白キ者カラノ譲渡












「あ、そうだ。浦原、俺明日から最低でも一週間こっちに来られねーんだ。そんでもってその間、身体の方だけ預かっといて欲しいんだけど。」
「おや、何かありましたっけ?」

定期的に行っている霊圧チェックを終えた後、一護が何の前フリも無く放った言葉に浦原は少しだけ驚いたような声を出した。
一護が崩玉を飲み込んだことで魂魄に異常が発生していないかどうか調べるこの検診は、週に二度(週に一度から増加)、曜日を決めて行われている。
決して行わなくてはならないものではないが、出来ればきちんと続けた方がいい。
データの蓄積というのはそう言うものだからだ。
加えて先日、破面が六体も現世に現れ、その中でも別格とされる『十刃』グリムジョーと一護の間で一戦行われている。(尚、『十刃』という言葉や彼らが名乗りを上げた際に付け加える番号の意味は、戦闘終了後に各自が情報を持ち合って共有済みである。)
ただでさえ内なる虚と同化して日常生活を送っているというのに、その状態で虚の力を引き出すキッカケになる戦闘までしたのだから、浦原からすれば検診はいつも以上にしっかり行いたいところだろう。
そんな相手の気持ちを推測し、また頭の中で白い彼が『だから心配ねーっての。』と呟く言葉を聞きながら一護は浦原に言った。

「俺もそろそろパワーアップしとかねぇとなーと思ってさ。それで修行用に一週間、平子達―――『仮面の軍勢』の所で世話になることになってな。」

平子達の方には既に話を通している。
名目は内なる虚の調伏に協力して欲しい、というもの。
一護と白い彼の関係は主従ではないし調伏も必要ないのだが、細かい事情を説明するよりそう言った方が話は通りやすいのである。
事実、一部の仮面の軍勢はあまり乗り気では無いようだったが、平子は二つ返事で場所の提供を許可してくれた。
―――オレらはお前を仲間にしたいし、その前にはまずお前からの信用を得んといかんようやからな。
そう言って決して油断ならない笑みを浮かべながら。
こちらも相手を然程信用している訳ではないから、お相子といったところだろう。
また一護は仮面の軍勢の真意をイマイチ測りかねていたため、こちらの内情をいくらか見せることになる状況にわざと持って行こうと考えていた。
一護の異質さを示し、相手の出方から彼らを敵と見做すべきか味方と見做すべきか決めるのだ。

「わざわざアチラに行かずともアタシを頼ってくだされば・・・」
「でも浦原ンとこの地下はこの前の戦闘以降、チャドと恋次が使ってるんだろ?邪魔はしたくない。」
「あー・・・そうでした。」

わざとらしく肩を落とす浦原に思わず苦笑を漏らしながら一護は「と、言うわけで。」と話を締め括る。

「あっちでの滞在予定が長引きそうだったらまた連絡するから、とりあえず一週間。何かあったら・・・確かあっちは結界を張って他人には感知出来ねぇようにしてるらしいけど、あんたなら判るだろ。探して伝えてくれ。」
「了解しました。それじゃあ頑張って来てくださいね。」
「おう。」



□■□



「ホンマに場所貸すだけでエエんか?」
「ああ。広い場所と、それから俺の周りに強めの結界をもう一個作っておいてくれると助かる。他はこっちで全部出来るから。」
「折角色々用意したろ思とったのに。」

場所は空座町内にある今は使われていない工場。
大事なことはまだ何も言わない一護を面白げに眺め、平子が口の端を持ち上げる。

「ま、エエわ。お前がどないなモン見せてくれんのか楽しみにしとるさかい。」
「見てても楽しいもんじゃねーと思うけどな。・・・それじゃ早速始めさせてもらってもいいか?」
「ああ。こっちや。」

そう言って案内されたのは工場の地下。
おそらく元々存在していた場所ではなく、平子達が新たに作った空間なのだろう。
なんとなく浦原商店地下の勉強部屋や尸魂界の双極の下にあったもう一つの勉強部屋に似ている。
この辺りに現在『仮面の軍勢』と名乗る彼らと浦原との縁が窺えるような気がしないでもなかった。

「とりあえずここ使こたらエエ。それと結界がもう一つやっけ?―――ハッチ、頼めるか。」
「はいデス。」

ハッチと呼ばれた大柄の男―――有昭田鉢玄が一歩前に出て両手を打ち鳴らす。
その次の瞬間、鉢玄の動作を見守っていた他の仮面の軍勢と一護を隔てるように厚く見えない壁が形成された。

(お、スゲ・・・)
『これなら多少は保ちそうだな。ヤバかった壊れる前に張り直すだろうし。』
(だな。)

己を取り囲むような形で出来上がった結界に手を触れさせ、頭の中から聞こえる声に一護は同意を返す。
それから結界を張った鉢玄に軽く頭を下げてお礼とした後、両足を肩幅程度に開いて目を閉じた。

「一護、何する気や?」
「中の奴と会って来る。結構長くなると思うから、結界の維持だけ頼むな。」
「はぁ!?ちょ、待ていち―――」

平子が言い終わる前に鉢玄が張った結界内が圧倒的な光量に満たされた。
無音の爆発とも取れるその現象に仮面の軍勢達は声を失う。
やがて結界内を満たした無音の爆発は徐々に光を抑え、仮面の軍勢達が目にした物は―――。

「ははっ、キッツー・・・」
「うわぉ。なにコレ。」

ジャージの男とショートボブの少女―――愛川羅武、久南白が唖然と呟く。

「ねぇ真子、あの子本当にボクらと同類なのかい?」
「さァな。」
「とりあえずもう一枚結界を張っておいた方が良さそうでスネ。」

ウェーブがかかった長髪の男―――ローズこと鳳橋楼十郎は複雑な表情で平子に問い掛け、問われた平子が状況を見据えようと双眸を鋭くしたまま答えた。
また鉢玄は背中に詰めたい汗を感じながら呟いて言葉の通り結界をもう一つ追加し、残りの者達は無言。
そして光が収まったその場に、まるで光の代わりとでも言うように一帯を満たしたのは圧倒的な霊圧。
死神と虚の力が混じり合ったそれは物理的な影響を齎すほど大きく、周囲の者達に最低限の言葉さえ話すことを禁じるようだった。

鉢玄の結界の内側から漏れ出す霊圧の主は、勿論その中にいる一護だ。
しかし平子達が見た一護の姿はあの奇妙な白い死覇装を纏った死神の格好ではなく、人間一人がすっぽり入るサイズの黒い四角柱へと変化を遂げていた。

結界の中は余程強い霊圧で満たされているのか、黒い四角柱の周囲では地面から剥がれた土塊や石が宙に浮かんで激しく振動している。
ピシ・・・と耳に届いた小さな音は早くも一つ目の結界が霊圧に耐え切れず大きな亀裂を生んだ音だ。

「ハッチ、この状態いつまで維持できる?」
「同じ結界をいくつも張り続けるなら一日。体力が保ちませんノデ。またこれとは別の強化結界を五〜六時間に一度張っていれば、こちらの霊力と体力が尽きるまでいけマス。」
「せやったら後者で頼む。どないな事態になるか判らんさかいに、一応長期戦覚悟でいてや。あと結界張り直す時以外はしっかり休憩しといてくれるか。」

黒い四角柱となった一護を見据えながら平子はそう指示し、鉢玄も異論は無く僅かに頷くと結界追加のために胸の前で手を合わせる。
そして鉢玄が額に汗を浮かべ長い詠唱を終えて望みの結界が一護の周りに生じるのと同時、一番内側にあった最初のそれが硝子のように砕け散った。



□■□



「で、お前に言われた通りやってみたけど・・・外の俺って今どうなってんだ?」
「いつも通り意識ってやつは無いな。加えて今回は特別だから見た目は人の形でもない。」
「・・・え?」

自身の精神世界にて、一護は白い彼と数歩分の距離を開けて対峙しながら相手の答えを聞いて目を点にさせる。

「霊圧がスゲーことになってんのは前に言っただろ?ついでに形も人型じゃなくて、黒い・・・四角柱、だな。うん。そんな感じになってる。」
「俺、外に戻った時にちゃんと人型でいられんのか・・・?」
「そこんところは心配無用だぜ。黒い四角柱つってもそいつは俺とお前の力で作ったただの『防壁』だ。俺達がこれから行う修行の影響がなるべく外に出ねぇようにするための、な。」
「じゃあ『防壁』の内側にはちゃんと俺の魂魄が人型を保ったまま存在してるってことでいいんだよな。」
「ああ。」

自分と同じ形・異なる配色の存在が自信たっぷりに頷くことで一護もようやく安堵の息を零した。
それなら問題ない、と。

「それじゃァこれからお前が俺の力を完璧に自分の物に出来るよう修行を始める。他に訊いておきたいことはあるか?」

白い彼が問い掛ける。
一護は数秒沈黙した後、「一つ訊きたいことがある。」と言って疑問を口にした。

「なあ、これで俺が完全にお前の力を俺の物にしたら、お前自身はどうなるんだ?」

現時点ではまだ“利用している”にすぎない白い彼の霊力を一護が完璧に自身の物とする―――つまり全ての力が一護に移ってしまった場合、今まで通りのように力を使うことは出来なくなってしまうのではないか、と問う一護に白い彼は口の端を持ち上げる。

「心配すんな。俺とお前の関係上、お前が俺の力を自分の物にして俺より強くなっても俺自身から永遠に力が消える訳じゃねーから。」
「どういうことだ?」
「んー・・・なんて説明すっかな。・・・・・・そうだな。とりあえず、人間一人がそれぞれ持っている霊力を《水》、それを溜めている器を《水槽》とする。個人が持てる霊力の最大値はその《水槽》の大きさを指す。ここまではいいか?」
「ああ。つまりデカい霊力の持ち主・スタミナ切れしにくい霊力の持ち主は、その《水槽》がデカくて、中に入っている《水》も多いってことだな。」
「その通り。で、俺とお前の場合だが、『崩玉』を使ってお前が俺の力を使えるようになってるこの状態は、俺の《水槽》とお前の《水槽》をパイプで繋いで、お前の意志で俺の分の《水》まで自由に扱えてるってことなんだ。ちなみに補足すると、完全に《水槽》が融合してる訳じゃなくて二つの《水槽》の間をパイプで繋いでいる訳だから、実は今のお前が使ってる俺の力は全部じゃない。パイプの中を流れる《水》の量は決まっているからな、その許容量を超える《水》を俺の《水槽》からお前の《水槽》に移すことは不可能だ。」
「へぇ・・・そうだったのか。」
「まぁな。でもそのパイプってのも充分デカいやつだから、それ程気にするモンでもねぇと思う。一瞬で俺一人分の霊力を使うなんて事態にはならねぇだろうし、そもそもそんな使い方が出来る攻撃やら防御やらも存在しねーだろ。」
「ま、確かにそうだ。」

己の力を誇る白い彼の物言いに一護は苦笑する。
だがそれも当然のことだと一護本人も思うため反論はしない。

「でもなんでそれが、俺がお前から力を奪って無力にしちまう事態にはならねぇんだ?」
「それはだな、《水槽》の大きさが変化するってのがミソになる。」
「《水槽》の大きさが変化する・・・・・・今みてーに修行して、強くなるってことか。」
「理解が早くて助かる。」

白い彼が頷いた。

「修行や戦闘を繰り返して強くなると、技だけじゃなくて霊力の総量が上がったりもするだろ?ってことは、一護が言うように《水槽》がデカくなってるってことだ。しかもお前は崩玉を使用してから今までの経験に加え、俺が《水》を供給し続けていた影響を受けてお前の魂は通常よりも早く・大きく《水槽》を成長させちまってる。今の時点でも相当にな。」
「そうだったのか。」
「ああ。それで、だ。これからちと特殊な方法でお前の《水槽》を俺の力を完璧に抱えられるくらいに成長させる。完了したら俺は自分の《水槽》からお前の《水槽》に《水》を全て移し替えてパイプを閉じる。俺とお前の《水槽》を融合させて俺個人の《水槽》が無くなるって訳じゃない。」
「だから“無力”にはならない・・・?ん?でも―――」
「ああ。当然《水》はお前の《水槽》に移すから、俺の《水槽》は一時的に空っぽになる。」
「えっ、空っぽになったらマズいんじゃ!」
「最後まで聞けって。永遠に力が消える訳じゃねーって言ったろ?」

そう言って白い彼は苦笑する。
だが一護に心配されている彼の表情は苦笑しつつもいくらか嬉しそうだった。

「それで肝心の《水》だが、これは個人の魂魄が生み出したり、霊子の多い所じゃ外部から取り込んだりして回復可能だろ?俺もそうなんだ。修行を終えた直後はお前に俺の分の《水》をほぼ全部渡した状態でパイプを閉じちまってるから、俺個人の霊力は無いに等しい。具象化も当分出来ねぇんじゃねーかな。だがそれも《水槽》自体は無くなってねぇんだから、時間が経てば回復する。しかも俺はお前の中―――要は霊子の多い環境にいる訳だから回復も早い。ってことで、お前は俺の分まるまる霊力が増加して、俺もすぐに元の俺に戻る。これで説明は足りてるか?」
「一時的に霊力が無くなるけど、後でちゃんと復活する・・・か。了解した。」
「なら良し。」

呟き、白い彼が一護に近寄る。
一歩分の間を開けて立ち止まると真っ白な腕を伸ばし、自身が纏うのと同じ色の死覇装―――その胸元に片手を当てた。
布地越しに軽く押される力を感じ、また視界で黒い爪を持つ手を捉えて、一護は息を吸う。

「じゃ、始めるぞ。」
「頼む。」

両の瞼を下ろして一護が答える。
そして白い彼が腕の力を強めると、その指先がずぶりと一護の身体に沈みこんだ。

「くっ・・・」
「たぶん相当痛ぇだろうが、我慢してくれよ。」

呻く一護に白い彼はそう囁いて、ずぶずぶと指を一護の身体に沈みこませていく。
二人の接触面ではまるで白い彼の身体が一護と融合しているかのように境界線も無く僅かな波紋が生まれていた。

行われているのは破壊と再生。

白い彼の霊力を“パイプ”経由ではなく直接大量に注ぎ込まれ、一護の持つ《水槽》が耐え切れずに崩壊を始めているのだ。
しかし崩壊と同時に一護自身の再生能力と白い彼の補助で《水槽》が修復されている。
またその修復は元に戻すためではなく、絶えず注がれる力を受け止めるために《水槽》を拡張させるもの。
―――白い彼は一護に限界ギリギリの負荷を与えて強制的かつ迅速に彼のキャパシティを上げているのだ。

《水槽》が破壊されることで全身を貫くような激痛を味わいながら一護はきつく目を瞑ってそれに耐える。
白い彼もそんな一護の様子を苦しそうに見つめながら、しかし視覚的な融合という形で行われる力の譲渡を止めることはない。
一護の身体に溶け込んだ部分はまだ指の先から付け根付近まで。
それほどまでに白い彼が保持する力は大きいということでもあった。

じりじりと、確実に。
力の譲渡は進む。
今頃外の世界では一護の《水槽》の崩壊に伴って強烈な霊圧が辺りに撒き散らされていることだろう。




そして一護の“修行”が終わり、その暴力的な霊圧の放出が止まったのは、開始から168時間―――ちょうど一週間後のことだった。












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