彼と出逢ったのは『偶然』 彼に従ったのは『必然』 wirepuller 4
『絶対者』
その少年を知ったとき、初めて抱いた感情がそれだった。 彼は絶対者である。己が従うべき王であると。 彼の前ならば、まるで体の細胞一つ一つが望んでいるかのように、自然と膝を折り頭を垂れることが出来る。 その存在自体が敬愛の証。 その存在自体が畏敬の証。 単純な力ならば比べるのが愚かなくらい己のほうが上だ。 血を流させることなど至極簡単。殺そうと思えば一瞬で殺せた。 しかしそれを本能が許さない。 魂が許さないのだ。 そして、今。 彼は異常なまでの成長率で単純な力においても自分達を軽く凌駕してしまった。 本能が叫ぶ。彼は王であると。 理性が叫ぶ。彼は君臨者であると。 そして気づいたときには心が叫んでいた。彼に抱く感情を。 その名は―――・・・ 「ホンマ、恐ろしいお人やわぁ・・・ちょっと手合わせしただけでここまでやるとは。」 「ハイそこ。なんかごちゃごちゃ言ってねーで治療してやれよ。」 銀糸の男が笑って言うと少し離れた所にいるオレンジ色の髪の少年が半眼になって呟いた。 少年の足元には血まみれの『何か』。 白かった服は所々が赤黒く染まり、しかしながらただ気絶しているだけなのだろう。呼吸に合わせ、その体は規則正しく上下している。 銀糸の男―――市丸はその倒れている人物に視線を寄越すと一言。 「メンドイ。」 メンドイ・・・つまり、面倒くさい。 傷だらけの人物を認めながらも市丸は笑ってそう言った。 「って言うか、一護ちゃんは治してあげへんの?やろうって言い出したんは一護ちゃんやし。それにそっちの方が藍染はん喜ぶと思うんやけど。」 「はぁ?何だよそれ。・・・ったく、めんどくせー。」 あはは。物凄い扱われ様やなぁ・・・ ぶつぶつ不平を漏らしながら治療に取り掛かる少年を視界に収め、市丸は内心で呟く。 巨大な刃物で斬り付けられボロボロになった藍染の体。 しかし今は少年の手で見る間に回復してゆく体。 あれほどの傷を負っていながらも、それでもそんな藍染を羨ましいと思ってしまったのは、自分があの少年に対して抱く感情ゆえだろうか。 自分の思考に舞いってしまい、市丸は分からぬよう小さく小さく苦笑した。 ぐるりと辺りを見渡せば、荒れた大地に枯れた草木。そして天井にはあからさまな空色のペインティング。 元十二番隊隊長の現在の所在地である商店の地下に存在するという巨大な空間『勉強部屋』を模して作られたこの場所で少年と藍染と自分、三人だけ。 しかしこんな所でも少年の想い人の影がちらついて、胸に小さいながらも鋭い痛みが走る。 市丸は僅かに眉をしかめ、それに気づいて慌てて直した。 「あかんあかん。いくら一護ちゃんとおそろいでも眉間の皺は遠慮させてもらわな。」 「ギンー?何か呼んだか?」 治療を終えたらしい少年が立ち上がってこちらを向く。 「何も言うてへんよー。そっちはどないな感じ?」 「傷は完治したけど気絶中。ったく弱ぇんだから。」 「一護ちゃん相手なら大抵そんなモンやと思うんやけど・・・」 「そう?」 苦笑して少年はこちらにやって来る。 彼に放置されたままの人物を見やり、あとで東仙にでも回収しておいて貰おうなどと考えながら、市丸はそのまま歩き続ける少年に続いた。 少年から見て左側。その半歩ほど後ろに下がった位置について部屋を後にする。 「それにしてもイキナリやねぇ・・・『ちょっと相手しろ』って。」 「ん〜?ああ。たまには本気でやらねぇと体がなまっちまうし。」 「でも藍染はんやと、一護ちゃん相手に手ぇ抜いて・・・というか躊躇ってまうんとちゃう?」 市丸が顔を覗き込むようにして問うと、少年は「そんなことねぇよ」と言ってニヤリと笑った。 「だって俺、殺す気でやってるし。」 「・・・・・・はい?」 サラリと言われたその言葉に市丸の歩調が乱れる。 「こっちが殺す気で行くからあっちも本気でやるしかねーの。」 「うっわー。それホンマ?藍染はん死んでしまうんちゃうの?」 数歩の遅れを取り戻し、そう言いながら市丸は再度少年の斜め後ろにつく。 すると少年は市丸の問いに対してほんの少しだけ笑みを見せた。 「それは大丈夫。」 「・・・サスガに命まで取ったりはせぇへんって?」 「違う違う。」 足を止め、少年が振り返る。 視線の先には地面に伏した藍染の姿。 それを一瞬だけ視界に納めた少年は再度市丸の方に顔を向けてうっすらと微笑んだ。 「だって、アイツ強いじゃん。」 やっぱり、そう言ってもらえるあの人物が憎らしいほど羨ましい。 歩き出した少年の後を追って市丸がそう思ったかどうかは・・・・・・本人にしか分からないことであるのだが。 |