Silver lunacy
「まさかこないな所でお会いするとは思ってもみませんでしたわ・・・平子隊長。」
「オマエ・・・市丸ギン、か?」 藍染に付いとった、と付け足し、市丸と相対する人物は視線を鋭くする。 どうやら自分の立場に関する諸々のことはまだこの人物の耳に届いていないらしい。 そう予想をつけながら市丸は肩を竦めた。 「もうちゃいますよ。今は別の・・・清く正しくがモットーみたいな子についてますわ。もともと藍染はんの下に付いとったんも、東仙みたいにあの人の計画に惹かれたからってワケとはちゃいますから。」 「それやったらなんであの時藍染に付いとったんや。」 剣呑な態度のまま訊いてくる相手に市丸は小さく息を吐き出し、続いて苦笑いを零す。 その意味を理解出来なかったのだろう、相手―――かつての尸魂界で護廷十三隊五番隊隊長を務め、当時五番隊副隊長だった藍染の陰謀によりその身に虚を植え付けられた平子真子が苛立ちも露わに舌打ちをした。 「そないにカッカせんといてください。・・・しゃあないですやん。あん時のボクは自分が生きるんで精一杯やったんですから。きちんと生きられて、衣食住が保障されてるんやったら何でもしましたよ。ま、面白いくらいに周りの奴らが弱いってのも魅力が無かったって言うつもりはありませんけど。」 告げながら市丸は死神になったばかりの頃を思い出す。 あの頃――浦原喜助が尸魂界を永久追放になる前――、藍染に死神としての才を見出された市丸は彼に言われるまま斬魄刀を振るい、藍染にとって邪魔な者達を手に掛けていた。 罪悪感などあるはずもない。 元々そんなことに罪悪感を覚えられるような生活はしていなかったし、自分よりも弱く惨めな存在を生かす代わりに己の命が危うくなるなど以ての外。 一時のことであるが流魂街で共に生活した少女でさえ捨てて得た生活を見す見す手放す気などさらさら無かった。 だから、何でもやった。 死神を越える力を得るために藍染が動き、ついには己の隊長を含む死神八名を強制的に虚化させた際にも露払いを兼ねて立ち会った。 おそらくその時のことを覚えていたのだろう。 この平子の敵意に満ちた眼差しは、つまりそういうことだ。 だが相手の眼差しを受け止めるだけで終わるはずもなく。 「・・・それはさて置き、」 市丸は常時細めている双眸をスッと薄く開いて平子を睨み付ける。 「ボクからも質問させてもらいますけど、平子隊長は何のために転入なんてマネしはるんですか。」 そう、市丸が平子と顔を合わせているのは空座第一高校の人気の無い廊下。 しかも平子が身につけている衣服はどう見ても空座高校の制服で、長かった髪をばっさりと切ったその外見は高校生で通る。 何故こんな時期に元隊長が空座町の高校に転入してくるのか。 平子は市丸がこの高校の教師をやっていることを知らなかったらしい。 ならば考えられる理由は一つしか思い浮かばず、己の義務であり意志である護るべき対象に害を成す可能性がある者を前に、市丸は神経が高ぶっていくのを自覚していた。 「・・・何のためにここへ?」 繰り返し問う。 だが平子は答えようとしない。 じっと黙ったまま市丸を見ているだけだ。 そんな相手の様子にどうやら告げる気が無いのだと結論付け、それならば、と無理やり神経を宥めて気を落ち着かせる。 何も言わない相手を前にしていても埒があかない。 それに転入前の挨拶に来た平子ならともかく、これから授業のある身としては長々と時間を使うわけにも行かないのだ。 市丸は溜息をつき、相手にくるりと背を向けた。 背後で微かに驚く気配を感じたが、引き留めるまでにはいかないらしい。 ただ、背を向けたのは市丸だが、そのまま何もせずに去るなどという真似はしない。 数歩離れた所で一度足を止めると、振り向かずに小さく告げた。 「・・・言っときますけど、“あの子”に手ェ出したら容赦しませんで。その身体、ボクの神鎗で串刺しにしてあげますわ。」 「随分執着しとるようやな。」 ようやく返って来た返事がそれか。 平子の台詞を鼻で笑いながら市丸は視線だけで振り返る。 そしてうっそりと笑った。 「今のボクにとってあの子だけが“光”で“救い”なんですわ。」 |