wirepuller 2
「お前も大変だよなぁ・・・あんな無能の下に就いてるなんて。」
少年が苦笑する。 「えー?・・・ボク、アイツに就いてたつもりはないんやけど?」 そう答えたのは銀髪の青年。 細められた目がまるでキツネを思わせる様な容貌である。 感情の読めないその笑顔を見つめながら、少年は「へぇ」と幾らか楽しそうに相槌を返した。 「ボクが就いてんのはアイツやなくてキミ。ボクは最初から一護ちゃんだけに就いてたつもりやで?」 言いながら、青年は少年に近づき、その足元に跪く。 そうして恭しくその手を取り、青年は羽のように軽いキスを手の甲に落とした。 「ボク、市丸ギンは黒崎一護にのみ忠誠を誓い、この命共々全てを捧げるつもりです・・・エエやろ?」 「たった16年しか生きてない子供にか?」 「年なんか関係あらへんよ。一護ちゃんの全てがこうして跪くのに充分なものやもん。」 「そりゃどーも。」 そう言って、少年はクスリと笑った。 一緒に笑った男―――市丸は、フッと意地の悪そうな顔をして「そう言えば」と少年を見つめた。 「藍染はん、なんやこの前もの凄くしょぼくれとったで?」 「しょぼくれとった・・・って。そんなに酷いことしたかなぁ?俺。」 「わかって言わはってるやろ、自分。」 「まぁね。」 クスクス楽しそうに笑う少年に市丸は苦笑して見せる。 「藍染はんなぁ・・・一護ちゃんのところから帰ってきて何やいろいろやってるなぁと思ってたんやけど、 なんといきなり服装変えてしもてな?今は隊長羽織やなくて別のモン着てんねん。・・・やっぱ色は白やけどな。」 ――― 一護ちゃん、アイツに何ぞ言うたやろ? そういった市丸に少年はプッと吹き出した。 「言った言った!まだその羽織着てんのかって。そっかぁ・・・アイツ、服変えたんだ。 うっわぁ・・・やっちゃった?・・・フフ。でもまだ白にはこだわってんだねぇ・・・・・・馬鹿な奴。」 最後の台詞は笑うのではなく嘲笑って。 「まぁ死神の黒に対してってことでエエんとちゃう?あんまり笑うとボクでも可哀相になってくるわ・・・」 「悪ィ悪ィ・・・それじゃァお詫びに俺がなんでも一つ、お前の訊きたいことに答えてやろう。」 尊大な態度で――それでも瞳は面白可笑しく笑ったまま――少年は言う。 「お詫びってなんやの・・・」 疲れたように言う市丸に少年はただ笑う。 訊きたいことに答えてくれるなんて、少年が思いつきで口にした事は市丸にも充分わかっており、 それ故に自分はただ少年の遊び相手にされているのだと実感させられた。 所詮はボクも本命とは程遠いヒトやからね・・・ そう思い、チクリとどこかが痛んだが、気にせず市丸は少年を見据える。 それなら目の前の少年の遊びに乗るのが自分の仕事であるのだと。 それに本当に訊いて答えてくれるなら、それはそれでラッキーなのだし。 「ホンマに?はぐらかしたりせぇへん?」 「しないしない。ちゃんと答えるって。」 いつも訊きたい事は上手くはぐらかしてしまう少年に市丸は用心深く問う。 一方少年の方はと言えば、パタパタと片手を振ってニコニコ――否、ニヤニヤのほうが正しいかもしれない――と 笑っているばかりだ。 「そやなぁ・・・」 何を問おうかと市丸は軽く頭を捻った。 少年の事は今更問うても意味が無い。 彼の気持ちの在り処も知っているし、彼のやりたい事は自分がなすべき仕事として既に承知している。 好きな食べ物、好きなスポーツ、好きな音楽、好きな本。 嫌いなものや過去のトラウマ。 そういうものだって全部調べて知っている。 それならこの機に何を問おうか。 一つだけ、少年とは別に気に掛けている人物のことを思い出し、市丸は「あっ」と声を上げた。 「ん?決まったか?」 「うん。・・・乱菊、どうしてた?」 昔、流魂街で行き倒れていた金髪の少女。 既にもうどれ程の時間を一緒にいたのかわからなくなってしまったくらい 長い付き合いの幼馴染――といっても良いだろう――の現状が、目の前の少年の次に気にかかっているのだと気づき、 市丸はそう問うた。 「乱菊さんか・・・」 市丸の口から出た名前に、少年は尸魂界で良くしてもらった女性のことを思い出す。 「あの人なら、元気にしてたよ・・・時々、元気すぎるくらいにな。」 「乱菊らしいなぁ・・・」 「おう。それに未成年にまで酒勧めんだぜ?・・・って、御一緒させてもらったけど。」 「なんでやねんっ!一護ちゃん思いっきり未成年やんっ!」 「ナイスツッコミ!」 ぐっと親指を立てた少年に市丸は疲れたように笑う。 そんな市丸をいつしか静かな表情で見つめいていた少年は、先程までとはまるで違う口調でそっと口を開いた。 「淋しいか?」 「一護ちゃん・・・?」 少年に視線を向けた市丸は、その急な変化に戸惑う。 それでも目の前の彼は自分のことを気遣ってくれているのだとわかると クスリと笑って優しげな表情を浮かべた。 「途中、別々に暮らした時期もあったけど、それでもちっさな頃からずっと一緒やったさかい・・・ そりゃ淋しくない言うたら嘘になるね。」 「ゴメンな、俺のせいで・・・」 突然の少年の謝罪に市丸は慌てる。 「そんなっ!一護ちゃんのせいやあらへんよ。」 「でも、俺がこんな事しなけりゃお前は乱菊さんと一緒にいられたんだろ?」 「そりゃ・・・そうやけど・・・・・・でも、ボクは一護ちゃんと一緒にいたいと思った。だから、ここにおるんや。 その事は認めて欲しい・・・な。」 市丸がそう言うと少年はふわりと笑った。 「・・・・・・そうだな。ありがとう。俺を選んでくれて。」 「どういたしまして。でも結構辛いんよ?惚れた相手が振り向いてくれへんってのは。」 「それはお前が決めたことだし、しょーがねぇだろ?嫌なら止めればいい。」 同じ笑みでも今度はニヤリと口角を上げた少年に市丸はぐっと詰まって苦笑した。 「ホンマいけずやなぁ・・・ウチのご主人サマは。ボクの気持ちもぜーんぶわかって言ってるもん。」 「それがお前の惚れた黒崎一護だろ?」 「そうやね。」 この目の前の少年に自分はまだまだ勝てないようだ。 これが惚れた弱みというやつか? そんなことを考えながら、市丸は少年と一緒に楽しそうに笑った。 |