動キ始メタ闇
またいつもの虚退治。
そう思って虚の出現ポイントへ向かった一護は夜風に白い死覇装の裾をなびかせながらスッと双眸を狭めた。 昼間ならば近くの高校生や中学生の運動部がジョギングコースにも使う公園の特に開けた場所。 そこに立っていた虚が現れた一護にギョロリと双眸を向ける。 視線は仮面の奥から投げかけられていたが、しかし、これまでの虚とは明確に違う部分がその虚にはあった。 身体の割りに異様に太く長い両腕は、個体によって様々な形を取る虚において然程気にすべきことではない。 背の高さも2メートル程度。小さい方ではないが、大きい程でもなかった。 そんな虚を形作るパーツの中で一護の目を引いたのは――― 「・・・・・・欠けた仮面、か。」 呟きながら背中の斬月を構える。 その言葉の通り、対峙する虚はこれまでの虚達のように顔全体を仮面に覆われてはいなかった。 未だ大部分は白い仮面に覆われたままだが、口元が完璧に外部へと晒されているのだ。 もしかして相手は既に手負いだったのか?などと考えるはずも無く、一護は昔から蓄積されてきた知識の一部を引っ張り出して相手の状況を示すための言葉を吐き出す。 「破面―――いや、破面モドキってところだな。」 『ああ。今までも何体か現れたことはあったらしいが、こうして本物と対峙すンのは初めてだな。しかしまぁそれほど強いわけでもなさそうだ。』 所詮は破面“モドキ”、と笑う白い彼に合わせて一護も肩を竦めた。 「しかしながら仮面が剥がれた分だけ他の虚よりも強くなっているはず・・・ははっ、平和すぎてヒマしてたところなんだ。どうせならきっちり楽しませてもらうぜ。」 ニッと口の端を持ち上げ、こちらへ襲いかかってきた破面モドキの一撃を斬月で受け止める。 ガキィ!と鋭い爪が不協和音を奏でた。 なかなか重い攻撃に一護は賞賛の代わりとして口笛を吹く。 尸魂界で戦った隊長格とまではいかないが、それなりに不足のない相手と言えよう。 破面モドキの第二撃をバックステップで躱し、こちらの動きに追従して放たれた第三撃は斬月で受け流す。 誘い込むことに成功した一護は楽しげに口元を緩めた。 攻撃を受け流されたために体勢を崩した破面モドキへと肉薄し、斬月を下から上へと斬り上げる。 ヒュン、と肉を絶っても速度を失わぬ剣先が空気を切り裂いて甲高い音を奏でた。 天を指すその剣先を追うように飛び散ったのは破面モドキの血だ。 「ヴぉぉぉォオオオオオオガァァァアアあああ!!!!」 右腕を切断された破面モドキが痛みで雄叫びを上げる。 否、この叫びは単純な痛みよりも自分が他者の攻撃を受けたことに対する憎しみや悔しさの方が強いかもしれない。 事実、一護を睨み付ける目はギラついた光を増し、殺気が倍以上に膨れ上がっていた。 「キ、サマ・・・!」 「はっ!まさか自分が死神に一撃もらうなんて思ってなかったか?」 だが相手から向けられる殺気に些かも怯む様子を見せず、それどころか一護は相手を煽るようにわざとらしく嘲弄する。 「破面モドキがなに自信満々になってんだよ。ンなモン、せめてちゃんとした破面になれてから持ったらどうだ?」 「殺ス!!」 一護の言葉で頭に血を上らせて破面モドキが殺気を漲らせたまま地面を蹴った。 残った左腕を構えるわけでもなく、その姿は頭からの突撃に見える。 が、次の瞬間、一護がそう考えたことを予想したかのように破面モドキの口元が歪んだ笑みを形作った。 「っ、超速再生っ!?」 「モラッタ!」 一護まであと一歩のところで右肩の切断面からズルッと腕が飛び出した。 瞬間的に再生された大きな腕がその先の鋭い爪を光らせて一護の真上から襲いかかる。 「甘えっ!」 予想外の出来事に驚きはしたものの、すぐに冷静さを取り戻して一護は襲い来る爪を再び斬月で弾き返す。 間髪置かず横から左腕での攻撃もやって来るが、難なく対処して今度は左腕の肘から先を斬り飛ばした。 超速再生可能なこの破面モドキに対しては僅かな時間稼ぎ程度でしかないだろうが、その僅かな時間でも一護にとっては充分すぎる。 「グゥ・・・っ!」と呻く破面モドキの頭部を真っ直ぐに睨みつけ、次の瞬間、瞬歩でその背後へと跳ぶ。 そして一護の姿が掻き消えたことに相手が気付くよりも早く斬月を振るった。 刃は破面モドキの頭部へと向かい―――しかし。 「へぇ・・・。こっちの速度についてこられたか、いや、ただの勘か?」 斬月が喰い込んだのは破面モドキの後頭部、ではなく、その前に差し出された破面モドキ自身の左腕だ。 しかも右腕を付け根から切った際には鮮やかな断面を作り出せたにもかかわらず、今度の一撃は腕の半ばで止められている。 まるで骨よりも硬い物質が一本、腕の中に通っているようだった。 (違う。“通っているよう”じゃねぇ。まさかこれは・・・!) 斬月を受け止める『何か』の正体にあまり好ましくない予想をつけるのと同時、一護は眼前の大きな腕を踏み台にしながら相手から距離を取る。 (あの硬さ。そしてモドキとは言え仮面を捨て始めたその姿。・・・もしかしなくても、アレか。) 『その可能性は高い。・・・・・・ったく、今までずっと進歩しなかったくせに、ここに来ていきなりかよ!』 白い彼が毒づいたのに続くかの如く、一護が視線を向ける先で破面モドキは刃が喰い込んでいた腕を前に持ってくる。 ゆっくりとした動作は相手の自信と余裕を窺わせ、一護と白い彼の予想を更に強める結果となった。 破面モドキが右手を左腕の傷口へ宛がう―――否、宛がったのではない。破面モドキは口元に笑みを刻んだまま右手を左腕の傷に突っ込んだのだ。 グジュ、と肉の裂ける音がする。 そして傷口から掴み出されたのは、 「斬魄刀・・・」 一護が呟く。 破面モドキの右手に握られていたのは抜き身の刀―――本来ならば死神のみ所有することの出来る斬魄刀だった。 「そのデカイ腕には斬魄刀の鞘の役割もあったってことか。骨だけだと思ってあんま霊圧込めてなかったのが災いしたな。」 もし破面モドキの後頭部を狙った攻撃の際、月牙天衝を放つ勢いで霊力を高めていたならば、おそらくあの斬魄刀ごと腕も頭部も切断出来ていたことだろう。 だが不要な力は周囲に及ぼす影響も強くなるため、力を調整してこの有様。 破面モドキが斬魄刀まで所持していると予測出来なかったのは状況からして当然とも言えたが、やはり失策は失策だ。 反省一、と呟いて一護は斬月を正面に構えた。 ただしその顔から余裕が消えることは無い。 (確かに斬魄刀を抜いた奴の霊圧は段違いに高くなってる。けど、この程度じゃ話になんねーんだよ。) 『やっぱり所詮は“モドキ”ってことだ。』 一護の呟きに同調して白い彼も喉を鳴らす。 そう。 目の前の破面モドキは斬魄刀を抜いたことによって自分の優位性を確信しているようだったが、一護や白い彼から言わせればどうということもない。 “この程度”で済ませられてしまう力でしかないのだ。 破面モドキが右手に斬魄刀を握って正面から突撃してくる。 一護はその場から動かない。 代わりにまるで相手の攻撃を誘うかの如く無防備なまでにただ斬月を振り上げて――― 「喰ラエ!死神!!」 「月牙天衝!!」 ―――ドンッ!!!! 破面モドキの一撃が一護に届くよりも早く、一護の放った月牙が斬魄刀ごと破面モドキに喰らい付く。 圧倒的な力の塊は一瞬にして破面モドキの身体の半分以上を消し去り、地面に深い溝を作り出した。 「ソ、ンナ・・・!」 信じられない、と月牙に喰われず残った両の目が大きく見開かれる。 それを見据え、一護はふっと口の端を持ち上げた。 「だから甘ぇって言ったろ?お前程度の奴に倒されて堪るかよ。」 「我ノ程度、カ・・・・・・ハッ、驕ルナ。死神風情ガ。」 身体の半分以上を失い、存在を保てなくなったのか、告げる破面モドキの身体は徐々に残りの半分も失われていく。 この破面モドキは間も無くこの世から消え去るだろう。 しかしながら不可解なことに、破面モドキの表情には死に対する焦りが見受けられなかった。 敗北への悔しさはあるのだろうが、自身が消えることへの恐怖の代わりに別の何かが存在している。 まるで殉教者が神を信じて死を恐れずに身を投げ出すかの如く。 「所詮、我ハ試作品。コレヨリ後ハ『アノ方』ガ更ナル変化ヲ我ラ虚ニ齎シテ下サル・・・!!」 「なに?」 『どういうことだ?』 試作品? 変化? そして、『あの方』? 不可解な単語に一護も白い彼も首を捻る。 それが、この破面モドキが死を恐れない理由なのか。 しかしその答えを知っている破面モドキはすでに全ての身体を空気に溶かしてこの世から消え去っていた。 「何なんだよ・・・」 破面モドキが居なくなった夜の公園を見渡し、独り言つ。 「『あの方』だなんて大層な言い方してたけど、虚達の中にはそう言う呼ばれ方をする王様みてーな奴とかいたりすんのか?」 『いや、一般的な虚と大虚――ギリアンとアジューカスとヴァストローデ――なんて区分けは存在するが、ただ一人がトップに立つような構造なんて持ってなかったはずだ。』 白い彼がかぶりを振る気配。 一体どうなっているのやら、と。 「それからもう一つ気になるのは『変化』って言葉だ。確かあのモドキ、“更なる変化”って言ってたよな。ってことはその変化の一部はあのモドキにも起こっていた・・・・・・変化=破面化、か?」 『おそらくは。『あの方』とやらが絡んだ所為で虚の破面化が急に進んだってことだろう。』 「破面化を一気に加速させて虚達の上に立つ人物・・・一体誰なんだ。」 一護は思考を巡らせる。 白い彼も己が蓄えている膨大な知識の中で該当者を探っているようだった。 と、そんな時。 「一護!!」 「・・・・・・え?」 声のした方―――背後を見て一護は目を瞠った。 黒揚羽を伴って肩までの黒髪を持つ死覇装姿の少女が一護の元に降り立つ。 それは一護がよく見知った親しい間柄の少女。 数ヶ月を共に過ごし、かの地で別れを告げたはずの少女。 「ルキ、ア?」 尸魂界にいるはずの朽木ルキアがどうして現世に。 戸惑う一護に視線を合わせ、その無言の問いに答えるかの如くルキアは口を開いた。 「一護、尸魂界から緊急の知らせだ。」 声は硬く、嫌な緊張が満ちている。 そして彼女はこう告げた。 藍染惣右介・東仙要の両名が脱獄し、虚圏へ渡った、と。 |