滅スル者トノ邂逅












「浦原!チャド達の容態は!?」

浦原商店を訪れて開口一番、白い死覇装姿の一護はここへ運んでもらった級友達のことを浦原に問い掛けた。
一護が見た最後の彼等は、茶渡が右腕を失い、織姫は意識を失っており、竜貴はひどく憔悴していたのだから、心配しない訳が無い。
問い掛ける言葉の音量は休んでいる者達のことを考慮してある程度抑えられていたが、それでも切羽詰った様子がありありと浮かび出ている。
そんな一護を安心させるように浦原は薄く微笑んで奥へと案内した。

「大丈夫っスよ。茶渡クンが出血多量で危なかったと言えば危なかったんスけど、井上サンがここに運ばれてすぐに意識を取り戻してくれましてね?茶渡クンと・・・あと有沢竜貴サンのこともちゃんと治療してくれました。今は少し疲れてしまったみたいで、他の二人と一緒にぐっすり寝ていますけどね。」
「そっか・・・。三人とも無事なんだな。よかった。」

浦原の言葉を聞き、一護はほっと胸を撫で下ろす。
茶渡の千切れた腕も竜貴の魂魄が削り取られたことも、織姫の『現象を拒絶する』という特殊な能力からすれば何ら問題ではなかったようだ。

「ってか、井上ってすぐにここに来てすぐ目が覚めたんだよな?大した怪我はしてなかったのか?」
「ええ。それなんですけどね、どうやら盾を張ったら相手の攻撃で盾ごと吹き飛ばされてしまったらしくて。その時地面に叩き付けられた衝撃で気を失っていたそうっス。軽い脳振盪っスね。目に見える怪我はたんこぶとちょっとした擦傷程度でしたよ。」
「脳振盪か。だったら内出血とかは・・・」
「その辺は一応コチラでチェックしておきましたが、問題ありません。」

目に見える怪我も勿論気をつけるべきだが、頭の中のこともまた注意しなくてはならない。
打った直後は元気に見えても、血管が損傷していれば徐々に内部で血が溜まり、半身不随や記憶障害、最悪死亡という取り返しの付かない事態に陥るのだから。
しかしながら今回、心配する必要は無いらしい。
浦原がはっきりとそう言ったため、一護は再び安堵の息を漏らした。

「ありがとな、浦原。」
「いえいえ。本当に頑張ってくださったのは井上サンですし。・・・ここっスよ。」

浦原が襖を開け、一護はそれに続いて中に入る。
それなりの広さを持つ部屋には衝立が一つ置かれ、一方には茶渡が、もう一方には織姫と竜貴が寝かされていた。
三人共寝息は静かで、苦しんでいる様子は見られない。
特に竜貴と織姫の二人は本当にただ寝ているようだった。
なお織姫の体力が双天帰盾の長時間使用に耐えられないためか、茶渡の腕の怪我は完治しておらず、腕の接着と止血程度に留めている。
あとは浦原の薬と何度かに分けた織姫の治療を並行して行っていくのだろう。

とにかく三人の無事を目にし、一護は表情を緩める。
だが一護は彼らから視線を外した後、眉間に皺を寄せて呻くように呟いた。

「人が、沢山死んだんだよな。」
「・・・ええ。あの公園に居た人間は一護サン達を除いて全員がお亡くなりになりました。」

織姫達の容態を語った時とは正反対の声音で浦原が答える。

「情報規制・・・と言うか情報改変っスすかね、まぁそちらの方は尸魂界が行うでしょう。無闇に世間を騒がせるのは得策じゃァありませんから。ですが、」
「死んだ人間は戻らない。」
「はい。」
「・・・っ、くそ!俺がもっと早く辿り着いていれば!」

一護の手がきつく握り締められる。
手の平に爪が喰い込んでうっすらと血を滲ませ始めるそれに目を留めながら、浦原も帽子の影で苦しげに双眸を細めた。

「そう自分ばかり責めないでください。間に合わなかったアタシや夜一サンも同罪っス。・・・今はただ、キミの大切な三人がこうして無事だったことを喜びましょう?」
「・・・・・・・・・・・・、そうだな。」

浦原の言葉に一護はいくらか握り締める力を抜き、吐息と混じった同意を返す。
だが空気に穏やかさが戻った直後、二人はこの場所から離れた位置に“それ”の霊圧を感じ取って目を瞠った。

「これは・・・!」
「感じから察するにギリアン級の大虚っスね。おそらくさっきの戦いで急上昇した一護サンの霊圧に釣られて現世に現れたンでしょう。」
「うわー・・・」

ひどい頭痛を感じて一護は側頭部に手をやりながら呟く。
だがそうやって動きを止めている訳にもいかず、すぐに立ち直って部屋を出た。

「行って来る。浦原、三人のこと頼むな。」
「承知しました。」

浦原の声を背に受けながら一護は来た道を戻る。
そして店の外に出た後は瞬歩で移動を開始し、目的地へと向かった。



□■□



二体の強力な虚の出現に続き遠くで知り合いの霊圧が急上昇したかと思ったら、しばらくして自分まで虚に襲われた。
そんな非常に歓迎したくない状況に陥って、石田雨竜は思わず「くそっ」と毒づいた。

「あの巨体、この霊圧、それから空間を裂いて現れたこと・・・十中八九大虚だな。全く厄介な相手を引き寄せてくれるものだね、君の霊圧は。」

徐々に紺色へと染まる空を背景に、今ここにはいない諸悪の根源(であろう)人物を罵りながら雨竜は走る。
尸魂界での一件で滅却師としての力を失い、今の石田雨竜と言う人間はほぼ一般の人間と変わりない。
それでも僅かに残った霊力と、力を失う前に用意していた各種アイテムを巧みに用いることで、雨竜は大虚に対処しようとしていた。

まずは服の内ポケットから小指サイズの銀色の筒を四本取り出し、空中を滑るようにして後を追ってくる大虚に向けて投げつける。
銀筒は両肩、左の二の腕、それから長く伸びた舌に命中。
同時に雨竜は印を結んで詠唱した。

大気の戦陣を杯に受けよレンゼ・フォルメル・ヴェント・グラール!!『聖噬ハイゼン』!!」

バラバラに命中していた銀筒がまるで意思を持ったかのように四角に並ぶ。
その四角に面していた箇所――虚の左肩周辺――が一瞬にして消滅した。
支えを失った左腕が大量の血を撒き散らしながら地面に落ちる。
しかし術式の成功を喜ぶ前に雨竜の目は驚愕に見開かれた。

「!!」

大虚の失われた左腕が一瞬にして再生する。
ある種の虚が持つ能力の一つとされるが、再生した左腕で攻撃される雨竜にとっては舌打ちを誘発する原因以外の何物でもなかった。
超速再生された左腕から繰り出される攻撃は微妙に呼吸のタイミングが合わず雨竜に苦心させたが、それでもなんとか回避して次の動作に移る。
右腕に隠しておいたワイヤーを伸ばし、近くの木に巻きつけた雨竜は自身の脚力も利用して大きく跳躍した。
これで次の攻撃も躱せるはず。
そう思った雨竜の視界に飛び込んできたのは―――

(上半身が消えた!?)

大きく口を開け、口とは別に『穴』を持った大虚の下半身。
分裂か、否、最初から二体だったのだと気付いたけれども既に遅く、背後に圧倒的な気配を感じ取って雨竜は息を呑んだ。
上半身だと思っていたもう一体の大虚が長い舌を槍のように雨竜へ向ける。
避けられない、と無言のまま叫んだ瞬間。
ザンッと漆黒の斬撃が大虚の舌どころか再生したはずの左腕を半身諸共消し飛ばした。

「おーコイツも仮面が剥がれかけてんな。・・・これくらいなら試作品ってところか?」

誰に問い掛けるでもない、聞き慣れた声が雨竜の耳を打つ。

「―――っ、黒崎!!」
「よっ、石田。」

声はこの大虚を引き寄せてしまったであろう本人のもの。
白い死覇装という普通の死神とは異なる衣装の知人に鋭い視線を向け、雨竜は相手を罵倒すべきかそれとも礼を言うべきか逡巡した後、結果的には低く呻くに留まった。
その間にもだいぶ暗くなってきた空の下、オレンジ色の頭髪をした死神が黒味を帯びた大剣を自在に操って消滅しかけの大虚にとどめの一発、残っていた(下半身担当の)大虚に一発、と月牙を撃ち込んで昇華していく。
まるで舞でも舞っているかような一護の動作に目を奪われ、次いでそんな自分を叱咤するように雨竜は頭を振った。
全ての大虚を昇華し終え、一護が雨竜の前に降り立つ。

「大丈夫か?」
「・・・あ、ああ。」

滅却師の力を失ったことはこの目の前の知人に知らせていなかったため、この場をどう取り繕うべきか頭を悩ませる雨竜。
だが雨竜が答えを出す前に一護が申し訳なさそうに眉尻を下げて「悪かった!」と頭を下げた。

「何がだい?」
「お前を襲ってた大虚って、俺の霊圧の所為で集まってきた奴等だろ?だから悪かったって。」
「へぇ、どうやら自分が原因だったことは自覚しているようだね。だったもう少し霊圧を押さえることも覚えて欲しいんだけど。」

下手に出て軽く謝罪する一護の雰囲気に当てられてか、雨竜も調子を取り戻す。

「ホントにスミマセンでした!」
「まぁいいよ。僕が君に助けられたのも事実だから。」

雨竜がそう告げると、一護が苦笑いを浮かべながら「悪い。それからありがとな。」と返して背を向けた。

「黒崎?」
「まだちょっと用事があってさ。」
「そうか。・・・君が霊圧を急上昇させるに至った詳細は、また今度説明してくれるんだろうね?」
「・・・おう。また学校でな。」

返答までに一瞬間を置いたのは不可解だったが、それ以外は平常通りであったため、雨竜はその後何も言わずに一護の背を見送った。
滅却師の能力について話題が出なかったことに安堵しつつ。



□■□



雨竜と別れた後、一護は霊圧を押さえつつ、“先程までの雨竜と自分を窺っていた気配”の元へと姿を現わした。
自分達を窺っていた人物―――明るい色のスーツをぴっしりと着こなし、眼鏡を掛けた、ちょうど自分の父親くらいの年齢の男性。
品の良さそうな容姿はそれなりに注目すべきものであったが、なによりも一護の気を引いたのは彼の人物の容貌が先程まで一緒に居た級友とよく似通っていることだった。

「あんたが石田の父親・・・石田竜弦、さん?」
「その通りだ。君は黒崎一護君で間違いないね?」
「ええ。知ってたんですね。」

スーツの男性―――石田竜弦の問いに一護は頷く。

「私に何か用かな?」
「・・・いえ。特にこれと言ったことは無いんすけど、息子さんのことを窺っていらしたのでちょっとご挨拶にでも、と。」
「そうか。」

一護の返答に竜弦はそう言って双眸を細める。
どうやら息子と同じ年齢の少年がどんな人物なのか考えを巡らせているらしい。
滅却師の血筋らしく、仮にも『死神』である一護に向けるその目はあまり好意的とは言いがたいものであったが。
そんな相手の様子を何気なく観察しつつ、おそらく自分があの場に現れなければ大虚から息子を救っていたであろうその人に対し、一護は口を開いた。

「ところで、石田――は、区別がつかねーか――息子さんの能力について、助けてやらないんですか?」
「何を知っている?」

片方の眉を撥ね上げて竜弦が問う。
その剣呑な視線に苦笑を漏らしながら一護は答えた。

「詳しいことは何も。ただ、石田雨竜が尸魂界に行ったことで滅却師の力を無くしたこと、そして滅却師の力を取り戻す方法が存在するってこと、あとついでにその方法が死神である俺には実行不可能であること。これくらいですかね。俺が知ってんのは。」
「・・・・・・。」
「そんな怖い顔しないでくださいよ。別にあんたら親子を害そうと思ってる訳じゃないんすから。俺はただ、ちょっとばかり物知りな人物と仲が良いだけです。」

不信感を抱かれるのは承知の上で一護はうっすらと微笑んだ。

「ほら、そろそろ行ってやったらどうです?会いに来たんでしょう?」

誰に、とは付け加えずに告げる。
一護が現れた所為で出遅れたのは確かだろうが、息子を大虚から助けるということ以外にも竜弦には目的があるはずだ。
それを言い当てられて不信そうな彼の表情が何よりの証拠だろう。
決して暖かな父親には見えない彼の、それでも何となく感じる親心に一護は内心苦笑しながら一歩下がってその場を譲った。

「どうぞ?」
「・・・その白い死覇装といい、君は他の死神と違うのか。」
「それを決めるのは俺じゃなくて、俺と接する各個人ですよ。」
「なるほど、な。」

呟き、竜弦は歩き出した。
向かう先は勿論、一護が譲った方向―――彼の息子がまだいるであろう場所。
彼が何を考えているのか知ることは出来ないが、僅かながらに纏う空気が柔らかくなったように感じたのは一護の気の所為だろうか。

(・・・ま、どっちでもいいか。あとは親子の話ってやつだ。)

胸中で呟き、一護も踵を返す。
そうだな、と“ちょっとばかり物知りな人物”が苦笑するのを聞きながら。






















一護がまぁアレなので、発生するイベントが原作と少々異なっております。

とりあえず一護の霊圧が上昇したら二体で一つの大虚が(石田の元に)現れるようだったので、

今回はウルキオラ戦の後に登場していただきました。












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