6人の破面達の襲撃の後、傷ついたルキアを治療する傍らで黙していた少年がスッと立ち上がった。


「黒崎･･･くん？」


盾舜六花で治療を続けながらその横顔を見つめていた織姫は、静かに背を向けた彼に声をかける。
少年が見せていた横顔は後悔か、懺悔か。
そう思い、心配気に呼ぶ声には小さな躊躇いが混じった。


「悪ィ･･･ちょっと。」
「え･･･あ、うん。」


こんな時に、しかもそんな状態で何処へ行くのか、とは訊けなかった。
立ち上がる寸前に見せた表情は何もかもが消え去った、感情を読ませないもので。

自身の左腕を折ることになった先日の襲撃とはまた違う『恐怖』を感じた織姫は、その感覚を誤魔化すかのように少年から視線を外して六花へと力を送った。











□■□











グリムジョーが去った後、東仙は暗闇しか映さないその目で玉座を見上げた。
視覚として感じることは出来ないが、玉座に腰掛けている藍染は笑っているのだと分かる。


「『調和を乱す者を許すべきではないと考える。それだけだ』とはね･･･それも組織ではなく“私”の為に？」

グリムジョーに言っていた東仙の台詞を真似て藍染は苦笑を漏らす。

「それを言うなら“一護様”の為だろう。･･･まったく要も面白くない冗談を言う･･･」
「あそこで一護様の名を出すわけにはいきませんし、何より藍染様の名前を出した方が何も問題なく事を収められると判断しました。」
「確かに。今のグリムジョーに一護様の名を出したところで何も良いことなど無いからね。･･･けれどまぁ、今頃一護様はどう思っていらっしゃることか･･･」

そう言って額に手をやり、藍染は小さく溜息をついた。

今回、グリムジョーが同胞を連れて現世に赴いたことにより思った以上の被害が出た。
ただし『被害』とは此方のことではない。彼の少年の周りにいた者達に対するものだ。
あのお堅い、全くもって非効率的なはずの尸魂界が此方の予想よりも早く援軍を送っていたために、無駄な犠牲が多数（というには藍染にとってあまりに小さなものだったが）出てしまっている。

それに加え、朽木ルキアが身の程もわきまえずに出しゃばったお陰で、本来「黒崎一護」一人の犠牲で済んだはずのものが、彼女自身に多大なダメージを与えてしまった。
その大怪我をさせた本人、グリムジョーが言うには腹に穴を開けたということらしい･･････が、それを意味するものが何なのか、彼は分かっていない。


「その通りですよ。･･･一護様に何と言うおつもりですか、藍染様。」

「俺が、何？」
「「！？」」


暗闇から突如聞こえた声に東仙は振り返り、藍染は立ち上がった。
オレンジ色の頭髪を認め、はっとした二人はすぐさまその足元にたどり着いて膝を折る。


「一護様･･･」
「此方に来ていらしたとは。」

「藍染も東仙も頭、上げて。俺が来た理由･･･分かってるよな？」

少年の静かな声音に藍染は息を呑む。

「っ･･･はい。･･････あの･･･ですが、どうやって此処に。」

「あー。それボクですわ。」
「ギン･･･？」


少年の変わりに答えたのは広間にフラリと現れた銀髪の青年、市丸ギン。
市丸は驚く二人の前に辿り着くと小さなガラス玉のようなものを懐から取り出した。


「それは･･･」
「一回使い切りのゲート。藍染はんがこの前試しに作ってたヤツをボクが頂いて一護ちゃんに渡したんよ。･･･な、一護ちゃん。」
「まぁな。」

隣に立った市丸に少年が返す。


「そうでしたか･･･」
「そういうこと。便利なモン作ってくれてサンキュな。」
「いえ。」

少年の微笑に藍染は再度視線を床に落とす。
しかしこれで終わるはずも無く。



「で、今回のことなんだけど。」

少年はそう言って話を戻し、藍染を身構えさせる。

「お前が破面達の動向を把握出来ないはず無いよな？なのにこの有様。コッチは怪我人が俺入れて六人、お前んトコは五人死亡で一人が怪我。･･･ま、死んだのはどうせギリアン――最下級だけどさ。お前の予定には何の問題も無い程度か。」
「はい。しかし、朽木ルキアのことは･･･」


確かにこれからの予定には何の支障も無い程度だが、今回少年が虚圏を訪れた理由はまた別にあるだろうと、藍染は恐る恐るその『理由』を口にする。
だが、少年の返した言葉は藍染を一瞬唖然とさせた。


「別にいいよ。いざとなったら俺が治すしな。･･･頭と胴がくっついて息してりゃそう難しくもないし。」
「はい？･･･あの、失礼ながら･･･そのことで怒っていらっしゃったのでは？」

藍染にそう言われて、少年は肩をすくめる。

「まさか。頭の傷治さずに放っておいたんでちょっと痛かっただけ。」

傷、という単語に少年を除く三人ははっとするが、少年は苦笑しながら続けた。

「大体ルキア達は死神なんだし、死んでもねーのにそうそう俺が怒るかってんだ。
しかも尸魂界のヤツラ、お前の予想より早く動いちまったみてーだし？
その所為でこんな被害が出たんだから、お前のことガミガミ言ってもしょうがねーよ。」

「一護様･･･」

藍染は嬉しそうにその名を口にした。
少年の口から許しを得たからではなく自分の行いで少年に苛立ちを覚えさせずに済んだ、という事実のために。



「でも、自分で作ったモンすら御し切れてないってことで、」

そう言いながら少年は右手を藍染の額に突き出す。

「一護様？」
「一護ちゃん？」

ニィっと口角を上げた少年に東仙と市丸がまさか、という顔をした。

「･･･っ！？」
「お仕置き、な。」


藍染にパチンとデコピンを食らわせて少年は楽しそうに笑った。





ちなみに。

今回、少年が虚圏を訪れたのは彼の『内なる虚』を一時的にでも抑えるものを作れないか、と藍染に相談するためだったらしい。
それを聞いて藍染が色々と喜んでしまったのは、また別の話。
















■オマケ■


「ところでこの血･･･」

床の血痕に少年が目をやる。
すると東仙が「それは、」と彼には珍しく憎々しげに呟いた。

「グリムジョーのものです。腕を一本、この場で切り落としました。」
「へ？なんで。アイツせっかくの十刃なんだろ？」
「一護様に怪我を負わせた罰です･･･これではちっとも足りませんが。」

東仙の言葉に市丸はうんうんと頷き、血が固まってぱりぱりになった少年の前髪を解す様に弄る。

「そうやで。一護ちゃんにこないな怪我させたんやから、これくらい当たり前や。」
「その通りですよ、一護様。要がやらなければ私が手を下していたぐらいです。」

市丸に続き藍染までもが笑顔でそんなことを言う。
しかし、その横で東仙がポツリと。

「藍染様や市丸では彼を殺してしまいます。」

「そんなことないわ。」
「いや、ギンなら遠くからでも神鎗で刺し殺しかねない。」
「そう言う藍染はんなら笑顔で全身発火とかやりだすんちゃいますの？」

はん、と鼻で笑う市丸。
こめかみに青筋を浮かばせたまま微笑む藍染。

そんな二人を半眼で見つめて少年は「アホか」と呟いた。