程度ケリつけてからでも遅くはねぇよな。) 思考を巡らせるうち結局はそう判断して、一護はしばらく新人・仮面の軍勢(虚化状態保持時間激短仕様)を演じることになった。 そして今日も今日とて一護は仮面の軍勢一のお転婆娘――どれだけ口汚かろうが目の前で平子が一撃を食らって死にかけようが一護にとってはただの“お転婆”で済まされてしまう――こと猿柿ひよ里相手に戦闘を繰り返す。 一護が行う虚化はせいぜい3秒か4秒程度。 打ち込まれる剣戟やら足技やらを相手に気付かれぬよう避け、急所を外させるのも中々楽しい。 (相手が子供サイズだからかな。) ひよ里本人に聞かれたならばさぞかし罵詈雑言を頂戴するであろう台詞を胸中で呟く。 ―――と、そんな時。 (・・・井上?) 仮面の軍勢の一人、有昭田鉢玄が張った結界の中に侵入してきた者の霊圧を察知して一護の意識がそちらへ移った。 ドォン!!! 「何してんねん一護っ!!」 「ぐ・・・ッ!くそ・・・」 派手に一撃を食らって虚化状態が解ける。 否、正しくは一護の都合上“解いた”のであり、外見上“解けた”のだが。 しかしそんな事はどうでも良く。 どうやら霊圧の主・織姫は一護に「藍染惣右介の真の目的」を知らせるためやって来たらしい。 一通りその話を聞いた後、一護はなるべく余計な事を言わぬよう注意しながらいつも通りに振る舞っていた。 そして彼女が帰るのを見送ってからは、ひよ里と再戦。 横目で他の仮面の軍勢が織姫について色々話し合っているのを確認しつつ、一護が思い出すのは王鍵に関する件。 (作るったってなァ・・・。俺がそんな事許す筈ねぇし。) 大切な人達が住まう土地をみすみす消滅させるつもりは無い。 また藍染も一護がそう考えるのは解っている筈だから、彼が王鍵の創生を実行に移すとも思えなかった。 むしろ藍染が空座町に手を出すのは一護がそこにいるから、だろう。 大霊書回廊で王鍵の創生法に関する記述を閲覧したのは、その材料に重霊地・空座町が含まれているとは知らなかった時の事であるし。 (ま、気が向いたら手ぇ貸してやるか。) ―――藍染惣右介の最終目的に。 その時自分は完全に藍染側の人間になるのだろうと思いながら、一護は口端を上げる。 仮面の内で浮かぶのは自嘲の笑み。 徐々に整理がついてきた感情から己の行く先を思い、そして転生してもなお魂魄に宿る『鍵』を明確に感じる今、その笑みはある意味最も相応しいと言えた。 |