闇ニ抗スル者達
突然現世に現れた朽木ルキア。
その口から告げられた“藍染惣右介らが脱獄”に目を剥きつつも、その場に留まっている訳にも行かず、とにかく一護はより詳しく話を聞くためにも彼女を己の家―――自室へと招いた。 玄関からではなく(よく虚退治から帰って来た時のように)窓から入ったこと、そして人物の配置になんとなく懐かしい気がしない訳でもなかったが、今はルキアの持つ張り詰めた雰囲気が圧倒的に場を支配し、お調子者でルキア大好きなコンでさえも静かに口を噤んでいた。 「私がここに来た目的は二つ。」 ルキアは指を二本立て、それを一本ずつ折りながら言う。 「一つは黒崎一護に藍染脱獄を知らせること。そしてもう一つは、市丸ギンだけではなく私もまた現世に留まり、一護の・・・より正確に言えば崩玉の守護に当たることだ。」 「確かに俺の魂と崩玉が同化しちまってる以上、藍染が崩玉を求めて現世に刺客を放ってくるのは必至か。さっきの破面モドキはおそらくその刺客達の試作品ってところだろうな。」 顎に手を当てて一護は思案顔で呟いた。 「あちらの手に崩玉が渡ってしまえば、完璧な破面が量産、とまでは行かなくても、それなりの数を揃えられるってのは予想出来る。しかもただの虚じゃなくて大虚―――その最上級たるヴァストローデが破面化したとしたら・・・尸魂界もゆっくりしてる訳にゃいかねーわな。」 「その通りだ。だから私がここに遣わされた。」 一護の言葉にルキアが頷く。 「当然、私一人加わっただけで藍染らが打って来るであろう手の全てに対応出来るはずもない。私は今後崩玉の守護につく死神達の先遣といったところだ。尸魂界の死神の中では最も黒崎一護を知る者としてな。」 「崩玉の守護、か。・・・その後から来る奴らって当然、俺が崩玉を取り込んでるって知ってるんだよな?」 「勿論だ。双極の丘での出来事を知らぬ者には口外せぬという条件付で説明も行っている。事情を知る者でなければ上手く事が回らんからな。ちなみに派遣される死神は全員一護と顔見知りの予定だ。」 「顔見知り・・・」 「その方が一護も心休まるだろう。・・・どうせ当人達が来れば分かることだが、今のうちに言っておくか?」 ルキアの提案に一護は「支障が無ければ」と首を縦に動かした。 「わかった。あくまで私が尸魂界を離れるまでの『予定』だったから変更はあるかもしれんが・・・一応、恋次、十一番隊の斑目三席、同・綾瀬川五席、それから十番隊の日番谷隊長と松本副隊長の五名。私を入れて六名となる。本当はもっと人員の確保をしたい所なのだが・・・」 「瀞霊廷だって実質上、一気に三人も隊長が抜けちまったしな。自分の所の守護もあるってのに、その上で守ってもらう身としては贅沢なんて言えねーさ。ってか、俺は俺の事情でこんな状態になったんだから、派遣してもらえるだけありがたいと思っとかねぇと。」 「すまん。」 決してルキアの責任ではないのだが、彼女は済まなさそうに頭を下げる。 「ああ、えっと・・・そうだ。ほら、俺自身、それなりに戦力になるとは思ってんだけど?護られるばかりのオヒメサマってガラじゃねーからな、俺は。」 シュン、と項垂れるルキアを励ますため、一護が多少身振りを大袈裟にしながら苦笑してみせた。 自分も戦えるから大人数は要らないし、むしろ気心が知れた小数の方がありがたいのだと。 「そう言ってもらえると私も気が楽だ。」 「事実だからな。こちらこそ、尸魂界とルキアの配慮には重ねて礼を言わせてくれ。」 一護が告げ、ルキアの表情が少しやわらかくなる。 それから少し場の空気を変えるようにルキアは一度だけ咳をして、「それに、」と付け加えた。 「まぁ、今は六人の予定だが、本格的に危なくなれば何とでも理由を付けて――事情を知る者・知らぬ者を問わず――他の死神達も現世へ派遣されることになるだろう。もしくは一時的にそちらの身柄を尸魂界へ移すかもしれん。・・・が、後者は一護も望まんだろう。元より拘束されて『護れなくなる』のを忌避して尸魂界から身を隠していたのだからな、一護は。」 まだ一護とルキアが出会ったばかりの頃、一護が明かした“力を隠す理由”を思い出しながらルキアは苦く笑い、一護も頷きを返す。 「それはそうと、お前また今回も俺ンちで寝泊りする予定か?」 「ああ。そのつもりだが。」 何か問題か?と首を傾げるルキアに(見た目は)年頃の女性としてどうなのだろうと思いつつ、一護はその本音を内に隠して「だったら、」と続けた。 「ここに住めるよう、まずは親父に言って来いよ。前はなんか流れ的に家族には秘密にしてたけど、今回は事が事だしな。親父も尸魂界の事情は理解してるから別に反対はしねーと思うぜ。・・・ま、遊子達には適当な理由を作って話さにゃならんとは思うけど。」 「・・・ふむ。一護の父上殿か。」 しばらく考え込むように黙った後、ルキアは「わかった。」と呟いた。 「では善は急げとも言うし、早速頼んで来よう。父上殿はまだ起きておられるのだな?」 「おう。遊子と夏梨は寝ちまってるけど、親父なら一階の居間にいると思う。ルキアや俺の霊圧にも気づいてるはずだし、突然行っても驚かねーだろ。」 「そうか。・・・では、行ってくる。」 そう言って部屋から出て行ったルキアの背を見送った後、一護はふと小さく息を吐いた。 「藍染脱獄、か。こりゃまた厄介なことになっちまったな。」 『手引きしたのは虚だろう。双極の丘で姿を見せた奴らと同類の。』 「虚が死神であるはずの藍染と手を組んだのは、藍染の力と知識で破面化を促進するためか?」 『おそらくは。・・・ま、奴のカリスマに惹かれたって虚もいるかもしんねーけどな。』 「ふうん・・・」 白い彼の声に一護は返す。 藍染と虚が手を組んだ正確な理由はさておき、事実として彼らが手を組み、そして現世へとこれから攻撃を仕掛けてくるのは事実だろう。 しかも相手は(おそらく)一部破面化している虚達。 それによって与えられる被害のことを考えれば、実に厄介極まりない。 折角一段落ついたと思っていたことがまだまだ続きそうであることに一護はもう一度息を吐き出した。 「・・・ま、厄介だ厄介だって言っててもしゃーねえ。尸魂界から増援があることだし、精々頑張って対処するとしますか。」 『他の死神が来るとなりゃ、今までお前だけじゃ対処し辛かった“虚が複数現れた場合”も楽になるだろうしな。』 「ああ。それに下手な奴らが派遣されるならともかく、恋次達なら俺を含めて互いの戦いの邪魔になるなんてことも起こらねぇと思う。」 力の差が大き過ぎるため、その辺の死神を派遣されても加勢になるどころか一護の戦いの邪魔になってしまう。 だが今回現世を訪れるのは誰も相応の実力を持つ者ばかり。 これなら虚・破面(モドキ)が現世にその手を伸ばしてきた際にもしっかり力が振るえるだろう。 尚、ルキアの実力は護廷の隊の中での順位及び出会った当初の諸々の事情により正確なところは知らないのだが、白い彼の知識の中にあった斬魄刀・袖白雪の能力を鑑みれば、心配には値しないと思えた。 「さってと、それじゃあ俺はそろそろ寝る準備でもしますか。明日からはともかく、今夜はやっぱルキアの分も要るだろうし。」 『?嬢ちゃんは明日以降もこの家に居られるように親父さんと話つけに言ったんじゃねえのか?」 「まぁそうだけど。でもOK出したからって親父が俺とルキアをいつまでも同じ部屋に置いておくとは思えねぇな。隠れてた以前ならともなく。」 『・・・それもそうか。』 おそらく明日以降、ルキアが寝泊りするのは客間か妹達の部屋になるのではないか。 そんな推測をしながら一護は押入れの上段を空にするため、幾つかの物を部屋の隅に外に運び出した。 尚、これのしばらく後、一護の言葉通り明日以降は妹達の部屋を使うことになったルキアが残念そうに押入れを眺めるという姿が見られたとか、見られなかったとか。 「ああ、そうだ。」 『どうかしたのか?』 あいつが来るまですっかり忘れてた、と呟く一護に白い彼が問い掛ける。 「浦原さんの所にルキアを連れていかねーと。」 『・・・?』 特に連れていかねばならない理由に思い当たらず、白い彼は首を傾げるような雰囲気を出した。 相棒の気配を感じ取って一護はくるりと立てた指を回す。 「ルキアには崩玉の件で浦原さんに一発入れる権利があるからな。」 『なるほど。』 実際にそのような事態になるかどうかはさておき、確かにそうだと白い彼は苦笑を噛み殺した。 |